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二部・工房の方針
ロジェとの食事
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喧騒止まぬパブ。
椅子はないし、酒に酔った人々が騒ぐに騒ぐ。
そんな中で、木製のコップに並々と注がれた酒をソフィーはゆっくりと飲む。
あまりお酒には強くないので、少しずつ慣らしながら飲むのがソフィーの好みだ。
「……王子の暗殺者部隊について、前に話したことがあったね」
ロジェはハムをスライスしながら、口へと運ぶ。薄く切られたそれは、彼の顔が透けて見えた。
「王子の暗殺部隊は行方を晦ましたらしい」
「い、一大事じゃない! ロジェ、大丈夫なの?」
「ああ、騎士の仲間もいるし、彼らの存在が露見してから指名手配もされて――」
「そうじゃなくて! あなたが狙われているのでしょう!」
ロジェは、乾いた笑いをしながら、一気に酒をあおった。
「その……ごめんね?」
「…………?」
「王子は俺を口封じするために暗殺を仕掛けたんだけどね」
「えっと?」
それは知っている。
ロジェが前に暗殺を仕掛けられた、と。
王子を正すために問い詰めたら、三日三晩追われて、死にかけたと。
「俺が君に近づかなければ、君に危害が及ばなかった。反省してる。すまない」
「……あ、そのことね」
でも、とソフィーは続ける。
「どれも王子が原因の話でしょう? あなたに暗殺者をけしかけたのも、王子が襲撃してきたのも。今更後悔しても、遅いと思うの」
それなら、とソフィーは続ける。
「あなたが責任を感じて謝るなら、わたしだって謝らなきゃ」
「え?」
「あなたが暗殺者をけしかけられたのは、わたしの一件で、でしょう?」
「それは間違いない、けど」
「だから、ありがとう。ごめんなさい」
「い、いや! 俺は君のために戦ったわけでもない! 暗殺者を差し向けられたのは、王子の行いを問うただけなんだ! セイリグ令嬢……君が婚約破棄の一件で傷ついたからだとか、そんな理由なんて一切ないんだよ」
なんだか、お互いに謝っていて、少しむず痒い。
同時にコップを傾けて、お酒を飲めばなおさらである。
「この一件はお互い水に流して――」「この件は水に流しましょう?」
互いに、あ、と呟いて口に手を当てた。
「そうだね。どっちが悪いとか、そんなことを言い合うよりも、君に感謝した方が早そうだ。命を助けてくれてありがとう」
お酒も入って、感謝の言葉が、普段よりも気恥ずかしい。
「こ、こちらこそ。王子が襲いかかってきた時に戦ってくれてありがとう、ロジェ」
少し、互いにもじもじしていれば、なんだか誰かに茶化されそうな気がして、ソフィーは、話題を切り替える。
「そ、それで? 王子の暗殺部隊だとか、彼らの行動は?」
「騎士団が行方を追っている。もしもの時に俺もいるし、同僚もこの街に来ているんだ。冒険者ギルドにも話が回っている。王子お抱えの暗殺者たちには人相も割れていて、少しずつ捕まっているという話だ」
チーズを摘まみながら、ロジェはお酒をあおる。
水面のように酒は揺れる。
「だから、暗殺者の人間であろうと、王子だろうと。君には手出し出来ない、とは思う」
思う、か。
絶対、ではない辺りが、少しニオう。
「ただ、個人的には引っ越した方がいいんじゃないかなとも思ってはいるんだ」
たしかにもし、王子が復讐でも考えていれば、一箇所に留まるのは危険だろう。
「わたしは、この街から離れないわ」
ソフィーは強く否定する。
「せっかく従業員も入ってきたばかりだし……それに王子が復讐を考えているならば、どこに行っても同じだと思うの」
ロジェはパンにハムを乗せて一緒に食べる。
「そうだね。君ほどの錬金術師なら、どこに行っても噂になりそうだ」
「そ、そんなことは……」
「ある。絶対君は、錬金術で人助けをする。そして、すぐに情報が広がる。火を見るよりも明らかだよ」
ソフィーは乾いた笑いしか出来なかった。
「彼らに怯えるよりも、君は君らしく、ここでゆっくりとした生活を送る方がやっぱり良い」
「引っ越した方が良いって言ったのはあなたよ?」
「そうだったかな」
はははと騒がしい場では随分と控えめな二つの笑い声が重なる。
ソフィーはこんな場所での食事は初めてだったが、随分と楽しかった。
これが、庶民のお酒なのだろう。
椅子はないし、酒に酔った人々が騒ぐに騒ぐ。
そんな中で、木製のコップに並々と注がれた酒をソフィーはゆっくりと飲む。
あまりお酒には強くないので、少しずつ慣らしながら飲むのがソフィーの好みだ。
「……王子の暗殺者部隊について、前に話したことがあったね」
ロジェはハムをスライスしながら、口へと運ぶ。薄く切られたそれは、彼の顔が透けて見えた。
「王子の暗殺部隊は行方を晦ましたらしい」
「い、一大事じゃない! ロジェ、大丈夫なの?」
「ああ、騎士の仲間もいるし、彼らの存在が露見してから指名手配もされて――」
「そうじゃなくて! あなたが狙われているのでしょう!」
ロジェは、乾いた笑いをしながら、一気に酒をあおった。
「その……ごめんね?」
「…………?」
「王子は俺を口封じするために暗殺を仕掛けたんだけどね」
「えっと?」
それは知っている。
ロジェが前に暗殺を仕掛けられた、と。
王子を正すために問い詰めたら、三日三晩追われて、死にかけたと。
「俺が君に近づかなければ、君に危害が及ばなかった。反省してる。すまない」
「……あ、そのことね」
でも、とソフィーは続ける。
「どれも王子が原因の話でしょう? あなたに暗殺者をけしかけたのも、王子が襲撃してきたのも。今更後悔しても、遅いと思うの」
それなら、とソフィーは続ける。
「あなたが責任を感じて謝るなら、わたしだって謝らなきゃ」
「え?」
「あなたが暗殺者をけしかけられたのは、わたしの一件で、でしょう?」
「それは間違いない、けど」
「だから、ありがとう。ごめんなさい」
「い、いや! 俺は君のために戦ったわけでもない! 暗殺者を差し向けられたのは、王子の行いを問うただけなんだ! セイリグ令嬢……君が婚約破棄の一件で傷ついたからだとか、そんな理由なんて一切ないんだよ」
なんだか、お互いに謝っていて、少しむず痒い。
同時にコップを傾けて、お酒を飲めばなおさらである。
「この一件はお互い水に流して――」「この件は水に流しましょう?」
互いに、あ、と呟いて口に手を当てた。
「そうだね。どっちが悪いとか、そんなことを言い合うよりも、君に感謝した方が早そうだ。命を助けてくれてありがとう」
お酒も入って、感謝の言葉が、普段よりも気恥ずかしい。
「こ、こちらこそ。王子が襲いかかってきた時に戦ってくれてありがとう、ロジェ」
少し、互いにもじもじしていれば、なんだか誰かに茶化されそうな気がして、ソフィーは、話題を切り替える。
「そ、それで? 王子の暗殺部隊だとか、彼らの行動は?」
「騎士団が行方を追っている。もしもの時に俺もいるし、同僚もこの街に来ているんだ。冒険者ギルドにも話が回っている。王子お抱えの暗殺者たちには人相も割れていて、少しずつ捕まっているという話だ」
チーズを摘まみながら、ロジェはお酒をあおる。
水面のように酒は揺れる。
「だから、暗殺者の人間であろうと、王子だろうと。君には手出し出来ない、とは思う」
思う、か。
絶対、ではない辺りが、少しニオう。
「ただ、個人的には引っ越した方がいいんじゃないかなとも思ってはいるんだ」
たしかにもし、王子が復讐でも考えていれば、一箇所に留まるのは危険だろう。
「わたしは、この街から離れないわ」
ソフィーは強く否定する。
「せっかく従業員も入ってきたばかりだし……それに王子が復讐を考えているならば、どこに行っても同じだと思うの」
ロジェはパンにハムを乗せて一緒に食べる。
「そうだね。君ほどの錬金術師なら、どこに行っても噂になりそうだ」
「そ、そんなことは……」
「ある。絶対君は、錬金術で人助けをする。そして、すぐに情報が広がる。火を見るよりも明らかだよ」
ソフィーは乾いた笑いしか出来なかった。
「彼らに怯えるよりも、君は君らしく、ここでゆっくりとした生活を送る方がやっぱり良い」
「引っ越した方が良いって言ったのはあなたよ?」
「そうだったかな」
はははと騒がしい場では随分と控えめな二つの笑い声が重なる。
ソフィーはこんな場所での食事は初めてだったが、随分と楽しかった。
これが、庶民のお酒なのだろう。
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