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第十話

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 殺し屋たちとの戦いを終え、一夜の間、ずっと馬車を走らせ続けた。
 三人で交代を続け、ようやく辺境伯の領土に到着した頃には朝の日差しが上った後だった。

「さすがに長旅は応えるなァ」

 レオンは馬車から降りるなり、背筋を伸ばした。

 辺境伯の領土内はなんと表現すべきか、土地が整備されていない。
 雪が多く、農作物が中々育たないとか。
 痩せた土地は、中々人が暮らしていくには厳しい環境らしく、建物はほとんどない。

 辛うじて、目に入る建物は吹けば崩れそうなほど痛んでいる。
 廃屋と見間違えてしまいそうだ。

「カルデシア領において、その土地の都合上、余所の領土に売れるものってのが存在しねェ。火消し部隊ってのは、辺境伯にとって唯一の稼ぎ頭ってワケさ」

 レオンはそういった各領土事情に詳しい。
 アリシアは各領土の知識はほとんど最低限で、残りは各地方での戦いはどうなるか、くらいしか知識がない。
 たとえば雪国だと足を取られるとか。
 だから内政事情の話には興味があったが、そんなアリシアとは対称的にユリゼンは虚空を見つめている。

「唯一じゃないんですよ。それしか作らないんっすよ」

 レオンは腕を組む。

「なあ、ユリゼン君よ。辺境伯ってのはどっから部隊を供給してンだ? 自領の人間から供給しているってのは知っているんだけどな」
「あんた、フォルカード公子のくせに知らないんっすか?」
「生憎、俺ンところの密偵は、辺境伯の所で育てられた連中とは雲泥の差でな」

 密偵。
 その言葉が出てくる辺り、このカルデシア領は非常に厄介というわけだ。
 アリシアが知らないのも無理はない、というわけか。

 そうだ、と唐突に呟いたユリゼンは、言いにくそうに口を開いた。

「ちょっと寄り道して貰っていいっすか?」
「おいおい。俺達は辺境伯に用があるんだぜ?」

 ユリゼンもそう返されることは分かっていたようで、

「捕虜が出過ぎた真似しました。すんません」

 と頭を下げる。
 アリシアは彼に「捕虜ではない。配下だ」と告げてやったが、無視された。

「構わない。寄ろうか」
「相変わらずあんたはオレをなんだと思ってるんっすかね」
「優秀な私の配下だ」
「はぁ~~~~。どういう教育したらこんな覇王みたいなお嬢様になるんっすか?」

 レオンに文句を言いたげだが、彼は「知らねえ」の一点張りだ。

「で? どこに行きたいって言うんだ? 旅行に来たわけじゃねぇんだぜ?」
「ただちょっと世話になった孤児院に挨拶行きたいんですよ。最期になるかもしれないでしょ?」

 アリシアは腕を組む。
 殺し屋などという後ろ暗い仕事をしている人間だ。
 どんな結末を辿るのか容易に想像出来る。

「任務に失敗した者は粛正される、か?」
「こっちの事情にお詳しいようで、何よりですよ」
「だが、その心配は不要だ。お前は私といる限りは死にはしない」
「うわー。女の人にそんなこと言われるとは思わなかったっすよ」

 喜んでいるというよりも、不快感を顕わにされた。



 レオンが馬車の操縦をして、ユリゼンが方角を指示する。
 レオンは罠かと考えて周囲を警戒していたが、特別それらしいものは見当たらない。
 どうやら本当に寄り道したいだけのようで、レオンは安心したように積んでいた干しパンを囓りながら暢気に馬車を運転する。
 やがて到着したのは、今にも潰れそうな教会だった。

 外の庭先で遊んでいた子供たちがアリシアたちの馬車に気が付く。

「あ!」

 一人の子供がユリゼンに気が付くと、パタパタと走ってきた。
 ユリゼンも挨拶のジェスチャーをする。

「兄ちゃん、久しぶり!」
「ウィスト元気だったか?」
「うん!」

 アリシアもまた馬車から降りて、その建物を眺める。

「ここがユリゼンの育った孤児院か」

 教会と孤児院を兼ねた建物。
 ヴェアトリー領にも、王国内でもどこにでも見掛けるものだ。
 ……問題はその孤児院の扱いが難しいのが問題だ。

 孤児の少年少女たちを保護するのは大事だ。
 しかし、貴族によっては金銭を出して彼らの保護を出来るかどうか、立場によって大幅に異なる。
 カルデシア領内ではどういう政策をしているかは不明だが、建物の外観やウィストと呼ばれた少年の身なりを見るに、豊かな生活とは縁遠いようだ。

「サルトとニコはどこに行ったんだ?」

 ユリゼンが周囲をキョロキョロと辺りを見回し……やがて、その目の色がどんどん暗くなっていくのが嫌でも分かった。

「ああ、二人はカルデシア様の所へシュギョウに行ったよ!」
「…………」

 目を閉じ、ユリゼンは黙る。
 レオンは察しがついたのだろう。普段は中々見せない、険しい表情になる。

「辺境伯の部隊ってのはもしかして……」
「そうっす。孤児たちによって構成された部隊っす」

 奥歯を噛みしめているユリゼンは、どこか貴族に対する強い憎しみのような感情が見え隠れした。

「あんたら貴族連中には分からないでしょ。オレら孤児ってのがどれだけ辛い想いをしてきたか」

 孤児であるから、生活に苦しい。
 そして、生きるためには辺境伯が求める人材にならなければいけない。
 ユリゼンは深呼吸を一つした後、落ち着いて口を開く。

「……すんません。ちょっと感情的になりました」
「気にすんなって。生まれが恵まれているように見えンのは、誰だって同じさ」

 恵まれている、ではなく、恵まれているように見える。
 アリシアはそのことに何も言及しない。
 レオンはただただ愉快そうに笑っているだけだ。
 そんな彼がふと何かに気付く。

「ところでユリゼン。アレも孤児か?」

 どこからどうみても子どもというには程遠い厳つい顔をした男二人組を、レオンは冗談交じりで指差す。
 男たちを見た瞬間、ユリゼンの顔色がみるみる青くなった。

「借金取りだ……!」
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