【完】100枚目の離婚届~僕のことを愛していないはずの夫が、何故か異常に優しい~

人生1919回血迷った人

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第4話

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 僕が、慎二との結婚生活を楽しめていたのは、一年前までだった。恋心をハッキリと自覚してからはずっと、楽しさより苦しさが勝っていた。

 だから――離婚する。そう決めてから、最後に慎二との思い出が欲しいと思った。

 最後に少し、夢を見たい。
 
 一週間。一週間だけでいい。
 今まで我慢していたこと。したいと思っていたけど、慎二には言えなかったこと。
 その内の一部分だけでいいから、この一週間でやってみたい。
 もし断られても、嫌な顔をされても、一週間後には離婚。そう考えれば、いつもなら勇気が出ないことも、出来る気がしていた。

 

 会社で離婚を決意した後、佐々木さんと慎二のイチャイチャを見届けた。それから、佐々木さんに頭を下げて、仕事場に戻り、就業時間を終えてから帰宅した。
 そして今は、離婚届に名前を書いていた。この一週間で思い出を作る。離婚の準備はテキパキと終わらせる。離婚届を印刷し、僕が書ける項目を、一つずつ埋めていく。
 不思議と、悲しい気持ちにはならなかった。

 コンコンと、部屋の扉をノックする音が聞こえた。

「那月、ご飯できたよ?」

 慎二の声だ。

 僕は、さっと紙を引き出しに隠そうとして……はたと、気付く。
 この離婚届、ふにゃふにゃだ。しかも、ボールペンで書いた部分が滲んでいる。
 なんで、こんなに濡れて?

 するとポタリと、紙に水滴が落ちた。
 なぜか顔が痒い。鼻筋を擦るとツルリと指が滑る。
 手を離せば人差し指が濡れていた。

「へっ……?」

 僕の口からは情けない声が漏れた。

「僕、泣い、てる……?」

 ――――なんで? なにも悲しくないのに……。
 
 この別れは、僕の為にも、慎二の為にもなる。
 別れてしまえば、部署が違う慎二とはもうほとんど会う機会もなくなる。そうすれば、慎二の一挙手一投足に心を惑わされることも無くなる。
 そしたら、平穏な毎日が戻ってくるんだ。

 だから、泣く理由なんてどこにもないのに……。

「……那月? どうした?」

 扉がドンドンと叩かれる。
 返事をしたいけど、今声を出したら、しゃくり上げてしまうかもしれない。

「おい、大丈夫か? 返事をしろ! ……もしかして倒れて」
「だっ、だい……じょうぶ……」

 僕は喉奥にぎゅっと力を入れて声を出した。なるべく呼吸はゆっくりと吐く。
 そして腹式呼吸を意識して、肺にしっかりと空気を送り込む。

「ふぅ……」
「え? 本当に……? 声が、なんか苦しそうに聞こえるけど、俺の勘違い?」
「あっ、いや……今、ちょっと腹筋してて! だから、声変だったかも……?」
「なるほど……? まあ、それなら良かったけど、何かあったなら言ってね」

 疑問に思いながらも、慎二は納得してくれたようで、僕は胸を撫で下ろした。
 僕が分かったと伝えると「じゃあ、リビングで待ってるから」とだけ言い残して、慎二は扉の前から去っていった。

「ふぅ……良かった、バレなかった……」

 とにかく使えなくなった離婚届を、くしゃくしゃに丸めて、鍵付きの引き出しに投げ入れた。そこには既に、同じように丸めた紙が何十枚も入っている。
 
 今、離婚計画がバレる訳にはいかない。
 だって、慎二の為に離婚してあげるなんて押し付けがましい真似は出来ないから。
 この離婚計画に必要な新しい恋人を見つけてくるまでは、バレてはいけない。
 好きな人が出来たので別れてくださいと、彼が責任感を感じなくてすむように。
 でないと、きっと彼は別れてくれないだろう。オメガである僕のこの先を心配して。


 
 僕は涙を拭いて、部屋を出た。そして、洗面所に向かい、顔を洗う。
 鏡に視線を送れば、僕の目が充血しいた。
 どうしよう、これじゃ泣いていたのが慎二にバレる……。
 僕は前髪を留めていたピン留めを外し、前髪を下ろす。元々僕の前髪は長い。何とか目が充血してるのが分からない程度に、前髪で目元を隠した。

 とにかく慎二を待たせているので、リビングに向かわないと。
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