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第四十一話

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「王国軍の部隊を全て出払ったのは、お前の策か」

 バランを睨むアリシア。

「国王は口車に乗ったのか。全ての部隊も、全ての人員も出払うなどと、愚かな策を」

 そんなことは有り得ない。
 城で働くのは兵士だけではないのだ。
 しかし、有り得ない状態を作った。
 アリシアとは反対にバランは口の端を挙げる。

「私の言葉には、何でも従った。裏切り者がいるなどと有り得ぬことも信じた。勢い付いたヴェアトリー軍を前に、逃亡すべきだと愚かな選択肢も与えた。誰にも逃亡する姿を見せてはならぬと私以外の人間を出払った」

 下卑た笑いを、バランは浮かべる。

「そして……私はこの好機を逃すまいと殺害した」

 その全ての好機は、今の状態でこそ成り立つ。
 アリシアは鼻で笑った。

「国王殺害の罪を私になすりつけるためか」

 バランは滔々と語る。

「初めはミルラをヴィクトール殿下と婚約させて、私はより自らの立場を強固なものとする手筈だった」

 その表情は、変わらない。

「だが、王子は愚かにも処刑するなどと宣い、貴様とヴェアトリー候の怒りを買った」

 事実のみを口にする彼から、感情はうかがい知れない。

「処刑は失敗し、お前は戦を始めるなどとほざく」

 だが……僅かに怒りの感情が見え隠れした。

「この国を手中に収める我が計画は、貴様の規模を大きくした叛乱によって、頓挫されそうになったのだ」

 隠れていたのか、バランの兵士たちがぞろぞろと集まる。
 その手には恐らく最後のマスケット銃を握りしめていた。

「アリシア・デ・ヴェアトリー。剣を抜くな」
「…………」

 アリシアがその言葉で剣を抜く手を止めた。
 そんな最中、一人の兵士が鉄格子の前までやってきた。
 連絡係をさせている男だ。

「報告です! あ、アリシアお嬢様! これは一体……」
「構わん。報告を続けろ」
「っ……王都の空から巨大な鉄の塊が降ってきました! 建物のいくつかがそれにより倒壊しました!」
「……続けろ」
「鉄の塊の発生源はこの王城の上部です!」

 ここに来て、二段構えの罠と、新兵器が出てくるのか。
 バランはようやく笑い始めた。

「剣を抜けば、王都に向かって野砲を放つ」

 この男は、勝利を確信していたのだ。
 この状況を作り出すことによって。

「野砲……?」
「隣国の最新兵器だ。銃よりも巨大な鉄球を飛ばす兵器だ。それを十数門配置した」
「……王都の人間を巻き込むぞ」
「巻き込めば良かろう」

 そんな馬鹿な話があるか。
 アリシアは忌々しく歯噛みする。
 王都の人間を。反逆者たちから国民を守る戦争で、新兵器を用いて国民を殺すつもりなど、意味が分からない。

「降伏しろ、ヴェアトリー候嬢」

 アリシアは、そんな言葉には従わない。

「この国を手中に収めるのは、この私だ。バラン」
「そう。我が娘を捕らえ、貴様は国家転覆を実現する一歩手前まで来たのだ」
「…………」
「だから私は、計画を変えた。王を始末し、貴様を殺す」

 それが、これか。

「くだらん計画だ」

 アリシアの言葉を意にも介さず、バランは手を差し伸べてきた。

「だが、ヴェアトリー候嬢アリシア。私は貴様を招き入れようと考えている」

 そのような世迷い言に、アリシアは当然返事などしない。

「私は時に、嘆くことがある。国王陛下や王子殿下は王の器たるものを持たぬ」

 天上を見上げたバランは、どこか達観視している。
 それは……アリシアとて同感だった。

「私は彼らの愚かさを外務卿として幾度も見て来た。彼らは王たる素質に相応しい能力を持っていないのだ」

 瞳を一度閉じたバラン公だったが、忌ま忌ましさに堪えきれなかったのだろうか。
 腕を大きく振った。

「真に必要なのは優れた人間による、優れた統治ではないか? だからこそ、この国には改革がいるのだ!」

 それは。
 その考えは。
 アリシアとて同じだ。

「……この国は今、生まれ変わろうとしている」

 アリシアもまた、同じ気持ちを口にする。

「血縁だけで王国の中枢になれる者たち。血縁だけで王国の頂点に立てる者」

 バランと同じ事を。とつとつと口にする。

「そんな者はいらない。真に実力ある者たちが、統治する世を築く」

 アリシアの言葉に、バランはどこか嬉しそうに、再び手を差し伸べてきた。

「……ならば。我が手を取れ、ヴェアトリー候嬢。我らでこの王国を築こう」
「残念だが」

 アリシアの言葉に、驚いた表情を浮かべたバランは、少しずつ腕が下がっていく。

「私が覇王として君臨するこの世界に、お前などいらない。バラン」
「……なぜだ。我らの目的は同一。手を取るのが自然というもの」
「何が自然だ。私はお前が気に入らない。だから、排除する」

 目的は同じ。
 考えも同じ。
 ならば手を取らない理由は、ただ一つ。

 ただ嫌いだから、倒す。

 そんな言葉に、バランは大きな声で笑った。

「貴様が覇王だと言うのならば、私は王をも超える神として君臨しよう」
「戯れ言を。私は覇王となって、この帝国を樹立しよう」

 アリシアとこの男の目的は全く同じハズなのに。
 受け入れることが出来ない。
 ならばもう、戦い、勝ち取るしかない。

 そんな互いの笑い声が重なり合う状態で、鉄格子の外で様子を伺っていたユリゼンが青ざめた表情を浮かべる。

「いや、お前ぇら怖いよ!」

 アリシアは笑い声を中断して、鉄格子の方を向く。

「何をボサッとしているユリゼン。お前達は野砲を押さえろ」
「でも……!」

 バランもユリゼンに向く。

「ヴェアトリーの兵士よ。野砲に近付けば、我が砲弾は王都に飛ぶだろう」
「ぐっ……! バラン公ッッッ!!! それでも貴族かよッ!」

 貴族の統治に苦しみ続けたユリゼンは、バランのやり方に怒りを覚えても当然だろう。
 鉄格子から手を出しているが、そんなことをしても解決にならない。
 アリシアはホルダーから剣を鞘ごと抜き、石突きを床にたたきつけて大きな音を響かせる。

「行け、ユリゼン」
「でも……! フォルカード公子……いや、ヴェアトリーの兵士や民たちは……」
「判断を鈍るな。行け」

 ユリゼンが何度か躊躇した様子を見せた後、一人走って行った。
 その後をヴェアトリーの兵士たちが続く。

「国民を見捨てる、か」
「…………」
「まあ良かろう。折角だ。少しばかり、野砲部隊への連絡は少し待とうではないか」

 バランは首を一ひねりする。
 兵士たちがそそくさとやってきて、バランに二本の剣を手渡した。
 バランは二本の剣を手に取り、頭上で重ねた。
 両方とも、片刃の剣。長さは同じもの。特徴的なのは、柄についた長い紐。
 武術において、利き手と逆の手に短剣を装備して盾代わりに使用するのが基本とされている。
 だが、両方とも長さの同じ剣を装備するなど……アリシアとて聞いたことはない。

「貴様がどこまで覇を唱える逸材か」

 挙げた剣をゆっくりと下ろし、呼吸を整え、目を瞑る。

「貴様の大層な口調がどこまでが虚勢で、どこまでが真実か」

 目をカッと見開き、その双眸でアリシアを睨みつける。

「貴様は仲間を殺せる器の持ち主か」

 両手の剣の切っ先をアリシアに向けて、戦意を顕わにする。

「この私が、見定めてやろうではないか」

 なるほど。
 この覇気、この強者に相応しい威圧感。
 アリシアはふっと笑った。

「貴様はどうやら、私の最後の戦いに申し分ない男のようだ」

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