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第25話
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※嘔吐表現あります。苦手な方は自己判断よろしくお願いします。
「ギャハハハハハハ」
僕の頭の上で弁当をひっくり返した女は、甲高い笑い声を上げた。
僕の腕を掴んでいた二人もクスクスと嘲笑う。
頭から、ボトリボトリとお弁当の具材が落ちてくる。
「矢野さん!」
唯一、さっきから申し訳なさそうな顔をして震えていた、顔見知りの女性が駆け寄ってくる。
僕は歯を食いしばる。手のひらに爪跡が残るほど、拳を握りしめる。
せっかく慎二が作ってくれたお弁当を……。
僕のことはどれだけ貶してもいい。それでも、これだけは許せない。
僕は顔を上げて、女に殴りかかろうとした――その時。
頭に触れる手があった。顔見知りの女性。その手は、僕の頭についている食べ物を一つずつ取り除く。
「何も出来なくてごめんなさい」
震える声で彼女は何度も謝っていた。しかし、彼女は悪くない。僕は彼女の手を握る。そして、「ありがとう」と言おうと――
「…………うっ」
その瞬間、猛烈な吐き気に襲われる。
気持ち悪い。
気持ち悪い。
気持ち悪い。
咄嗟に彼女の手を振り払う。
その手を、今すぐ洗って消毒したい。
膝から崩れ落ち、喉の奥から迫り上がるそれを、吐き出さないように口を抑えた。
「…………うっ……」
その時「えっ? マジで?」という女の楽しそうな声が聞こえた。
「西野マジで、コイツのこと好きなのッ!?!? しかもコイツ、めちゃくちゃ気持ち悪がってるし。西野かわいそーッ」
ギャハギャハ僕のことを指差しながら笑う、下品な女の言葉で大体の状況を把握した。
吐き気が少し治まって、顔を上げる。先程、西野と呼ばれた顔見知りの女性は、困惑の表情を深べている。
僕に手を振り払われ、目の前の女に僕のことが好きなんだなと笑われている理由が、よく分かっていないらしい。
そりゃそうか。分かってるなら、初めから僕に触れてこない。
「なんでオメガの体ってこんななんだろう……」
ため息を吐いて、周りに聞こえないように独りごちていると、女が僕を見た。
「西野、コイツが起き上がりそうになったらお前が抑えろ」
「えっ……?」
「いいから黙って頷けよ、ブス。それともハブられたいの?」
西野さんはビクリと身体を震わせた。
ハブられる。
それはオメガ。特に女のオメガにとって、ただ仲間外れにされるという意味以上のものがあった。
オメガは弱い。
そして、一生涯に一人のアルファとだけ番になることが出来る。
つまり無理矢理薬を打たれ、強制的に発情。うなじを噛まれて最低最悪なアルファ様と一生番に……なんて事件はよくあることなのだ。
いや一生、番でいてくれるならまだいい方。大抵のオメガは、賞味期限が切れたら捨てられる。
だからこそオメガは、自分たちの身を守る為に群れて行動する。
特にアルファからの需要が高い女の、しかも見目のいいオメガは狙われやすいだろう。
その点で見ると西野さんは苦労していそうだ。
だからこそ、申し訳なさそうな顔で僕を見下ろす西野さんを憎めない。
しかしそんな心情とは違って、身体の方は勝手にズルズルと後退する。
「おい、西野」
それを見た女が、高圧的に西野さんを呼ぶ。
「逃がすな。抑えろ」
「ち、違うっ! 逃げて……」
「西野ッ!」
逃げてないと言おうとしたが、女はそんな僕の言葉を聞こうとしない。
西野さんは涙目になりながら、おずおずと僕の方に手を伸ばす。
僕の身体は恐怖に固まってしまい、その手から逃れることはできなかった。
僕は今度こそ、胃からせり上がってきたモノを床にぶちまけた。
「うぇ……うぇぇえええ……」
「矢野さん! 大丈夫ですか!?」
西野さんは、そんな僕の背中を撫でる。
しかしその手は、さらに僕の気分を悪くさせる。
番がいるオメガというのは不思議なもので、接触すれば自分が相手に好意を持たれているのか。そこに性的な意味はあるのか。
それが分かってしまう。
そして、もしそこに性的な意味が含まれていれば、身体が拒絶反応を起こす。
その程度はオメガによって様々だ。
性的に見られていれば、触られるのも無理。という場合もあれば、普通に接触される程度は大丈夫、という場合もある。
最近の研究では、番との関係が上手くいっているオメガほど、拒絶反応は出ないと言われているみたいだが。
つまり僕は、慎二との仲が上手くいっていないから、西野さんに介抱されるだけで嫌悪感が出てくる。と、いうことなんだと思う。
そして西野さんは、性的な意味も含めて僕のことが好きだという自覚がないのだろう。
僕は胃にあるものを全て吐き出してしまって、やっと口を開くことが出来た。
「西野……さ、ん、僕に……うっ、触れない、で……」
未だにギャハギャハという下品な声が響く。
酷い倦怠感に襲われ、笑い声が頭の中をぐわんぐわんと掻き回す。
目眩がする。身体の平衡感覚を失い、僕は体制を崩す。そのまま自分でぶちまけた吐瀉物にダイブ――しそうなところで、唐突に視界の外から伸ばされた手に体を支えられ、そして抱き寄せられた。
そうして僕は、妙にほっとする匂いに包まれながら、意識を手放した。
「ギャハハハハハハ」
僕の頭の上で弁当をひっくり返した女は、甲高い笑い声を上げた。
僕の腕を掴んでいた二人もクスクスと嘲笑う。
頭から、ボトリボトリとお弁当の具材が落ちてくる。
「矢野さん!」
唯一、さっきから申し訳なさそうな顔をして震えていた、顔見知りの女性が駆け寄ってくる。
僕は歯を食いしばる。手のひらに爪跡が残るほど、拳を握りしめる。
せっかく慎二が作ってくれたお弁当を……。
僕のことはどれだけ貶してもいい。それでも、これだけは許せない。
僕は顔を上げて、女に殴りかかろうとした――その時。
頭に触れる手があった。顔見知りの女性。その手は、僕の頭についている食べ物を一つずつ取り除く。
「何も出来なくてごめんなさい」
震える声で彼女は何度も謝っていた。しかし、彼女は悪くない。僕は彼女の手を握る。そして、「ありがとう」と言おうと――
「…………うっ」
その瞬間、猛烈な吐き気に襲われる。
気持ち悪い。
気持ち悪い。
気持ち悪い。
咄嗟に彼女の手を振り払う。
その手を、今すぐ洗って消毒したい。
膝から崩れ落ち、喉の奥から迫り上がるそれを、吐き出さないように口を抑えた。
「…………うっ……」
その時「えっ? マジで?」という女の楽しそうな声が聞こえた。
「西野マジで、コイツのこと好きなのッ!?!? しかもコイツ、めちゃくちゃ気持ち悪がってるし。西野かわいそーッ」
ギャハギャハ僕のことを指差しながら笑う、下品な女の言葉で大体の状況を把握した。
吐き気が少し治まって、顔を上げる。先程、西野と呼ばれた顔見知りの女性は、困惑の表情を深べている。
僕に手を振り払われ、目の前の女に僕のことが好きなんだなと笑われている理由が、よく分かっていないらしい。
そりゃそうか。分かってるなら、初めから僕に触れてこない。
「なんでオメガの体ってこんななんだろう……」
ため息を吐いて、周りに聞こえないように独りごちていると、女が僕を見た。
「西野、コイツが起き上がりそうになったらお前が抑えろ」
「えっ……?」
「いいから黙って頷けよ、ブス。それともハブられたいの?」
西野さんはビクリと身体を震わせた。
ハブられる。
それはオメガ。特に女のオメガにとって、ただ仲間外れにされるという意味以上のものがあった。
オメガは弱い。
そして、一生涯に一人のアルファとだけ番になることが出来る。
つまり無理矢理薬を打たれ、強制的に発情。うなじを噛まれて最低最悪なアルファ様と一生番に……なんて事件はよくあることなのだ。
いや一生、番でいてくれるならまだいい方。大抵のオメガは、賞味期限が切れたら捨てられる。
だからこそオメガは、自分たちの身を守る為に群れて行動する。
特にアルファからの需要が高い女の、しかも見目のいいオメガは狙われやすいだろう。
その点で見ると西野さんは苦労していそうだ。
だからこそ、申し訳なさそうな顔で僕を見下ろす西野さんを憎めない。
しかしそんな心情とは違って、身体の方は勝手にズルズルと後退する。
「おい、西野」
それを見た女が、高圧的に西野さんを呼ぶ。
「逃がすな。抑えろ」
「ち、違うっ! 逃げて……」
「西野ッ!」
逃げてないと言おうとしたが、女はそんな僕の言葉を聞こうとしない。
西野さんは涙目になりながら、おずおずと僕の方に手を伸ばす。
僕の身体は恐怖に固まってしまい、その手から逃れることはできなかった。
僕は今度こそ、胃からせり上がってきたモノを床にぶちまけた。
「うぇ……うぇぇえええ……」
「矢野さん! 大丈夫ですか!?」
西野さんは、そんな僕の背中を撫でる。
しかしその手は、さらに僕の気分を悪くさせる。
番がいるオメガというのは不思議なもので、接触すれば自分が相手に好意を持たれているのか。そこに性的な意味はあるのか。
それが分かってしまう。
そして、もしそこに性的な意味が含まれていれば、身体が拒絶反応を起こす。
その程度はオメガによって様々だ。
性的に見られていれば、触られるのも無理。という場合もあれば、普通に接触される程度は大丈夫、という場合もある。
最近の研究では、番との関係が上手くいっているオメガほど、拒絶反応は出ないと言われているみたいだが。
つまり僕は、慎二との仲が上手くいっていないから、西野さんに介抱されるだけで嫌悪感が出てくる。と、いうことなんだと思う。
そして西野さんは、性的な意味も含めて僕のことが好きだという自覚がないのだろう。
僕は胃にあるものを全て吐き出してしまって、やっと口を開くことが出来た。
「西野……さ、ん、僕に……うっ、触れない、で……」
未だにギャハギャハという下品な声が響く。
酷い倦怠感に襲われ、笑い声が頭の中をぐわんぐわんと掻き回す。
目眩がする。身体の平衡感覚を失い、僕は体制を崩す。そのまま自分でぶちまけた吐瀉物にダイブ――しそうなところで、唐突に視界の外から伸ばされた手に体を支えられ、そして抱き寄せられた。
そうして僕は、妙にほっとする匂いに包まれながら、意識を手放した。
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