きみがすき

秋月みゅんと

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秋(1)

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 夏休みが終わる頃、知恵ともえの仕事がひと段落した。
「しばらくは早く帰れるわよ。夕飯は任せてちょうだいっ!」
 食べ盛りの息子がフタも居るから作りがいがあると張り切っている。
 孝知は、母が居る事にほっとしていた。


 テスト期間が終了すると、体育祭の係やリレーの順が決められていく。
 孝知は白線引き係で楽な仕事だと思っていたが、クラス対抗リレーではアンカーに回された。
 下校時に一香にそう報告すると、自分は応援団に選ばれたと言った。
 応援団は、一、二年から男女二十名が選ばれる。しかも恒例で、男子はセーラー服、女子は学ランを着ることになっている。
「嫌だな、この年でスカートはくの……」
 ため息をつく一香を、孝知は笑った。


 体育祭当日。
 午前の最終演目が、応援合戦だった。
 応援団入場の合図に、場内がざわめき、生徒たちは皆立ち上がった。
 男女逆転の服装に、生徒はもとより、保護者席からも笑いや歓声が上がる。
 孝知は一香の姿を探し、見つけたとたん、全ての音が遮断された。
 隣との間隔を取り、うつむき加減で照れくさそうに前髪に触れていた。号令とともに顔を上げ、構えると懸命に声を出して応援しているその姿だけが、目に映っていた。

 風に頬を撫でられ、熱を帯びていたことに孝知は気付いた。トクトクと鳴る自分の脈が周囲に聞こえてしまいそうで、息を止めた。
――なんだよ、これ。まるで俺は……
 座ってしまった孝知を、隣にいた同じクラスの原が気遣う。
「気分悪いのか? 今日ちょっと暑いしな」
 平気だと首を横に振ったつもりだが、体が思うように動かない。原は、手を貸して孝知を立たせ、保健室へと連れた。

 校舎の中は外と違いひんやりとして気持ちが良かった。ベッドに寝かされると、白いカーテンが揺れる中、孝知は目を閉じていた。


「気がついた?」
 目を覚ますと、母の知恵と一香が覗き込んでいた。
「……俺、」
「ビックリしたわよ、保健室に運ばれたっていうから」
 ほっと息を吐き、知恵は腰を下ろした。その言葉に孝知は自分がどこにいるのか思い出した。
「……来てたんだ」
「あら? 弁当持って来るって、言ったわよ。まだ、寝ぼけてる?」
 知恵は笑う。
「軽い熱中症じゃないかって、保健の立野先生が」
 一香は、コップに入れた水を差し出した。孝知は上体を起こして受け取る。
 知恵は孝知の様子を見て安心し、弁当を広げ始めた。
「先生の許可はいただいたから、ここでお昼にしましょ」
「僕、着替えてきます。これ、汚すといけないので」
 一香はそういって、セーラー服をつまむと、保健室を後にした。
 その後姿を追う孝知の視界に、知恵が入り込む。
「一葉ちゃんにそっくりよね、写真いっぱい撮っちゃった」
 楽しそうに笑う知恵。手には仕事で使っている一眼レフのカメラがあった。


 後日、現像された数百枚余りはあろうかという写真の中から、こっそりと一香の写真を抜き取った。
 セーラー服に白の鉢巻き。キリっとした表情がすごく綺麗だった。
――何やってんだろ俺
 抜き取ってしまった写真を戻し損ね、ときどき部屋で眺めてしまう。そんな自分に苦笑しながら、辞書の間に写真をしまう。
 ぶり返した熱はどうしようもなく、自分でも処方に困っていた。
 無意識に一香を目で追ってしまう。
 側に居たい。
 友達としてではない、幼い頃よりも確実に心の中の気持ちが形をなしていくのがわかる。
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