【完】100枚目の離婚届~僕のことを愛していないはずの夫が、何故か異常に優しい~

人生1919回血迷った人

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第10話

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 ひとけの少ない場所まで来ると、手を放された。慎二は僕の方を振り返る。

「よし、じゃあ、ご飯を食べよう」

 それだけ言うと、すぐそこにあるベンチに彼は座った。

「那月もおいで」

 僕は促されるままに慎二の隣に座る。
 メッセージを見ろとか小言を言われるのかと思っていたが、まさかこのままご飯を食べるのか?
 こんな会社の近くで?

 キョロキョロと周りを見渡すと、顎を掴まれた。

「ほーら、よそ見しない。あーん」

 唇に卵焼きが、押し当てられた。

「ほら、あーん」

 あーん? あーんってあのあーん??? 状況が呑み込めない。どういうこと?
 言われるがままに口を開く。すると、卵焼きが放り込まれた。

「ほら、よく噛んで」

 え……!? 本当に?
 本当に僕、あーんされたッ!? 
 慎二に!?

 嘘、夢じゃない???
 僕、もう死んでもいい。

 ゆっくりと味わうように咀嚼する。緊張で味はしないけど。

 でも、慎二に食べさせてもらったから

「美味しい……」
「なら、良かった。じゃあほら、次は……ウインナー」

 僕は目の前に差し出される全てを、促されるままに口に入れた。

 これは絶対夢だぁ。
 お昼ご飯を一緒に食べるだけじゃなくて、まるで恋人のようにイチャイチャしてる……。

「ちっ、リア充死ねよ」

 すぐそこから野次が聞こえた。

 えっ、僕が……リア、充?
 もしかしてもしかしなくても、恋人に見えちゃった?
 って一応結婚までしてるんだけど。

 夢見心地で、咀嚼を繰り返していると、ふと目の前に食べ物が差し出されなくなった。
 慎二の方を見れば、食べ物の供給源、お弁当の中身が全て無くなっていた。

「……って僕、慎二のお弁当食べちゃってる!」
「大丈夫。俺は那月のやつ食べるよ」

 僕のお昼は、朝コンビニで買ったおにぎり。
 一年前までは、慎二に作ってもらっていた。しかし今は「作ろうか?」と聞かれても断っていた。

 テキトーに買ったコンビニおにぎりを慎二に食べさせるなんて……。と、思っていると「ふふっ」という声が聞こえた。
 そちらを向けば、目尻にしわを浮かべて笑う慎二がいた。

「ふふっ、それにしてもさっき、雛鳥みたいに、ふふっ……はぁ、可愛かったな」

 慎二が笑って……。
 僕はしばらく、彼の笑顔をボーッと見つめていた。
 慎二が声出して笑ってるの、久しぶりに見た気がする。
 なんだこの胸が満たされる感覚。足元がふわふわするするような高揚感。

 し、しかも、雛鳥に例えてぼ、ぼぼぼ、僕のこと可愛いって!?

 恥ずかしすぎる。何か言わないと……可愛いって褒めてくれたのに無視するのは感じが悪すぎる!
 でも、なんて答えたら……って、そうだ。

 いや、イケメンに可愛いっていう形容詞を使っていいのか分からないけど――

「それを言うなら、慎二のその笑った顔の方が……可愛いよ……」

 あまりの照れくささに、モジモジと下を向いてしまった。
 うぅ、恥ずかしい。こんなこと言わなきゃ良かった。
 でも、なんて答えればいいか分からなかったし……。

 僕は目をぎゅっと瞑った。

 早く反応をくれ……。

 しかし、どれだけ待っても、一向に慎二の声は聞こえない。
 僕は焦れったくなって、顔を上げた。

 すると――

 目ん玉が飛び出そうなほど、目を見開いた慎二がいた。

「えっ……それ、何の顔?」

 僕が尋ねれば、慎二は、ゴホンッと咳払いをした。

「い、いや、那月がそういうことを言ってくれるとはっ……思わなかったから……」

 慎二が頭をポリポリとかいている。
 もしかして慎二……照れてる?

 うっ……なんかヤバい。これはダメだ。このソワソワする感じ。
 気恥ずかしいのに、慎二から目が逸らせない。

 ――慎二が好きだ。

 僕の頭がその言葉で埋め尽くされた瞬間、一際大きな風が吹いた。
 カタンッと物が落ちる音がした。さっきまで僕が食べていた弁当が、風で飛ばされて落ちたみたいだ。

「あっ! 慎二もご飯、食べるよね?」

 そうだよ、僕だけ食べさせられて慎二はまだだ。
 時計を確認すると、休憩時間が終わるまで、あと二十分以上あった。
 良かった。慎二がご飯食べる時間ちゃんとある。

「じゃあ、次は僕が食べさせてあげるよ」

 自分でも意外な程すんなりと言葉が出た。
 お昼前までの僕だったら、絶対言えない。
 しかし今は、これくらいの誘いなら嫌がられないだろうという自信がある。

 だって今、そういう雰囲気だし。

 僕は拒否される可能性を微塵も考えることなく、慎二が持つコンビニ袋に手を伸ばす。

 しかしーー、 

「――ごめん、それは出来ない」

 その手は慎二が放った言葉によって、空を切ることになった。

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