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第十四話
しおりを挟むアリシアたちが帰ろうと外に出た。
寂れた屋敷に、寂しい庭。
周囲を見回している中、散歩だと言って出てきた辺境伯は、「少し、待ちたまえ」と声を掛けて来た。
「孤児院に資金援助をしたのは聞いた」
だがしかし、と彼は続ける。
「知っての通り、我が領土は国土が貧しい。慈善活動なら、全ての民に平等にして貰わねば、偽善というもの」
この土地を見ろと辺境伯が促してくる。
建物はどれも崩れそうになっており、農作物もあまり育っているように見えない。
貴族である辺境伯の屋敷もそれほど立派な建物に見えず、ありとあらゆるところに貧困が見えてくる。
「なぜ、その孤児院だけを助けた?」
もし、人助けをしたいのであれば、一つの孤児院だけでなく、土地全体の食事や金銭に喘ぐ者を助けよ、と。
ただ目先の人間を助けるだけの人間は偽善だと言いたいのだ。
「慈善も偽善もない。私にとって必要なのは、優秀な人材を手に入れたいという目的のみ」
「やはり、貴公と話すと疲れる」
アリシアに人助けなどという殊勝な考えは存在しない。
目先の人間を助けたい?
そんなことには微塵たりとも興味がない。
偽善も何も、正義や道徳など持ち合わせていないのである。
そのことを一番良く知っているレオンが口を挟む。
「カルデシア辺境伯。恐れながら、ヴェアトリーの令嬢は規格外の存在なのです。ご存知でしょう?」
「えん罪だった国家転覆を、実現しようとした女……か」
腕を組むカルデシアは、目を瞑って何かを懐かしむように語り始める。
「ヴェアトリー侯については私もよく知っている。しかし、その娘もまた、これほどまでに周囲を驚かしてくれるとは」
どれほど父と話しをしたかは不明だが、彼ら一族は、長く王国に仕えている。
懐刀であるヴェアトリーと、火消しであるカルデシアとの間で、衝突が何度もあったことは容易に想像できた。
カルデシアは静かに、「もし。もし仮に」と付け足した上で滔々と話す。
「もし、私が兵を隠し持っていたとしたら、貴公は敵の懐へと実質一人で踏み込んだことになる。そこまでの危険を冒して、やりたいことが“和平交渉”ではなく、“たった一人を雇う交渉”だと?」
「それ以外に何がある?」
「……あるだろう。同盟やら、部隊の交渉、領土不可侵条約など、もっと……」
ああ、と嘆くカルデシアは手で顔を覆う。
この戦は、ヴェアトリーにとって最も警戒すべきは対処が難しいカルデシア辺境伯の暗殺部隊をどうにかすることにある。
レオンが辺境伯領に来るべきだと再三に渡って主張していたのは、彼らとの交戦を交渉によって遠ざけること。
だが、アリシアにはそんなもの二の次なのである。
それが辺境伯にとっては異常そのものであり、疲労の原因なのだろう。
「真、恐ろしき女子だな」
疲れたのか辺境伯は、庭内に置いてあるベンチに腰をかけた。
「この戦争、勝てるのか?」
「負けると思って、戦いはしない」
「本当に勝てたら、覇王になりそうだ」
ここまで我が道を突き進んだのだ。
戦が終われば覇王として歴史に語られるのはもはや間違いないだろう。
「……私は此度の戦には関与せぬ」
その言葉に、誰よりもレオンが驚いていた。
「辺境伯。その言葉、本気ですか!?」
「元より、我々カルデシア領は国土が豊かではない。戦についていけるだけの余力もない」
「しかし、あなたの立場はどうなるのですか? 国王からの命令を背けば、あなたこそ離叛を疑われる」
「勝てぬ戦には乗らぬ。ヴェアトリーと戦っても、短期で決着は付けられぬ。愚かな王子の指揮下では、割を食うのは我が領土だ」
今の国王軍にとって、最も要になるのは数と、火消し部隊だろう。
だがアリシアには負ける算段など、ない。
国土が豊かではないカルデシアにとっては、戦いが長引けば長引くほど、どの私兵部隊よりも負担を強いられることになる。
報奨金を幾ら出されようが、損失など戻ってこない。
「貴公のような令嬢らしからぬ者を相手取り、国王陛下に分の悪い仕事だけを押し付けられては、我が領土は成り立たなくなる」
そして、何よりも、とカルデシアは続ける。
「底の見えぬ相手と戦いたくはない」
戦や労働への意欲をなくした老人のように。
カルデシアはじっとアリシアを見た。
「恐ろしき令嬢だな、本当に。貴公は……。その行動と発言だけで、私から戦意を奪うとは」
どういう意味かはさっぱり分からない。
ただただ辺境伯の畏怖の感情だけは理解できた。
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