【完】100枚目の離婚届~僕のことを愛していないはずの夫が、何故か異常に優しい~

人生1919回血迷った人

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第16話

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 会社のオフィスに入ると、幾重もの視線が突き刺さった。

「あの人が写真の……」
「なんであの地味男が須田さんと……」
「男のオメガのくせに調子乗るから……」

 至るところから、悪意のある言葉が聞こえてくる。しかしそのどれもが面と向かってではなく、ヒソヒソとどこからともなく聞こえてくるものだった。

 どうやら本当に、会社中に拡散されてしまったみたいだ。
 慎二は人気者だから、こうなってしまうのも頷ける。昨日、営業部と商品開発部の話を聞いたので、尚更そう納得してしまう。
 本当に僕にはもったいない人だ。

 僕は全ての視線を無視し、営業部へと向かう。慎二の元に向かうためだ。
 結婚してることを絶対に言うなと釘を刺しに行く。
 まあ、行かなくても、慎二のことだから勝手に話したりはしないだろうけど。

 エレベーターに乗る為、列に並ぶ。しかし、どうにも周りの視線が気になって、じっとしているのが嫌になった。

 今日は階段で行こう。

 僕は、全くもって使われていない薄暗い階段を上る。丁度、二階から三階に差し掛かったところで、何者かに後ろから口を塞がれた。

 僕は抵抗しなかった。
 なんでだろう? いつもだったら怖がって、どうにかしようと暴れているはずなのに、今日はそんなことしようとも思えない。
 なんかどうにでもなれって感じだ。

 二階の使われていない会議室に、連れ込まれる。その時、男の顔が見えた。

 なんで慎二がここに?

 慎二は会議室の鍵を閉めると、途端に怒鳴った。

「なんで抵抗しないんだッ!!!」

 僕の身体は、反射的にビクリと震えた。
 それを見た慎二はハッとした顔をして、手で口を覆った。

「……いや、怒鳴るつもりはなかったんだ。ごめん」

 なんで慎二が謝るんだ。

 僕の中でふつふつと怒りが湧き上がる。

 何で僕は、こんなにも弱いんだ。
 怒鳴られたくらいで身体を震わせて、慎二に気を遣わせて……。

 本当に自分が情けない。
 こんなんだから慎二も、僕に構わざるお得なくなるんだ。

 昨日だって、大事な昼食会があったのに、僕のせいで欠席させてしまった。

 僕は拳をギュッと握りしめて、顔に笑みを貼り付けた。

「ううん、僕は全然大丈夫。それで抵抗しなかった理由だっけ? それは、すぐに慎二だって分かったからだよ。僕だって本気でヤバそうだったら、ちゃんと抵抗するよ?」

 僕はブンブンと腕を回した。

 慎二には、心配かけない。頼らない。全部、自分でなんとかする。
 そうじゃないと、自分が情けなさ過ぎて嫌いになりそうだった。

「だから僕の心配はしなくて大丈夫。自分でなんとか出来るから」

 笑う。
 大丈夫って思って貰えるように笑う。

 僕は強くなるんだ。慎二に勝手に愛を期待して、勝手に裏切られた気分になるなんてこと、もうしたくないから。
 と僕が覚悟を決めていると、慎二が呆れたような声を出した。

「はぁ? 心配しなくて大丈夫。って何? 心配するなってこと? そんなの無理に決まってるでしょ」

 ヤレヤレとでも言いたげな目で、僕を見てくる。

「那月は自分自身のことを何だと思ってるわけ? 君は僕の番だよ。つ、が、い」

 慎二はわざと口を開けて強調してきた。

「なのに、つ、が、い、の俺に心配すらさせてくれないの?」

 それは酷くない? と、何故か非難めいた瞳で見られる。

「いや、別にそういうことじゃなくて……そもそも番関係だってあってないようなもんだし……」
「えっ? そうなのっ?」

 慎二はショックを受けたような顔をする。

 え……? なんで? 僕達ってどこかに番らしい要素あったっけ?

 ショボンとする慎二に、僕は焦る。

「いやっ、えっ、うん。そうじゃない? ……あっ、いや、一緒に住んでるし、そんなことも無いのかも?」

 悲しそうな表情をする慎二を見て、自分の言葉を訂正する。
 こんな慎二、初めて見た。なんか……子供っぽい?

 というか、ちゃんと僕のこと番だって思ってくれてたんだ。
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