9 / 40
第9話
しおりを挟む
十二時過ぎ。
ざわざわと周りが騒がしくなる。
「田中さーん、ご飯行きましょうよー!」
「ヤダよ。どうせお前、また俺に奢らす気だろ?」
ふぅ、やっとお昼か。
今日は今朝のこともあって、あまり集中できなかった。このままだと残業だ。
今週だけは、早めに帰りたいのに。
最後の思い出を作りたいだけでなく、離婚の為に新しい恋人を探さないといけない。
一週間しかないので、実際に新しい相手を探すわけじゃないけど。
そもそも地味で冴えない、しかも既に番がいるオメガ(男)の相手なんて見つかるはずがない。
一度、番ったオメガは、番を解消することは出来る。しかし、新しい番を作ることは出来ない。
だからオメガは、番を作るとオメガとしての価値がぐっと下がる。
ただでさえ需要がないにも関わらず、既に番っていて、離婚に協力して欲しいなんていうオメガ。受け入れてくれる人がいるなんて思えない。
離婚に協力してくれさえしたら、何でもする。
そういう条件で、知り合いに当たってみるしかない。
貯金だってあるし、我慢すれば夜の相手だってできる。
男のオメガは女のオメガよりも頑丈で、一部のアルファには需要があるのだ。夜の相手として。
そんなふうに考えごとをしていると、周りの雰囲気が変わった。
「矢野ーーッ!」
扉の近くから、名前を叫ばれた。慌てて席を立つ。
見れば、先程昼食を集られていた田中さんだった。
「なんですかー?」
「営業部の須田が呼んでるー!」
「……ッ!?」
思わず机に足をぶつけてしまった。痛い。
「待っててもらって下さい! すぐ行きます!」
周りの雰囲気、特に扉近くの雰囲気が変わったと思っていたら、慎二が来ていたのか。
……なんで慎二がここに?
「ねぇねぇ、矢野さんって、須田さんと知り合いなの?」
「えっ、あっ、はい、同期ですので」
「えぇ~、いいな~、羨ましい!」
女子に仕事以外の話題で話しかけられてしまった……。
これが慎二パワーか。
「ああ、ごめんなさい、話しかけて。須田さんが待っているのよね。ほら、さっさと行ってあげて」
背中をポンと叩かれた。しかし、僕の足は動かない。
行きたくない。
行きたくない。
行きたくない。
なんで僕を訪ねてきた? お昼の誘いを断っていたのになんで?
もしかして、慎二はあの後もメッセージを送っていて、でも返信が無いから怒ってる?
いや、そんなことで怒る人じゃない。
でも注意をしに来たとか、なんで返事をしないのか聞きに来たとかなら有り得るかもしれない。
いずれにせよ、今は慎二と顔を合わせたくない。
情けないことに、お昼を断られたことがまだショックなのだ。
しかし周りの目がある手前、逃げるわけにもいかない。そもそもこの部屋の唯一の出口で待機されているのだ。逃げることは難しいだろう。
でも、会いたくない……。
せめて、家に帰るまで時間があれば心の整理できそうなのに。
そうやって、僕がデスクの前で頭を抱えていると、ポンと肩が叩かれた。
「矢野、一緒にお昼食べよう」
この声は……慎二だ。
好きな人の声を、間違えるわけない。
でも、なんでここに……いつの間に、背後に立って?
というか、一緒にお昼? 今朝は断ってたのに。
「……なんで?」
「俺がここにいる経緯は全部、スマホのメッセージ見れば分かると思うんですけど?」
そう言われて、すぐにスマホを起動させようとしたが、その手を止められる。
「その前にどっか行くぞ」
慎二の視線を追って周りを見ると、彼を見てコソコソと話をしている人達と目が合った。
どうやらかなり目立っているらしい。
「矢野のご飯は?」
と聞かれ鞄の中から取り出すと、近くの公園まで手を引かれた。
ざわざわと周りが騒がしくなる。
「田中さーん、ご飯行きましょうよー!」
「ヤダよ。どうせお前、また俺に奢らす気だろ?」
ふぅ、やっとお昼か。
今日は今朝のこともあって、あまり集中できなかった。このままだと残業だ。
今週だけは、早めに帰りたいのに。
最後の思い出を作りたいだけでなく、離婚の為に新しい恋人を探さないといけない。
一週間しかないので、実際に新しい相手を探すわけじゃないけど。
そもそも地味で冴えない、しかも既に番がいるオメガ(男)の相手なんて見つかるはずがない。
一度、番ったオメガは、番を解消することは出来る。しかし、新しい番を作ることは出来ない。
だからオメガは、番を作るとオメガとしての価値がぐっと下がる。
ただでさえ需要がないにも関わらず、既に番っていて、離婚に協力して欲しいなんていうオメガ。受け入れてくれる人がいるなんて思えない。
離婚に協力してくれさえしたら、何でもする。
そういう条件で、知り合いに当たってみるしかない。
貯金だってあるし、我慢すれば夜の相手だってできる。
男のオメガは女のオメガよりも頑丈で、一部のアルファには需要があるのだ。夜の相手として。
そんなふうに考えごとをしていると、周りの雰囲気が変わった。
「矢野ーーッ!」
扉の近くから、名前を叫ばれた。慌てて席を立つ。
見れば、先程昼食を集られていた田中さんだった。
「なんですかー?」
「営業部の須田が呼んでるー!」
「……ッ!?」
思わず机に足をぶつけてしまった。痛い。
「待っててもらって下さい! すぐ行きます!」
周りの雰囲気、特に扉近くの雰囲気が変わったと思っていたら、慎二が来ていたのか。
……なんで慎二がここに?
「ねぇねぇ、矢野さんって、須田さんと知り合いなの?」
「えっ、あっ、はい、同期ですので」
「えぇ~、いいな~、羨ましい!」
女子に仕事以外の話題で話しかけられてしまった……。
これが慎二パワーか。
「ああ、ごめんなさい、話しかけて。須田さんが待っているのよね。ほら、さっさと行ってあげて」
背中をポンと叩かれた。しかし、僕の足は動かない。
行きたくない。
行きたくない。
行きたくない。
なんで僕を訪ねてきた? お昼の誘いを断っていたのになんで?
もしかして、慎二はあの後もメッセージを送っていて、でも返信が無いから怒ってる?
いや、そんなことで怒る人じゃない。
でも注意をしに来たとか、なんで返事をしないのか聞きに来たとかなら有り得るかもしれない。
いずれにせよ、今は慎二と顔を合わせたくない。
情けないことに、お昼を断られたことがまだショックなのだ。
しかし周りの目がある手前、逃げるわけにもいかない。そもそもこの部屋の唯一の出口で待機されているのだ。逃げることは難しいだろう。
でも、会いたくない……。
せめて、家に帰るまで時間があれば心の整理できそうなのに。
そうやって、僕がデスクの前で頭を抱えていると、ポンと肩が叩かれた。
「矢野、一緒にお昼食べよう」
この声は……慎二だ。
好きな人の声を、間違えるわけない。
でも、なんでここに……いつの間に、背後に立って?
というか、一緒にお昼? 今朝は断ってたのに。
「……なんで?」
「俺がここにいる経緯は全部、スマホのメッセージ見れば分かると思うんですけど?」
そう言われて、すぐにスマホを起動させようとしたが、その手を止められる。
「その前にどっか行くぞ」
慎二の視線を追って周りを見ると、彼を見てコソコソと話をしている人達と目が合った。
どうやらかなり目立っているらしい。
「矢野のご飯は?」
と聞かれ鞄の中から取り出すと、近くの公園まで手を引かれた。
117
お気に入りに追加
2,242
あなたにおすすめの小説

初心者オメガは執着アルファの腕のなか
深嶋
BL
自分がベータであることを信じて疑わずに生きてきた圭人は、見知らぬアルファに声をかけられたことがきっかけとなり、二次性の再検査をすることに。その結果、自身が本当はオメガであったと知り、愕然とする。
オメガだと判明したことで否応なく変化していく日常に圭人は戸惑い、悩み、葛藤する日々。そんな圭人の前に、「運命の番」を自称するアルファの男が再び現れて……。
オメガとして未成熟な大学生の圭人と、圭人を番にしたい社会人アルファの男が、ゆっくりと愛を深めていきます。
穏やかさに滲む執着愛。望まぬ幸運に恵まれた主人公が、悩みながらも運命の出会いに向き合っていくお話です。本編、攻め編ともに完結済。

からかわれていると思ってたら本気だった?!
雨宮里玖
BL
御曹司カリスマ冷静沈着クール美形高校生×貧乏で平凡な高校生
《あらすじ》
ヒカルに告白をされ、まさか俺なんかを好きになるはずないだろと疑いながらも付き合うことにした。
ある日、「あいつ間に受けてやんの」「身の程知らずだな」とヒカルが友人と話しているところを聞いてしまい、やっぱりからかわれていただけだったと知り、ショックを受ける弦。騙された怒りをヒカルにぶつけて、ヒカルに別れを告げる——。
葛葉ヒカル(18)高校三年生。財閥次男。完璧。カリスマ。
弦(18)高校三年生。父子家庭。貧乏。
葛葉一真(20)財閥長男。爽やかイケメン。

「じゃあ、別れるか」
万年青二三歳
BL
三十路を過ぎて未だ恋愛経験なし。平凡な御器谷の生活はひとまわり年下の優秀な部下、黒瀬によって破壊される。勤務中のキス、気を失うほどの快楽、甘やかされる週末。もう離れられない、と御器谷は自覚するが、一時の怒りで「じゃあ、別れるか」と言ってしまう。自分を甘やかし、望むことしかしない部下は別れを選ぶのだろうか。
期待の若手×中間管理職。年齢は一回り違い。年の差ラブ。
ケンカップル好きへ捧げます。
ムーンライトノベルズより転載(「多分、じゃない」より改題)。

オメガバα✕αBL漫画の邪魔者Ωに転生したはずなのに気付いた時には主人公αに求愛されてました
和泉臨音
BL
落ちぶれた公爵家に生まれたミルドリッヒは無自覚に前世知識を活かすことで両親を支え、優秀なαに成長するだろうと王子ヒューベリオンの側近兼友人候補として抜擢された。
大好きな家族の元を離れ頑張るミルドリッヒに次第に心を開くヒューベリオン。ミルドリッヒも王子として頑張るヒューベリオンに次第に魅かれていく。
このまま王子の側近として出世コースを歩むかと思ったミルドリッヒだが、成長してもαの特徴が表れず王城での立場が微妙になった頃、ヒューベリオンが抜擢した騎士アレスを見て自分が何者かを思い出した。
ミルドリッヒはヒューベリオンとアレス、α二人の禁断の恋を邪魔するΩ令息だったのだ。
転生していたことに気付かず前世スキルを発動したことでキャラ設定が大きく変わってしまった邪魔者Ωが、それによって救われたα達に好かれる話。
元自己評価の低い王太子α ✕ 公爵令息Ω。

最愛の夫に、運命の番が現れた!
竜也りく
BL
物心ついた頃からの大親友、かつ現夫。ただそこに突っ立ってるだけでもサマになるラルフは、もちろん仕事だってバリバリにできる、しかも優しいと三拍子揃った、オレの最愛の旦那様だ。
二人で楽しく行きつけの定食屋で昼食をとった帰り際、突然黙り込んだラルフの視線の先を追って……オレは息を呑んだ。
『運命』だ。
一目でそれと分かった。
オレの最愛の夫に、『運命の番』が現れたんだ。
★1000字くらいの更新です。
★他サイトでも掲載しております。
【完結】何一つ僕のお願いを聞いてくれない彼に、別れてほしいとお願いした結果。
N2O
BL
好きすぎて一部倫理観に反することをしたα × 好きすぎて馬鹿なことしちゃったΩ
※オメガバース設定をお借りしています。
※素人作品です。温かな目でご覧ください。
表紙絵
⇨ 深浦裕 様 X(@yumiura221018)
溺愛アルファの完璧なる巣作り
夕凪
BL
【本編完結済】(番外編SSを追加中です)
ユリウスはその日、騎士団の任務のために赴いた異国の山中で、死にかけの子どもを拾った。
抱き上げて、すぐに気づいた。
これは僕のオメガだ、と。
ユリウスはその子どもを大事に大事に世話した。
やがてようやく死の淵から脱した子どもは、ユリウスの下で成長していくが、その子にはある特殊な事情があって……。
こんなに愛してるのにすれ違うことなんてある?というほどに溺愛するアルファと、愛されていることに気づかない薄幸オメガのお話。(になる予定)
※この作品は完全なるフィクションです。登場する人物名や国名、団体名、宗教等はすべて架空のものであり、実在のものと一切の関係はありません。
話の内容上、宗教的な描写も登場するかと思いますが、繰り返しますがフィクションです。特定の宗教に対して批判や肯定をしているわけではありません。
クラウス×エミールのスピンオフあります。
https://www.alphapolis.co.jp/novel/504363362/542779091

愛しいアルファが擬態をやめたら。
フジミサヤ
BL
「樹を傷物にしたの俺だし。責任とらせて」
「その言い方ヤメロ」
黒川樹の幼馴染みである九條蓮は、『運命の番』に憧れるハイスペック完璧人間のアルファである。蓮の元恋人が原因の事故で、樹は蓮に項を噛まれてしまう。樹は「番になっていないので責任をとる必要はない」と告げるが蓮は納得しない。しかし、樹は蓮に伝えていない秘密を抱えていた。
◇同級生の幼馴染みがお互いの本性曝すまでの話です。小学生→中学生→高校生→大学生までサクサク進みます。ハッピーエンド。
◇オメガバースの設定を一応借りてますが、あまりそれっぽい描写はありません。ムーンライトノベルズにも投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる