上 下
35 / 40

第35話

しおりを挟む
 事後特有の倦怠感を感じながら、僕は目を覚ます。
 目覚めに扉の向こうから朝食を作る音が聞こえないのは久しぶりな気がする。というより、初めてかもしれない。

 現在時刻は午前六時半。
 昨日はあのまま眠ってしまったみたいで、僕は目覚まし時計の音で目を覚ました。

 昨日起こった出来事を思い出し、僕は頬を染める。怖くはあったものの、この二年間ずっと待ち侘びていたことでもあって、僕は充足感を感じていた。
 隣で眠っているであろう慎二を探そうと、手を伸ばす。しかしその手は空を切った。

「慎二……?」

 身体を起こして、部屋を見て回る。しかし、彼はどこにもいない。部屋を出て、家中を探し回るが、どこにも。
 さらに付け加えるなら昨日、気絶して運ばれた冬弥もいなかった。

 二人して慎二の部屋にいるんだろうか?

 なんて思っていると、僕の机に書き置きが残されていることに気付く。

『家は自由に使ってください』

 慎二の筆跡だ。
 紙にはこれしか書かれていなかった。

 どういうこと???

 嫌な予感がして、絶対に開けないようにと言い含められている慎二の部屋に入る。
 しかしそこには、誰もいなかった。

『どこいるの?』

 スマホを取りだして慎二にメッセージを送ってみるが、既読はつかない。
 トーク画面を閉じると、冬弥の欄に一件通知が溜まっていることに気付く。

『一週間以内に、俺の家に引っ越してこいよ』

 離婚を手伝って欲しいと言った時の条件のことかな?

『ごめん、やっぱり離婚しないことにしたから無理。それ以外の条件にしてくれない?』

 昨日、慎二が僕のことを本当に好いてくれていることを知った。
 色々協力してくれた冬弥には悪いが、僕には最早、離婚をする気なんて微塵もなかった。

『あれ? そーなの? 俺、離婚するから那月のこと頼む。って慎二に言われたんだけど?』

 僕の心臓がドクンと嫌な音を立てた。

『それ嘘! 慎二の冗談だから! 他の条件考えといて』

 爆速でメッセージを打ち込んで、スマホを閉じる。
 嫌な予感を感じつつ、自室に全力ダッシュ。

「離婚なんて出来るわけない。だって、僕は同意しないし、慎二だって僕のこと好きって言ってたのにッ!!!」

 僕はその嫌な予感を払拭したくて、自室へと飛び込んだ。
 しかし、通勤カバンからキーケースを取り出そうとして、僕の背筋に嫌な汗が流れた。

「いつも仕舞ってる場所と違う……」

 いつもは手前右のポケットに入れているはずのキーケースが、今日はカバンの底から見つかる。

 そこから二本ぶらさがっている鍵のうち、一本を指で掴み、机の引き出しの鍵穴に差し込んだ。

 ガラガラと音を立てて開く引き出し。そこには、ここ一年何度も書き直した離婚届が、全て無くなっていた。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

付き合っているのに喧嘩ばかり。俺から別れを言わなければならないとさよならを告げたが実は想い合ってた話。

雨宮里玖
BL
サラリーマン×サラリーマン 《あらすじ》 恋人になってもうすぐ三年。でも二人の関係は既に破綻している。最近は喧嘩ばかりで恋人らしいこともしていない。お互いのためにもこの関係を終わらせなければならないと陸斗は大河に別れを告げる——。 如月大河(26)営業部。陸斗の恋人。 小林陸斗(26)総務部。大河の恋人。 春希(26)大河の大学友人。 新井(27)大河と陸斗の同僚。イケメン。

どうしようもなく甘い一日

佐治尚実
BL
「今日、彼に別れを告げます」 恋人の上司が結婚するという噂話を聞いた。宏也は身を引こうと彼をラブホテルに誘い出す。 上司×部下のリーマンラブです。 今作は個人サイト、各投稿サイトにて掲載しています。

番持ちのオメガは恋ができない

雨宮里玖
BL
ゆきずりのアルファと番ってしまった勇大。しかも泥酔していて、そのときのことをまったく憶えていない。アルファに訴えられる前に消えようと、勇大はホテルを飛び出した。 その後、勇大は新しい仕事が決まり、アパレル会社で働き始める。だがうまくいかない。カスハラ客に詰め寄られて、ムカついてぶん殴ってやろうかと思ったとき、いきなりクレイジーな社長が現れて—— オメガらしさを求めてこない溺愛アルファ社長×アルファらしさを求めないケンカっ早い強がりオメガの両片思いすれ違いストーリー。 南勇大(25)受け。チャラい雰囲気のオメガ。高校中退。仕事が長続きしない。ケンカっ早い。 北沢橙利(32)攻め。アルファ社長。大胆な性格に見えるが、勇大にはある想いを抱えている。

愛しいアルファが擬態をやめたら。

フジミサヤ
BL
「樹を傷物にしたの俺だし。責任とらせて」 「その言い方ヤメロ」  黒川樹の幼馴染みである九條蓮は、『運命の番』に憧れるハイスペック完璧人間のアルファである。蓮の元恋人が原因の事故で、樹は蓮に項を噛まれてしまう。樹は「番になっていないので責任をとる必要はない」と告げるが蓮は納得しない。しかし、樹は蓮に伝えていない秘密を抱えていた。 ◇同級生の幼馴染みがお互いの本性曝すまでの話です。小学生→中学生→高校生→大学生までサクサク進みます。ハッピーエンド。 ◇オメガバースの設定を一応借りてますが、あまりそれっぽい描写はありません。ムーンライトノベルズにも投稿しています。

【完結】《BL》溺愛しないで下さい!僕はあなたの弟殿下ではありません!

白雨 音
BL
早くに両親を亡くし、孤児院で育ったテオは、勉強が好きだった為、修道院に入った。 現在二十歳、修道士となり、修道院で静かに暮らしていたが、 ある時、強制的に、第三王子クリストフの影武者にされてしまう。 クリストフは、テオに全てを丸投げし、「世界を見て来る!」と旅に出てしまった。 正体がバレたら、処刑されるかもしれない…必死でクリストフを演じるテオ。 そんなテオに、何かと構って来る、兄殿下の王太子ランベール。 どうやら、兄殿下と弟殿下は、密な関係の様で…??  BL異世界恋愛:短編(全24話) ※魔法要素ありません。※一部18禁(☆印です) 《完結しました》

悪役令息に転生したので婚約破棄を受け入れます

藍沢真啓/庚あき
BL
BLゲームの世界に転生してしまったキルシェ・セントリア公爵子息は、物語のクライマックスといえる断罪劇で逆転を狙うことにした。 それは長い時間をかけて、隠し攻略対象者や、婚約者だった第二王子ダグラスの兄であるアレクサンドリアを仲間にひきれることにした。 それでバッドエンドは逃れたはずだった。だが、キルシェに訪れたのは物語になかった展開で…… 4/2の春庭にて頒布する「悪役令息溺愛アンソロジー」の告知のために書き下ろした悪役令息ものです。

君のことなんてもう知らない

ぽぽ
BL
早乙女琥珀は幼馴染の佐伯慶也に毎日のように告白しては振られてしまう。 告白をOKする素振りも見せず、軽く琥珀をあしらう慶也に憤りを覚えていた。 だがある日、琥珀は記憶喪失になってしまい、慶也の記憶を失ってしまう。 今まで自分のことをあしらってきた慶也のことを忘れて、他の人と恋を始めようとするが… 「お前なんて知らないから」

メランコリック・ハートビート

おしゃべりマドレーヌ
BL
【幼い頃から一途に受けを好きな騎士団団長】×【頭が良すぎて周りに嫌われてる第二王子】 ------------------------------------------------------ 『王様、それでは、褒章として、我が伴侶にエレノア様をください!』 あの男が、アベルが、そんな事を言わなければ、エレノアは生涯ひとりで過ごすつもりだったのだ。誰にも迷惑をかけずに、ちゃんとわきまえて暮らすつもりだったのに。 ------------------------------------------------------- 第二王子のエレノアは、アベルという騎士団団長と結婚する。そもそもアベルが戦で武功をあげた褒賞として、エレノアが欲しいと言ったせいなのだが、結婚してから一年。二人の間に身体の関係は無い。 幼いころからお互いを知っている二人がゆっくりと、両想いになる話。

処理中です...