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第28話 目的
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目を覚ました時、俺の目に飛び込んできたのは二年振りの我が家の天井だった。花鳥風月があしらわれた、贅の凝った天井。貴族らしいよなと、何度も思った天井だ。
「えっ」
なんでだと顔を動かすと、ずりっと濡れたタオルが顔に落ちてくる。どうやら額に置かれていたらしい。
「お目覚めになられましたか」
と、そこで妹の聖姫が顔を覗き込んできた。たった二年だというのに、随分と大人っぽくなったものだと、俺はそんなことを考え、すっと聖姫の顔に手を伸ばす。
「ふふっ、夢ではございませんわよ」
「うん。って、ええっと」
俺はそうじゃなくてと、どうしてここで寝ているんだっけと首を傾げ、ずきんっと後頭部に痛みが走って顔を顰める。
「っつ」
と同時に、今朝の記憶が怒涛の如く脳みそに押し寄せた。
「あっ、俺」
「そうなのです。御成婚、おめでとうございます」
「……」
頬を撫でていた俺の手をぎゅっと握り、聖姫が止めの一撃を放ってくれた。俺はぐふっと謎の声を上げ、再び頭を枕に乗せる。このままもう一度眠りたい。
「もう、お兄様、しっかりしてくださいませ。お兄様が嫁がれることになり、私がこの家の当主になるのは非常に不安ですが、これほどめでたいことはありませんわ。これから儀式が目白押しでございますのよ。早く起きませんと」
「嫁がれるって、なんか違う。せめて婿入りするって言って」
俺はううっと唸りつつも、聖姫の言葉を訂正。そして、結婚という言葉が現実味を帯びて俺に襲い掛かってきた。
「マジで俺、結婚するの?」
そして身を起こすと、真顔で聖姫に訊ねてしまった。
「照れ隠しですか」
「いや」
「じゃあ」
聖姫はさらりと流れる黒髪を見せつけるように、ことんと首を傾げる。その仕草は可愛らしいのだが、今はそれどころじゃない。着ている松襲の装束もよく似合っているが、それどころじゃない。
「その、おかしくないか?」
「何故でございます? 何の疑問もございませんでしょう。姫神様に選ばれたお兄様は、当然、この国の政を支える役目を負われるということ。すなわち帝の傍におられるべきで、御結婚は当然のことでございますわ」
「……」
聖姫の言葉は目から鱗が落ちる気分だったが、現実はそんな生易しいものじゃないと、俺は直感で理解している。
「どうなさいましたの?」
不思議そうな聖姫には悪いが、どう説明すればいいのか解らない。困惑したままでいると
「失礼します」
いつぞや衣装を用意しろと命じられた家令が入って来た。五十がらみのこの家令は、どんな場合でもタイミングを違えない男だ。
「なんだ?」
俺は何をさせる気だと、警戒心を隠すことなく訊く。それに単純に結婚を喜んでいた聖姫は、ますます解らないという顔だ。
「王宮にご挨拶に伺う時間でございます。お召替えを」
家令は淡々と告げると、ぱんぱんっと手を叩いて人を呼んだ。それに応じて、煌びやかな衣装を持った女給たちが入って来る。それは普段、南夏家として出仕する時の着物より、はるかにグレードの高いものだ。
「あ、挨拶って」
俺はさあさあと急かしてくる女給の手を掻い潜り、布団から抜け出すと家令を睨んだ。それに、何をおっしゃっているんですかと家令は冷たい目を向けてくれる。
「もちろん、結婚の挨拶でございますよ。聖夜様は今後、王家の方になられるわけですから、衣装も今までどおりとはまいりません。特に姫神を宿される大切な御身でございますよ。王宮までは輿で移動していただきます」
そして同じく淡々と答えてくれる。
「姫神を宿す。結婚」
それでようやく、俺はそうやって王宮に縛り付ける気なのだと気づく。牢屋に入れるなんて解りやすい方法ではなく、王家の者として、煌びやかな衣装で飾り立て、外に出れないようにしてしまうつもりなのだ。
王宮内はそれこそ監視の目だらけ。王家の者となればその目はさらに増える。一挙手一投足が記録されているほど、帝とその伴侶には自由がない。そうやって、俺を二度と外に出れないように絡めとるつもりなのだ。
息苦しいとこの家を飛び出したはずなのに、さらに息苦しい場所で一生を過ごさなければならないのか。
「っつ」
自然と手が刀を探す。しかし、この部屋には刀がなかった。気絶している間に取り上げられてしまっていた。服も、倒れた時の軍服ではなく、南夏家で纏っていた夜着になっている。このまま飛び出すことも出来ない。
「えっ」
なんでだと顔を動かすと、ずりっと濡れたタオルが顔に落ちてくる。どうやら額に置かれていたらしい。
「お目覚めになられましたか」
と、そこで妹の聖姫が顔を覗き込んできた。たった二年だというのに、随分と大人っぽくなったものだと、俺はそんなことを考え、すっと聖姫の顔に手を伸ばす。
「ふふっ、夢ではございませんわよ」
「うん。って、ええっと」
俺はそうじゃなくてと、どうしてここで寝ているんだっけと首を傾げ、ずきんっと後頭部に痛みが走って顔を顰める。
「っつ」
と同時に、今朝の記憶が怒涛の如く脳みそに押し寄せた。
「あっ、俺」
「そうなのです。御成婚、おめでとうございます」
「……」
頬を撫でていた俺の手をぎゅっと握り、聖姫が止めの一撃を放ってくれた。俺はぐふっと謎の声を上げ、再び頭を枕に乗せる。このままもう一度眠りたい。
「もう、お兄様、しっかりしてくださいませ。お兄様が嫁がれることになり、私がこの家の当主になるのは非常に不安ですが、これほどめでたいことはありませんわ。これから儀式が目白押しでございますのよ。早く起きませんと」
「嫁がれるって、なんか違う。せめて婿入りするって言って」
俺はううっと唸りつつも、聖姫の言葉を訂正。そして、結婚という言葉が現実味を帯びて俺に襲い掛かってきた。
「マジで俺、結婚するの?」
そして身を起こすと、真顔で聖姫に訊ねてしまった。
「照れ隠しですか」
「いや」
「じゃあ」
聖姫はさらりと流れる黒髪を見せつけるように、ことんと首を傾げる。その仕草は可愛らしいのだが、今はそれどころじゃない。着ている松襲の装束もよく似合っているが、それどころじゃない。
「その、おかしくないか?」
「何故でございます? 何の疑問もございませんでしょう。姫神様に選ばれたお兄様は、当然、この国の政を支える役目を負われるということ。すなわち帝の傍におられるべきで、御結婚は当然のことでございますわ」
「……」
聖姫の言葉は目から鱗が落ちる気分だったが、現実はそんな生易しいものじゃないと、俺は直感で理解している。
「どうなさいましたの?」
不思議そうな聖姫には悪いが、どう説明すればいいのか解らない。困惑したままでいると
「失礼します」
いつぞや衣装を用意しろと命じられた家令が入って来た。五十がらみのこの家令は、どんな場合でもタイミングを違えない男だ。
「なんだ?」
俺は何をさせる気だと、警戒心を隠すことなく訊く。それに単純に結婚を喜んでいた聖姫は、ますます解らないという顔だ。
「王宮にご挨拶に伺う時間でございます。お召替えを」
家令は淡々と告げると、ぱんぱんっと手を叩いて人を呼んだ。それに応じて、煌びやかな衣装を持った女給たちが入って来る。それは普段、南夏家として出仕する時の着物より、はるかにグレードの高いものだ。
「あ、挨拶って」
俺はさあさあと急かしてくる女給の手を掻い潜り、布団から抜け出すと家令を睨んだ。それに、何をおっしゃっているんですかと家令は冷たい目を向けてくれる。
「もちろん、結婚の挨拶でございますよ。聖夜様は今後、王家の方になられるわけですから、衣装も今までどおりとはまいりません。特に姫神を宿される大切な御身でございますよ。王宮までは輿で移動していただきます」
そして同じく淡々と答えてくれる。
「姫神を宿す。結婚」
それでようやく、俺はそうやって王宮に縛り付ける気なのだと気づく。牢屋に入れるなんて解りやすい方法ではなく、王家の者として、煌びやかな衣装で飾り立て、外に出れないようにしてしまうつもりなのだ。
王宮内はそれこそ監視の目だらけ。王家の者となればその目はさらに増える。一挙手一投足が記録されているほど、帝とその伴侶には自由がない。そうやって、俺を二度と外に出れないように絡めとるつもりなのだ。
息苦しいとこの家を飛び出したはずなのに、さらに息苦しい場所で一生を過ごさなければならないのか。
「っつ」
自然と手が刀を探す。しかし、この部屋には刀がなかった。気絶している間に取り上げられてしまっていた。服も、倒れた時の軍服ではなく、南夏家で纏っていた夜着になっている。このまま飛び出すことも出来ない。
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