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第36話(慎二視点)
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「54まーい、55まーい、56まーい……」
那月の部屋から盗んできた離婚届。昨日からずっと、その枚数を数えている。
「72まーい、73まーい、74まーい……」
全て合わせて99枚。
何度も何度も数えたので、その数に間違いはない。
三桁いかなかっただけマシだろう。
「……ッ」
86枚目の離婚届がくしゃりと歪み、指が紙を貫通した。
こうして昨日から何枚もダメにしてしまっている。
「はぁぁぁぁああ」
ビジネスホテルの無気質な天井を仰ぎ見て、額に手を置く。
「昨日の俺はなんであんなに怒ってたんだよぉぉおお! 那月が離婚したがることくらい覚悟してたハズなのにッ、はぁ……」
時計を横目で確認すると、いつもなら出社している時間を過ぎていた。
スマホを取り出すと、ちょうど着信音が鳴る。那月からだった。
俺はそれを無視して、会社に電話をかける。
「もしもし、部長? 須田です。申し訳ないんですけど、今日体調悪いので休みます。……あ、はい。それで……それと、明日も体調悪いと思うんで今日と同じ感じでよろしくお願いします……」
明日の分の休みも有給で取って、電話を切る。
今日は木曜だから、これで四日間は出社せずにすむ。
「ふぅ……」
今は那月に近づきたくない。
朝起きて、那月は昨日のことをどう思っただろう?
怖かったと肩を震わせるか、それとも……。
「とにかく今日中に離婚届を出す」
99枚の離婚届は全て、クシャクシャに丸められて引き出しに入っていた。昨日はそれを全てカバンに入れ、冬弥を家から追い出し、ビジネスホテルで一枚一枚綺麗にした。
俺はその内から、比較的綺麗な一枚を選んで記入項目を埋めていく。
もっと早くこうしていれば良かった。
そうすれば、那月の恐怖に染った顔をもう見ずにいれたのに。
数分前から鳴り続ける着信音を聴きながら、俺はそう思った。
「こちら一度持ち帰って頂いて、新しい用紙に書き直して頂くことは可能でしょうか?」
翌日、役所に届けを提出しに行った俺は、こんなことを言われた。
「無理なようであれば……」
「この中で! 受理できそうな状態の用紙はありませんか?」
「あ、いえ……」
俺が追加で98枚の離婚届を机上に置くと、職員の人は引きつった笑みを浮かべる。
「こちらの届出は全て、矢野様の分しか記入されていないようですが……」
「俺の夫が99枚も書いてくれたんです」
「え……? あぁ、あなたが矢野様なわけではないんですね……ははっ……」
届出と一緒に提出した身分証を見て、職員は乾いた笑いをする。
「えーっとー……破けているわけではないので、こちらの届出で受理致します。こちらの番号札を持って、暫くお待ちくださいませ」
番号札を貰い、受付前の長椅子に腰をかけて待つ。
暫くすると、電光掲示板に番号札に書かれた数字が表示され、指定された受付に行く。
するとそこには、先程とは打って変わって困惑げな表情を浮かべる職員が居た。
「こちらの届出は受理することができませんでした」
先程提出した離婚届と身分証を返される。
「どこか記入漏れしてましたか? それとも紙がクシャクシャだから受理できないとか」
「いえ……」
俺が受けった離婚届を確認していると、職員が声を上げる。
「その……矢野様が離婚届不受理申出を出されてまして」
「離婚届不受理申出?」
「はい。配偶者が勝手に離婚届を提出できないようにする為のものです。ですから、ご本人様がそれを撤回されるか、もしくはご本人様自身が離婚届を提出されない限りは、協議離婚は無理かと……」
「そんな制度があるんですね」
俺は一旦、届けを提出することは諦めて、ホテルに帰ることにした。
那月の部屋から盗んできた離婚届。昨日からずっと、その枚数を数えている。
「72まーい、73まーい、74まーい……」
全て合わせて99枚。
何度も何度も数えたので、その数に間違いはない。
三桁いかなかっただけマシだろう。
「……ッ」
86枚目の離婚届がくしゃりと歪み、指が紙を貫通した。
こうして昨日から何枚もダメにしてしまっている。
「はぁぁぁぁああ」
ビジネスホテルの無気質な天井を仰ぎ見て、額に手を置く。
「昨日の俺はなんであんなに怒ってたんだよぉぉおお! 那月が離婚したがることくらい覚悟してたハズなのにッ、はぁ……」
時計を横目で確認すると、いつもなら出社している時間を過ぎていた。
スマホを取り出すと、ちょうど着信音が鳴る。那月からだった。
俺はそれを無視して、会社に電話をかける。
「もしもし、部長? 須田です。申し訳ないんですけど、今日体調悪いので休みます。……あ、はい。それで……それと、明日も体調悪いと思うんで今日と同じ感じでよろしくお願いします……」
明日の分の休みも有給で取って、電話を切る。
今日は木曜だから、これで四日間は出社せずにすむ。
「ふぅ……」
今は那月に近づきたくない。
朝起きて、那月は昨日のことをどう思っただろう?
怖かったと肩を震わせるか、それとも……。
「とにかく今日中に離婚届を出す」
99枚の離婚届は全て、クシャクシャに丸められて引き出しに入っていた。昨日はそれを全てカバンに入れ、冬弥を家から追い出し、ビジネスホテルで一枚一枚綺麗にした。
俺はその内から、比較的綺麗な一枚を選んで記入項目を埋めていく。
もっと早くこうしていれば良かった。
そうすれば、那月の恐怖に染った顔をもう見ずにいれたのに。
数分前から鳴り続ける着信音を聴きながら、俺はそう思った。
「こちら一度持ち帰って頂いて、新しい用紙に書き直して頂くことは可能でしょうか?」
翌日、役所に届けを提出しに行った俺は、こんなことを言われた。
「無理なようであれば……」
「この中で! 受理できそうな状態の用紙はありませんか?」
「あ、いえ……」
俺が追加で98枚の離婚届を机上に置くと、職員の人は引きつった笑みを浮かべる。
「こちらの届出は全て、矢野様の分しか記入されていないようですが……」
「俺の夫が99枚も書いてくれたんです」
「え……? あぁ、あなたが矢野様なわけではないんですね……ははっ……」
届出と一緒に提出した身分証を見て、職員は乾いた笑いをする。
「えーっとー……破けているわけではないので、こちらの届出で受理致します。こちらの番号札を持って、暫くお待ちくださいませ」
番号札を貰い、受付前の長椅子に腰をかけて待つ。
暫くすると、電光掲示板に番号札に書かれた数字が表示され、指定された受付に行く。
するとそこには、先程とは打って変わって困惑げな表情を浮かべる職員が居た。
「こちらの届出は受理することができませんでした」
先程提出した離婚届と身分証を返される。
「どこか記入漏れしてましたか? それとも紙がクシャクシャだから受理できないとか」
「いえ……」
俺が受けった離婚届を確認していると、職員が声を上げる。
「その……矢野様が離婚届不受理申出を出されてまして」
「離婚届不受理申出?」
「はい。配偶者が勝手に離婚届を提出できないようにする為のものです。ですから、ご本人様がそれを撤回されるか、もしくはご本人様自身が離婚届を提出されない限りは、協議離婚は無理かと……」
「そんな制度があるんですね」
俺は一旦、届けを提出することは諦めて、ホテルに帰ることにした。
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