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第10話 お守り

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「ここはいつ見ても荒れているね」
「ああ」
 ぼろぼろの、今にも崩れそうな家。痩せた人々。軍服の人間に対して敵意は見せるものの、逃げる元気すらない様子だ。これが同じ都の中なのかと、いつも驚かされる。
 もちろん貴族たちは何の対策も打っていないわけではない。何年かに一度、この南側はテコ入れされている。しかし、しばらくすると元通りになっているのだ。その理由はあれこれ検討されているが、何をやっても南側が貧民街となる現状を打破することはなかった。ここだけは頑なに、国家に組み入れられることを拒み続けている。
「あ、あれ」
「ん?」
 貴明が指さす方、ぼろぼろの軒先に不思議な人形が吊るされていた。俺は一体何だと思ったが
「まさか、姫神信仰の象徴か」
 すぐにそれが姫神を象ったものなのだと気づく。淡い桜色の布で作られた着物を纏うそれは、一見すると可愛らしい人形だが、俺にとっては忌むべき存在だ。
「あれは一番安いお守りみたいだね。軒先に吊るしておくと姫神が家を訪れ、奇跡を起こしてくれると言われている」
「マジかよ」
「マジです」
 うげっと顔を顰める俺に、貴明は大真面目に返してくれた。その態度は、これが多くの人に蔓延していることを示していた。
 それに気づいて周囲に目を向けると、大小さまざまな姫神のお守りを軒先に見つけることが出来る。その中には風雨に晒されてぼろぼろになっているものもある。これが蔓延してから随分と時間が経っていることが解った。
「貧民なんて味方につけてどうするのかと思っていたけど、姫神信仰を広めるには一番いい場所だったってことみたいだね。藁にも縋りたい、その気持ちにつけ込んでいるわけだ。いくつかは教会が無償で配っていると思うよ」
「ああ」
 それはそうだろうと、俺は貴明の分析に頷いていた。まず何人かに人形を渡し、そいつらに簡単な奇跡を起こしてみせる。それだけで、こんな場所では簡単に姫神が広まることだろう。それも姫神の神話を知っているかどうか怪しい。疑問を持つこともないのではないか。
「だが、そこからこの先、北側の連中に信じさせるには、それなりのジャンプアップが必要だと思うが、どうだ? それに貧民街の連中が縋るようなものに、それなりに金を持っている奴らが飛びつくだろうか」
 ゆっくりと貧民街を抜けて、城壁の外へと出る大手門を目指しながら、そのあたりはどういう解釈が可能だと訊ねる。
「そこが不明なんだよね。俺が知っているのはここまで。姉上は何か掴んでいるのかもしれないけど、そこまでの情報開示はしてくれていない」
 難しいのは解っているよと貴明は肩を竦めた。そして、ここから先を調べるのがお前の仕事だと言ってくれる。
「難しいところは丸投げってか。いい根性してやがる」
 それに俺はこめかみをぴくぴくと動かしながら、聖嗣の顔を思い浮かべていた。ここで瑞樹や萌音を思い浮かべないところに、親子の確執が表れている。あいつ以外にこんな性根の曲がったことするもんか。そう思うことで理不尽な命令をこなす原動力にしているのだ。
「ほらほら。それよりまずは外に出るよ」
 すでに大手門が目の前に迫り、城門を管理する軍部の連中の姿も確認できる。同じ軍服を着ているからか、向こうは警戒することもなく、さらに階級章を視認すると敬礼をして迎えてくれた。俺たちもそれに敬礼で返し
「外出をする」
 と告げた。
「はい。すでに元帥閣下より伝令が来ております」
 用意周到な萌音は、大手門の通過許可も先回りして出していてくれたようだ。普通、この門を通り抜けるには身分証の提示が必要で、農民以外は外出理由を書類に記載しなければならない。それは軍部も例外ではないから、この先回りはありがたかった。
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