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第6話
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リモコンを握る慎二の手を盗み見る。僕よりも一回りも大きい、骨ばった手。
この手と、僕の手が触れ合うのか……。
やばい、手汗が。
掌をズボンに擦り付けて、汗を拭い落とす。
慎二は、リモコンをテーブルに置いた。僕はその空いた掌に、手を伸ばして――
「あのさ、見る番組……」
「ひゃっ、ひゃいっ!」
慎二が振り返ったので、僕は伸ばした手を瞬時に引っ込めた。
「……ん? どうした?」
僕のあまりの挙動不審さに、慎二は首を捻った。
「い、いや? なんでも?」
「そうか? うーん」
慎二は何か、考え込むように唸る。
心臓の音が、バクバク聞こえる。
あと数センチで、手に触れられそうだったのに。
僕は腕を組んでいる慎二を見つめた。
手は繋ぎたい。でもきっと、慎二はそんなこと望んでない。
振り払われることは無いと思う。でももし、内心嫌がられていたら……。
一度失敗したせいか、次々と嫌な考えが浮かんでくる。さっきまでこんなことなかったのに。
やっぱり、最後の思い出なんて甘ったれたこと言わずに、別れた方がいいのかもしれない。その方が、慎二にとっても良いだろうし。
そう思い、僕は視線を外した。すると、慎二が入れ替わりに僕を見て、口を開く。
「やっぱり今日の那月は変だよ。いつもの発情期明けと比べても様子が違う。前髪で隠してたし、今は治ってるけど、さっきまで目が充血していた。部屋で泣いてたんじゃないの?」
「……ッ!?」
咄嗟にソファから立ち上がる。しかし自室に逃げようと足を動かす前に、腕を掴まれた。
「なんで泣いていたの?」
「…………」
「俺には話せないこと?」
「…………」
「俺はそんなに信用出来ないかな?」
「…………」
質問に、僕はだんまりを決め込んだ。
「もしかして、僕のせいで泣いてた?」
僕はこの質問にだけ、首を横に振って答えた。
慎二は何も悪くない。本当に、何も悪くない。
僕が……僕のせいで……。
僕が、慎二のことを好きになってしまったから。
いや、二年前、僕の発情期が狂わなかったら。
汚らわしくも、浅ましく慎二を誘うなんてことしなかったら。
あんなことさえなければ、慎二は僕なんかに人生を縛られることなんて、なかったはずなのに。
それなのに……本当に、ごめんなさい。
僕のせいなのに、あなたに責任を負わせてしまって、ごめんなさい。
僕は本当に、慎二に申し訳なく思ってるんだ。
だからこんな……こんな泣きそうになるの、おかしいのに……。
僕は悲しくない。この苦しさだって、別れてしまえば消えてなくなる。
だから僕は、大丈夫。
さっきの涙だって――。
僕は下唇を、ぎゅっと噛んだ。
「…………寂しい」
違う、違う、違うッ!!!
寂しいなんて思ってない! 思っちゃいけない!
それは、自分勝手すぎる。
慎二への罪悪感よりも、これから慎二と一緒に過ごせなくなる寂しさが勝ってしまうなんて……。
呆然とした。
これはおかしい。何かがおかしい。
そう……そうだ! それこそ、発情期明けで情緒が不安定なんだ。
なんて考えていると、いつの間にか慎二が隣に立っていた。
僕よりも高い身長。一回りも大きい身体。そんな慎二が両手を広げ、上から覆いかぶさってくるのが見えた。
一瞬、昔の記憶がフラッシュバックした。
振り上げられる右手。頬に走る衝撃。目の前に散る火花。炎に焼かれたかのように一気に熱くなる頬。
僕は身構えた。
怖いッ……殴られるッ!
じっと次に来る衝撃を待ち構える。しかし、一向に何も起こらない。
それを不思議に思っていると、そっと手に、何かが触れた。しかも恐る恐る僕の手を握りこんでくる。
その温もりに身体の力が抜ける。そして、ゆっくりと目を開けた。
慎二が、僕の手を握っている。
「那月、手を繋ぐのは嫌じゃないか?」
僕は頷いた。
いや、え? なんで?
僕が嫌がるわけない。
だってそれは、さっきまで僕が一番僕がやりたかったことで……だから嫌だと思うなら、慎二の方で……。
「あ……えっ……?」
慎二の方から、手を繋いでくれた?
僕は段々と今の状況が理解出来てくる。それと同時に、ふわふわとした心地になる。自分の体重がいつもの三倍は軽い。
確かに夢が見たいとは思ったけど、本当の本当に夢みたい。
僕はチラッと繋いだ手を見た。
「慎二こそ、嫌じゃない……?」
今の僕の顔、慎二に見えてないよね!?
僕きっと、ニマニマーッてした変な顔してる!
だ、大丈夫。下を向いていれば分からないはずだ。
しかし、顔はなるべく早く戻すんだ。一旦、冷静になろう。
必死に口角を下ろそうと、口に力を入れる。
しかし――――
「嫌じゃないよ。じゃなきゃ、俺から手を繋いだりしない」
慎二はそう言いながら、ソファに座るように僕に促す。
僕は促されるまま座ったがその時、掌がするりと撫でられた。
「ふぇっ……?」
そのくすぐったさに、手から力が抜ける。
するとその隙に、繋ぎ方が恋人繋ぎへと変わっていた。
指と指の間に指が入り込んできて、さっきよりも肌がより密着している。
これ、えっちだ……。
何だか気恥ずかしくて、耳まで熱くなる。それを隠したくて、慎二がいる方向とは反対に顔を背ける。
「…………くはっ!」
手を痛いくらいにギュッと握りこまれ、何故だか彼の手がプルプルと震え出した。
なんで手が震えて……?
ちらりと慎二を盗み見たつもりが、バッチリと目が合った。
「へっ……? なんでこっち見て……」
「ダメか? いけないか? 那月の番である俺が、那月の顔を見ることはいけないのか? 那月が嫌なら、見ないように努力するが、番である、お、れ、が! 見てはいけないなんてことはないだろう!?」
「えっ、あ、はい……」
慎二のあまりの気迫に、僕はそれ以上、そのことについて追求することは出来なかった。
そして、一度繋いだ手をいつ離したらいいのか分からなくて、それに離したくもなくて。しかし一向に慎二が離す気配もなく、僕はいつの間にか眠っていた。
【離婚まであと六日】
この手と、僕の手が触れ合うのか……。
やばい、手汗が。
掌をズボンに擦り付けて、汗を拭い落とす。
慎二は、リモコンをテーブルに置いた。僕はその空いた掌に、手を伸ばして――
「あのさ、見る番組……」
「ひゃっ、ひゃいっ!」
慎二が振り返ったので、僕は伸ばした手を瞬時に引っ込めた。
「……ん? どうした?」
僕のあまりの挙動不審さに、慎二は首を捻った。
「い、いや? なんでも?」
「そうか? うーん」
慎二は何か、考え込むように唸る。
心臓の音が、バクバク聞こえる。
あと数センチで、手に触れられそうだったのに。
僕は腕を組んでいる慎二を見つめた。
手は繋ぎたい。でもきっと、慎二はそんなこと望んでない。
振り払われることは無いと思う。でももし、内心嫌がられていたら……。
一度失敗したせいか、次々と嫌な考えが浮かんでくる。さっきまでこんなことなかったのに。
やっぱり、最後の思い出なんて甘ったれたこと言わずに、別れた方がいいのかもしれない。その方が、慎二にとっても良いだろうし。
そう思い、僕は視線を外した。すると、慎二が入れ替わりに僕を見て、口を開く。
「やっぱり今日の那月は変だよ。いつもの発情期明けと比べても様子が違う。前髪で隠してたし、今は治ってるけど、さっきまで目が充血していた。部屋で泣いてたんじゃないの?」
「……ッ!?」
咄嗟にソファから立ち上がる。しかし自室に逃げようと足を動かす前に、腕を掴まれた。
「なんで泣いていたの?」
「…………」
「俺には話せないこと?」
「…………」
「俺はそんなに信用出来ないかな?」
「…………」
質問に、僕はだんまりを決め込んだ。
「もしかして、僕のせいで泣いてた?」
僕はこの質問にだけ、首を横に振って答えた。
慎二は何も悪くない。本当に、何も悪くない。
僕が……僕のせいで……。
僕が、慎二のことを好きになってしまったから。
いや、二年前、僕の発情期が狂わなかったら。
汚らわしくも、浅ましく慎二を誘うなんてことしなかったら。
あんなことさえなければ、慎二は僕なんかに人生を縛られることなんて、なかったはずなのに。
それなのに……本当に、ごめんなさい。
僕のせいなのに、あなたに責任を負わせてしまって、ごめんなさい。
僕は本当に、慎二に申し訳なく思ってるんだ。
だからこんな……こんな泣きそうになるの、おかしいのに……。
僕は悲しくない。この苦しさだって、別れてしまえば消えてなくなる。
だから僕は、大丈夫。
さっきの涙だって――。
僕は下唇を、ぎゅっと噛んだ。
「…………寂しい」
違う、違う、違うッ!!!
寂しいなんて思ってない! 思っちゃいけない!
それは、自分勝手すぎる。
慎二への罪悪感よりも、これから慎二と一緒に過ごせなくなる寂しさが勝ってしまうなんて……。
呆然とした。
これはおかしい。何かがおかしい。
そう……そうだ! それこそ、発情期明けで情緒が不安定なんだ。
なんて考えていると、いつの間にか慎二が隣に立っていた。
僕よりも高い身長。一回りも大きい身体。そんな慎二が両手を広げ、上から覆いかぶさってくるのが見えた。
一瞬、昔の記憶がフラッシュバックした。
振り上げられる右手。頬に走る衝撃。目の前に散る火花。炎に焼かれたかのように一気に熱くなる頬。
僕は身構えた。
怖いッ……殴られるッ!
じっと次に来る衝撃を待ち構える。しかし、一向に何も起こらない。
それを不思議に思っていると、そっと手に、何かが触れた。しかも恐る恐る僕の手を握りこんでくる。
その温もりに身体の力が抜ける。そして、ゆっくりと目を開けた。
慎二が、僕の手を握っている。
「那月、手を繋ぐのは嫌じゃないか?」
僕は頷いた。
いや、え? なんで?
僕が嫌がるわけない。
だってそれは、さっきまで僕が一番僕がやりたかったことで……だから嫌だと思うなら、慎二の方で……。
「あ……えっ……?」
慎二の方から、手を繋いでくれた?
僕は段々と今の状況が理解出来てくる。それと同時に、ふわふわとした心地になる。自分の体重がいつもの三倍は軽い。
確かに夢が見たいとは思ったけど、本当の本当に夢みたい。
僕はチラッと繋いだ手を見た。
「慎二こそ、嫌じゃない……?」
今の僕の顔、慎二に見えてないよね!?
僕きっと、ニマニマーッてした変な顔してる!
だ、大丈夫。下を向いていれば分からないはずだ。
しかし、顔はなるべく早く戻すんだ。一旦、冷静になろう。
必死に口角を下ろそうと、口に力を入れる。
しかし――――
「嫌じゃないよ。じゃなきゃ、俺から手を繋いだりしない」
慎二はそう言いながら、ソファに座るように僕に促す。
僕は促されるまま座ったがその時、掌がするりと撫でられた。
「ふぇっ……?」
そのくすぐったさに、手から力が抜ける。
するとその隙に、繋ぎ方が恋人繋ぎへと変わっていた。
指と指の間に指が入り込んできて、さっきよりも肌がより密着している。
これ、えっちだ……。
何だか気恥ずかしくて、耳まで熱くなる。それを隠したくて、慎二がいる方向とは反対に顔を背ける。
「…………くはっ!」
手を痛いくらいにギュッと握りこまれ、何故だか彼の手がプルプルと震え出した。
なんで手が震えて……?
ちらりと慎二を盗み見たつもりが、バッチリと目が合った。
「へっ……? なんでこっち見て……」
「ダメか? いけないか? 那月の番である俺が、那月の顔を見ることはいけないのか? 那月が嫌なら、見ないように努力するが、番である、お、れ、が! 見てはいけないなんてことはないだろう!?」
「えっ、あ、はい……」
慎二のあまりの気迫に、僕はそれ以上、そのことについて追求することは出来なかった。
そして、一度繋いだ手をいつ離したらいいのか分からなくて、それに離したくもなくて。しかし一向に慎二が離す気配もなく、僕はいつの間にか眠っていた。
【離婚まであと六日】
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