19 / 40
第19話
しおりを挟む
「矢野さん、ちょっと離れて貰えませんか?」
隣のデスクで働く女はそう言って、嫌そうな顔をしていた。
仕事を始めようと、パソコンを開いたすぐ後のことだった。
「えっ、僕、臭いですかッ?」
彼女が僕からなるべく離れようと椅子を移動させるので、それほどかと僕は服を嗅いだ。
しかし、自分では分からない。
「いえ、そういうワケではないのですが……」
僕は言われた通りに、彼女の席とは反対、つまり右側に寄った。
すると――
「いや、こっちに近づいて来られるのも困るんだけど」
今度は右隣に座る男が迷惑そうな顔をする。
二人とも、普段は仕事以外のことで話しかけてくることはないので、僕はビックリする。と、同時にショックを受けた。
「僕、そんなに臭いんですね」
「いや、臭いというより……怖いかな」
「怖い?」
「いや、なんでもない」
男は、仕事に戻った。
しかし、どうしよう。右に寄れないなら女性の要望には答えられない。
その時、部長から声がかかる。
「矢野くん。申し訳ないんだけど――」
僕は、窓際の席に移された。元々あった席ではなく、会議室から余分な机や椅子を借りて、即席で作られた席。一人だけぽつんと孤島のように離れた場所にある。
これはあれだろうか? 俗に言う窓際族。
体臭がキツすぎて、戦力外通告をされたのだろうか?
僕ってそんなに臭い!?
しかし、仕事はいつもと同じように振られた。
変わったことといえば、やはり誰も僕に近寄ろうとしないこと。いや、それはいつものことか。
しかし、仕事上どうしても必要な接触も、下っ端のオメガの社員を通して行われる。
それは、昼休憩になるまで続いた。
さっきは僕の体臭が酷いのかと思ったが、もしかしてこれはアレだろうか?
僕の写真と噂が出回ったことで、避けられてる?
まあ、それなら仕方ない。別に危害を加えられるようなことさえ無いなら、それでいいんだ。
それよりも今は、今朝のことが気になっていた。
壊れた指輪を悲しそうな瞳で見つめる慎二が、脳裏に焼き付いて離れない。
あの時の僕は、慎二の為にも指輪を壊さないといけないと思っていた。
しかし、慎二のその後の怒りようを見て、僕は何か根本的なことを間違えているんじゃないかと思うようになった。
慎二は本当に僕のことが好きで、僕のことを抱いてくれないのも何か事情があるのかもしれない、とか。
慎二も心の底では離婚したがってるに決まってるって思ってたけど、本当は違うのかもしれない、とか。
だから離婚するっていうのも、一回考え直していいのかもしれない、とか。
そんなことが頭の中でグルグルグルグル巡りに巡っていた。
お昼休憩の時間になり、慎二が作ってくれたお弁当を取り出す。
お昼は慎二と食べる予定だった。しかし朝、僕はそれを断った。一緒に居るのを見られて、さらに変な噂を立てられたら、慎二の迷惑になると思ったから。
蓋を開け、卵焼きに箸を伸ばす。
そういえば昨日も、卵焼きを最初に食べた。慎二に食べさせてもらった。
やっぱり一緒にお昼を食べたい。
気づけば僕は、お弁当箱を持って営業部のフロアに向かっていた。
『今日こそは、俺にそれを食べさせて』
今朝、慎二に言われた言葉。
自分から断っておいて、都合がいいのかもしれない。でも、もしかしたら慎二も、僕とのお昼を楽しみにしてくれていたかもしれない。
そう思うと、一緒に食べたいと思わずにはいられなかった。
ふと足を止める。営業部のフロアに向かう途中、視線の先の人影が気になった。
あれ、慎二じゃない?
確かにそれは慎二だった。しかし、その隣には女性が一人。
あれは……佐々木さん?
二人は会議室に入っていった。
隣のデスクで働く女はそう言って、嫌そうな顔をしていた。
仕事を始めようと、パソコンを開いたすぐ後のことだった。
「えっ、僕、臭いですかッ?」
彼女が僕からなるべく離れようと椅子を移動させるので、それほどかと僕は服を嗅いだ。
しかし、自分では分からない。
「いえ、そういうワケではないのですが……」
僕は言われた通りに、彼女の席とは反対、つまり右側に寄った。
すると――
「いや、こっちに近づいて来られるのも困るんだけど」
今度は右隣に座る男が迷惑そうな顔をする。
二人とも、普段は仕事以外のことで話しかけてくることはないので、僕はビックリする。と、同時にショックを受けた。
「僕、そんなに臭いんですね」
「いや、臭いというより……怖いかな」
「怖い?」
「いや、なんでもない」
男は、仕事に戻った。
しかし、どうしよう。右に寄れないなら女性の要望には答えられない。
その時、部長から声がかかる。
「矢野くん。申し訳ないんだけど――」
僕は、窓際の席に移された。元々あった席ではなく、会議室から余分な机や椅子を借りて、即席で作られた席。一人だけぽつんと孤島のように離れた場所にある。
これはあれだろうか? 俗に言う窓際族。
体臭がキツすぎて、戦力外通告をされたのだろうか?
僕ってそんなに臭い!?
しかし、仕事はいつもと同じように振られた。
変わったことといえば、やはり誰も僕に近寄ろうとしないこと。いや、それはいつものことか。
しかし、仕事上どうしても必要な接触も、下っ端のオメガの社員を通して行われる。
それは、昼休憩になるまで続いた。
さっきは僕の体臭が酷いのかと思ったが、もしかしてこれはアレだろうか?
僕の写真と噂が出回ったことで、避けられてる?
まあ、それなら仕方ない。別に危害を加えられるようなことさえ無いなら、それでいいんだ。
それよりも今は、今朝のことが気になっていた。
壊れた指輪を悲しそうな瞳で見つめる慎二が、脳裏に焼き付いて離れない。
あの時の僕は、慎二の為にも指輪を壊さないといけないと思っていた。
しかし、慎二のその後の怒りようを見て、僕は何か根本的なことを間違えているんじゃないかと思うようになった。
慎二は本当に僕のことが好きで、僕のことを抱いてくれないのも何か事情があるのかもしれない、とか。
慎二も心の底では離婚したがってるに決まってるって思ってたけど、本当は違うのかもしれない、とか。
だから離婚するっていうのも、一回考え直していいのかもしれない、とか。
そんなことが頭の中でグルグルグルグル巡りに巡っていた。
お昼休憩の時間になり、慎二が作ってくれたお弁当を取り出す。
お昼は慎二と食べる予定だった。しかし朝、僕はそれを断った。一緒に居るのを見られて、さらに変な噂を立てられたら、慎二の迷惑になると思ったから。
蓋を開け、卵焼きに箸を伸ばす。
そういえば昨日も、卵焼きを最初に食べた。慎二に食べさせてもらった。
やっぱり一緒にお昼を食べたい。
気づけば僕は、お弁当箱を持って営業部のフロアに向かっていた。
『今日こそは、俺にそれを食べさせて』
今朝、慎二に言われた言葉。
自分から断っておいて、都合がいいのかもしれない。でも、もしかしたら慎二も、僕とのお昼を楽しみにしてくれていたかもしれない。
そう思うと、一緒に食べたいと思わずにはいられなかった。
ふと足を止める。営業部のフロアに向かう途中、視線の先の人影が気になった。
あれ、慎二じゃない?
確かにそれは慎二だった。しかし、その隣には女性が一人。
あれは……佐々木さん?
二人は会議室に入っていった。
88
お気に入りに追加
2,242
あなたにおすすめの小説

初心者オメガは執着アルファの腕のなか
深嶋
BL
自分がベータであることを信じて疑わずに生きてきた圭人は、見知らぬアルファに声をかけられたことがきっかけとなり、二次性の再検査をすることに。その結果、自身が本当はオメガであったと知り、愕然とする。
オメガだと判明したことで否応なく変化していく日常に圭人は戸惑い、悩み、葛藤する日々。そんな圭人の前に、「運命の番」を自称するアルファの男が再び現れて……。
オメガとして未成熟な大学生の圭人と、圭人を番にしたい社会人アルファの男が、ゆっくりと愛を深めていきます。
穏やかさに滲む執着愛。望まぬ幸運に恵まれた主人公が、悩みながらも運命の出会いに向き合っていくお話です。本編、攻め編ともに完結済。

からかわれていると思ってたら本気だった?!
雨宮里玖
BL
御曹司カリスマ冷静沈着クール美形高校生×貧乏で平凡な高校生
《あらすじ》
ヒカルに告白をされ、まさか俺なんかを好きになるはずないだろと疑いながらも付き合うことにした。
ある日、「あいつ間に受けてやんの」「身の程知らずだな」とヒカルが友人と話しているところを聞いてしまい、やっぱりからかわれていただけだったと知り、ショックを受ける弦。騙された怒りをヒカルにぶつけて、ヒカルに別れを告げる——。
葛葉ヒカル(18)高校三年生。財閥次男。完璧。カリスマ。
弦(18)高校三年生。父子家庭。貧乏。
葛葉一真(20)財閥長男。爽やかイケメン。

「じゃあ、別れるか」
万年青二三歳
BL
三十路を過ぎて未だ恋愛経験なし。平凡な御器谷の生活はひとまわり年下の優秀な部下、黒瀬によって破壊される。勤務中のキス、気を失うほどの快楽、甘やかされる週末。もう離れられない、と御器谷は自覚するが、一時の怒りで「じゃあ、別れるか」と言ってしまう。自分を甘やかし、望むことしかしない部下は別れを選ぶのだろうか。
期待の若手×中間管理職。年齢は一回り違い。年の差ラブ。
ケンカップル好きへ捧げます。
ムーンライトノベルズより転載(「多分、じゃない」より改題)。

オメガバα✕αBL漫画の邪魔者Ωに転生したはずなのに気付いた時には主人公αに求愛されてました
和泉臨音
BL
落ちぶれた公爵家に生まれたミルドリッヒは無自覚に前世知識を活かすことで両親を支え、優秀なαに成長するだろうと王子ヒューベリオンの側近兼友人候補として抜擢された。
大好きな家族の元を離れ頑張るミルドリッヒに次第に心を開くヒューベリオン。ミルドリッヒも王子として頑張るヒューベリオンに次第に魅かれていく。
このまま王子の側近として出世コースを歩むかと思ったミルドリッヒだが、成長してもαの特徴が表れず王城での立場が微妙になった頃、ヒューベリオンが抜擢した騎士アレスを見て自分が何者かを思い出した。
ミルドリッヒはヒューベリオンとアレス、α二人の禁断の恋を邪魔するΩ令息だったのだ。
転生していたことに気付かず前世スキルを発動したことでキャラ設定が大きく変わってしまった邪魔者Ωが、それによって救われたα達に好かれる話。
元自己評価の低い王太子α ✕ 公爵令息Ω。

最愛の夫に、運命の番が現れた!
竜也りく
BL
物心ついた頃からの大親友、かつ現夫。ただそこに突っ立ってるだけでもサマになるラルフは、もちろん仕事だってバリバリにできる、しかも優しいと三拍子揃った、オレの最愛の旦那様だ。
二人で楽しく行きつけの定食屋で昼食をとった帰り際、突然黙り込んだラルフの視線の先を追って……オレは息を呑んだ。
『運命』だ。
一目でそれと分かった。
オレの最愛の夫に、『運命の番』が現れたんだ。
★1000字くらいの更新です。
★他サイトでも掲載しております。
【完結】何一つ僕のお願いを聞いてくれない彼に、別れてほしいとお願いした結果。
N2O
BL
好きすぎて一部倫理観に反することをしたα × 好きすぎて馬鹿なことしちゃったΩ
※オメガバース設定をお借りしています。
※素人作品です。温かな目でご覧ください。
表紙絵
⇨ 深浦裕 様 X(@yumiura221018)
溺愛アルファの完璧なる巣作り
夕凪
BL
【本編完結済】(番外編SSを追加中です)
ユリウスはその日、騎士団の任務のために赴いた異国の山中で、死にかけの子どもを拾った。
抱き上げて、すぐに気づいた。
これは僕のオメガだ、と。
ユリウスはその子どもを大事に大事に世話した。
やがてようやく死の淵から脱した子どもは、ユリウスの下で成長していくが、その子にはある特殊な事情があって……。
こんなに愛してるのにすれ違うことなんてある?というほどに溺愛するアルファと、愛されていることに気づかない薄幸オメガのお話。(になる予定)
※この作品は完全なるフィクションです。登場する人物名や国名、団体名、宗教等はすべて架空のものであり、実在のものと一切の関係はありません。
話の内容上、宗教的な描写も登場するかと思いますが、繰り返しますがフィクションです。特定の宗教に対して批判や肯定をしているわけではありません。
クラウス×エミールのスピンオフあります。
https://www.alphapolis.co.jp/novel/504363362/542779091

愛しいアルファが擬態をやめたら。
フジミサヤ
BL
「樹を傷物にしたの俺だし。責任とらせて」
「その言い方ヤメロ」
黒川樹の幼馴染みである九條蓮は、『運命の番』に憧れるハイスペック完璧人間のアルファである。蓮の元恋人が原因の事故で、樹は蓮に項を噛まれてしまう。樹は「番になっていないので責任をとる必要はない」と告げるが蓮は納得しない。しかし、樹は蓮に伝えていない秘密を抱えていた。
◇同級生の幼馴染みがお互いの本性曝すまでの話です。小学生→中学生→高校生→大学生までサクサク進みます。ハッピーエンド。
◇オメガバースの設定を一応借りてますが、あまりそれっぽい描写はありません。ムーンライトノベルズにも投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる