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二幕 凛乎として秋霜の如く 2
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馬を走らせ数刻。
劉備達がが身を置く新野へ着くなり、街人たちは親しげに彼らへ声を掛けてきた。
その様子に圧巻していると、手綱を引く関羽に降りるよう指示される。趙雲と乗っていた馬は、長旅により疲弊していたので、彼の後ろに乗せてもらったのだ。
つっけんどんな態度をされ続け、新野に着く合間も会話もあまり無かった。けれど乗る時も、こうして馬から降りる際も、関羽は手を貸してくれた。
「重かったでしょ、ありがとね」
しばらくぶりに地に足をつけ、感覚を確かめながらここまで運んでくれた馬を撫で礼を言う。
「関羽さんもありがとうございました」
「仕事ですので」
こちらに見向きもせず、つんっと馬を率いて先を歩いて言ってしまった。
「弥子殿?」
続けて関羽に喋りかけようとしたその時、最後尾についていた趙雲が彼女を気にして話しかけた。どうしたのかと、心配する彼に「何でもないよ」と弥子は微笑んだ。
※※※
人並みを掻き分けようやく門内に入ると、控えていた兵士が馬を引き取り、厩舎へと連れて行ってしまった。
劉備に続いて中へ入る。
西洋や日本の城とは違い、どちらかと言うと質素な造りをしていた。見慣れない景色で気にはなったが、あまりキョロキョロして卑しいと思われたくなかったので、大人しくついて歩く。
「それでは、僕は別件がありますので」
自身の執務室の前までくると、関羽はそう言い中へ入ってしまった。
――第一印象で、嫌われてしまったかな。
目も合わせず去った方を見つめていると、劉備が申し訳なさそうに謝った。
「人見知りなんだ、気を悪くしたらすまん」
「いいえ、そんなことは」
雑談をしながら奥へ進み、話が盛り上がってきたころ目当ての部屋に通された。
「趙雲はこれから兵舎へ居住してもらう手筈になっている。話も通しているから、後で案内させよう」
「かしこまりました、ではその様に」
「で、だ。弥子の事だが――・・・・・・」
兵舎は女人禁制。趙雲とは城内といえ別の場所に寝泊まりさせてもらわなければならなかった。
そういえば、趙雲が前に言っていた女将の人には会わせてもらえるのだろうか。
「俺たちの処に空き部屋があったはずだ。確か芙蓉の私室近くだったな」
「ふよう、さん?」
「ああ、芙蓉はお前と歳も同じ頃だ。男所帯だからな。女人同士、部屋が近い方が何かと良いと思うんだが」
趙雲が言っていた人の事らしい。
確かに、右も左も分からないこの状況下だ。その方が色々と都合もいいだろう。
弥子にとっては部屋を用意してもらえるだけで有難く、是非にと頷いた。
一通り話が終わったのを見計らい、趙雲は兵舎へ案内してもらうため扉の前に控えていた兵と部屋を出て行ってしまう。
突如ふたりになり、そわそわと居心地の悪そうにする弥子に気を利かせ、劉備は次女に茶を持ってこさせた。
「いただきます・・・・・・ぁ、美味しい」
「桃の葉を乾燥させた茶だ。甘みがあるからお前でも飲みやすいかと思ってな。気に入ってくれたなら良かった」
小一時間かかると言われ、彼の好意で執務室にこのまま待たせてもらっている。
寝泊まりに使わせてもらう予定の部屋は、長い間使われていない為、次女が支度を出来次第、呼びに来ることになったのだ。
軍を指揮する彼のことだ。本当はまだ職務があるのだろうが、そんな素振りを見せもせず付き合ってくれている。こんな機会は滅多にない。
そう考えた弥子は、思い切って彼に聞くことにした。
「劉備さんはどうして、知りもしないわたしを客人として迎え入れてくれようと思ったんですか?」
「理由、な」
茶を啜り、劉備は困ったように笑う。
「実のところ、特にないんだ」
ならどうして?と言いたげな弥子の表情に、あー・・・・・・と濁す様子を見せたが、答えるのを待つ彼女をじっと目視すると、ひとつひとつ、言葉を選びながら紡いだ。
「アイツらには『理由と根拠が必要だ』と言ったが。お前を一目見たとき、迷いの無い琥珀の瞳に、胸を揺さぶられた。その装束、異国から来たのだろう?だから、なのか――・・・・・・いや、違うな」
湯呑みを置き、弥子の耳から落ちた癖っ毛の横髪を指に取って掛け直した。頬に彼の指が掠れ、なんとも擽ったい。
「装いがなんであれ、俺は声をかけただろう。不思議な目だ、すべて見透かされているような気がしてくる」
「見透かす?」
伸ばされていた左手は頬を滑り、再び茶器を取った。桃の葉茶を飲み干した劉備に急須を傾ける。こぽこぽと、注ぎ口から枯草色のお茶が湯気を上げた。
「わたし、自分の在り方すら全然わかっていなくて。やるべき事が定まったとはいえ、それまでの道筋は何も見えてないんです、だから・・・・・・」
半分程お茶の残った湯呑みを両手できゅっと掴む。中身が揺れ小さい波が立った。
「――自分では分からないものだ。俺だって大義の為、目指すものはあっても目算出来るわけじゃあない。目的が明確なら、現状はそれでいいんじゃないか?」
たった今、欲しい言葉をくれる彼に、張り詰めていた糸が切れたように湯呑みを持つ手が弛んだ。
劉備達がが身を置く新野へ着くなり、街人たちは親しげに彼らへ声を掛けてきた。
その様子に圧巻していると、手綱を引く関羽に降りるよう指示される。趙雲と乗っていた馬は、長旅により疲弊していたので、彼の後ろに乗せてもらったのだ。
つっけんどんな態度をされ続け、新野に着く合間も会話もあまり無かった。けれど乗る時も、こうして馬から降りる際も、関羽は手を貸してくれた。
「重かったでしょ、ありがとね」
しばらくぶりに地に足をつけ、感覚を確かめながらここまで運んでくれた馬を撫で礼を言う。
「関羽さんもありがとうございました」
「仕事ですので」
こちらに見向きもせず、つんっと馬を率いて先を歩いて言ってしまった。
「弥子殿?」
続けて関羽に喋りかけようとしたその時、最後尾についていた趙雲が彼女を気にして話しかけた。どうしたのかと、心配する彼に「何でもないよ」と弥子は微笑んだ。
※※※
人並みを掻き分けようやく門内に入ると、控えていた兵士が馬を引き取り、厩舎へと連れて行ってしまった。
劉備に続いて中へ入る。
西洋や日本の城とは違い、どちらかと言うと質素な造りをしていた。見慣れない景色で気にはなったが、あまりキョロキョロして卑しいと思われたくなかったので、大人しくついて歩く。
「それでは、僕は別件がありますので」
自身の執務室の前までくると、関羽はそう言い中へ入ってしまった。
――第一印象で、嫌われてしまったかな。
目も合わせず去った方を見つめていると、劉備が申し訳なさそうに謝った。
「人見知りなんだ、気を悪くしたらすまん」
「いいえ、そんなことは」
雑談をしながら奥へ進み、話が盛り上がってきたころ目当ての部屋に通された。
「趙雲はこれから兵舎へ居住してもらう手筈になっている。話も通しているから、後で案内させよう」
「かしこまりました、ではその様に」
「で、だ。弥子の事だが――・・・・・・」
兵舎は女人禁制。趙雲とは城内といえ別の場所に寝泊まりさせてもらわなければならなかった。
そういえば、趙雲が前に言っていた女将の人には会わせてもらえるのだろうか。
「俺たちの処に空き部屋があったはずだ。確か芙蓉の私室近くだったな」
「ふよう、さん?」
「ああ、芙蓉はお前と歳も同じ頃だ。男所帯だからな。女人同士、部屋が近い方が何かと良いと思うんだが」
趙雲が言っていた人の事らしい。
確かに、右も左も分からないこの状況下だ。その方が色々と都合もいいだろう。
弥子にとっては部屋を用意してもらえるだけで有難く、是非にと頷いた。
一通り話が終わったのを見計らい、趙雲は兵舎へ案内してもらうため扉の前に控えていた兵と部屋を出て行ってしまう。
突如ふたりになり、そわそわと居心地の悪そうにする弥子に気を利かせ、劉備は次女に茶を持ってこさせた。
「いただきます・・・・・・ぁ、美味しい」
「桃の葉を乾燥させた茶だ。甘みがあるからお前でも飲みやすいかと思ってな。気に入ってくれたなら良かった」
小一時間かかると言われ、彼の好意で執務室にこのまま待たせてもらっている。
寝泊まりに使わせてもらう予定の部屋は、長い間使われていない為、次女が支度を出来次第、呼びに来ることになったのだ。
軍を指揮する彼のことだ。本当はまだ職務があるのだろうが、そんな素振りを見せもせず付き合ってくれている。こんな機会は滅多にない。
そう考えた弥子は、思い切って彼に聞くことにした。
「劉備さんはどうして、知りもしないわたしを客人として迎え入れてくれようと思ったんですか?」
「理由、な」
茶を啜り、劉備は困ったように笑う。
「実のところ、特にないんだ」
ならどうして?と言いたげな弥子の表情に、あー・・・・・・と濁す様子を見せたが、答えるのを待つ彼女をじっと目視すると、ひとつひとつ、言葉を選びながら紡いだ。
「アイツらには『理由と根拠が必要だ』と言ったが。お前を一目見たとき、迷いの無い琥珀の瞳に、胸を揺さぶられた。その装束、異国から来たのだろう?だから、なのか――・・・・・・いや、違うな」
湯呑みを置き、弥子の耳から落ちた癖っ毛の横髪を指に取って掛け直した。頬に彼の指が掠れ、なんとも擽ったい。
「装いがなんであれ、俺は声をかけただろう。不思議な目だ、すべて見透かされているような気がしてくる」
「見透かす?」
伸ばされていた左手は頬を滑り、再び茶器を取った。桃の葉茶を飲み干した劉備に急須を傾ける。こぽこぽと、注ぎ口から枯草色のお茶が湯気を上げた。
「わたし、自分の在り方すら全然わかっていなくて。やるべき事が定まったとはいえ、それまでの道筋は何も見えてないんです、だから・・・・・・」
半分程お茶の残った湯呑みを両手できゅっと掴む。中身が揺れ小さい波が立った。
「――自分では分からないものだ。俺だって大義の為、目指すものはあっても目算出来るわけじゃあない。目的が明確なら、現状はそれでいいんじゃないか?」
たった今、欲しい言葉をくれる彼に、張り詰めていた糸が切れたように湯呑みを持つ手が弛んだ。
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