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廃園に猫
しおりを挟む昨日、何とも不思議な夢を見た。夢の中で俺は整備されなくなって廃れた公園に大学時代の友人と二人でいた。やけにリアルな夢だった。耳を澄ませば虫の囀りが、視線を上げれば沈みゆく太陽がまるで現実のように美しかった。しばらくすると、草をかき分けて、友人の所に銀色の首輪をついた三毛猫が来た。彼はしゃがんで猫を撫でた。その時の彼の安らいだような表情がとても印象深かった。
あの公園、彼の表情、二つとも今までに見たことがないものだ。俺はあまり外で遊ぶタイプでもないし、大学在学中に彼とそのような場所を訪れた記憶もない。彼とは趣味が合い、よく一緒に写真を撮りに行ったが、行くのは専ら静かな山や川だった。
それにしてもあの表情は何だったのだろうか?彼は無表情…とまではいかないがあまり感情を顔に出さない人間だったからだろうか。
そんなことを考えていると、ふと彼に会いたくなった。
彼に連絡してみると、今週の日曜日なら会えるそうだ。卒業以来直接会うのは初めてだということに今更ながら気づいた。
LINEの位置情報が本当なら、彼の家は森の中にあるということになる。何度か確認したが、やはりこの森の中らしい。つまらない嘘をつくような奴じゃないし、とりあえず林の入り口を探すことにしよう。森と住宅街に挟まれた静かな道に沿って歩いていくと、その入り口はあっさりと見つかった。
そこには彼の苗字が書いてあるポストと人が二人くらいなら通れそうな細い道があった。その道には等間隔で敷石が轢いてあって、森の奥へと続いていた。その道を進むと、彼の家があった。森の中にあるので陰鬱な感じの家かと思っていたが、案外そんなこともなかった。意外にも空間が開けていて、庭には小さな東屋もある。
家のドアをノックすると、彼はすぐに鍵を開けて僕を出迎えてくれた。実に二年ぶりに会う彼は以前会った時よりエネルギッシュでそれでいて少し疲れているように感じた。
「久しぶりだな。もう二年ぶりぐらいか?」
「時間が経つのは早いな…。まぁ家の中でゆっくり話そう。」
外国のものだと思われる奇妙な置物が置かれた玄関を抜けて、僕は彼の居間へと招かれた。
「お茶を淹れてくるから少しここで座って待っていてくれ。」
と言って彼は部屋を出ていった。
彼の部屋に入ると、まず額縁に飾られたたくさんの写真が目に入った。三大ピラミッド、バオバブの木、メタセコイアの林exc。ここら辺では撮れそうにない写真が飾られている。写真を眺めている内に彼がマグカップ二つを持って戻ってきた。
「無難に緑茶を淹れてきたぞ。ん……写真を見ているのか。」
「綺麗な写真だったからな。つい見とれてしまったよ。ずいぶん遠くまで行ったんだな。」
「まぁな。それが仕事でもあるからな。」
彼はマグカップをテーブルに置きながらさりげなく言った。
「えっ。お前写真家になったのか?」
「そうだな。写真の勉強を頑張っておいて正解だったよ。」
「すごいな…。俺は面白くも何ともない営業の仕事だよ。好きなことを仕事に出来るのは本当に凄いことだよ。」
「ありがとう。嬉しいよ。」
「ところで、普段どんな写真を撮っているんだ?もしよかったら見せてもらいたい。」
「ああ。構わないぞ。」
そう言って彼は部屋の奥にあるアンティーク調の本棚から大きなスクラップブックを持ってきた。
「最近撮った写真は全部これに入ってる。好きに見るといい。」
「ありがとう。お言葉に甘えて見させてもらうぞ。」
彼の写真は自然を撮ったものが多かった。そのどれもが撮影者の高い技量と豊かな感性を示していた。だが、その中にどうも不可解な写真が紛れ込んでいる。廃れ果てて、ぼろぼろになった公園の写真がいくつかあった。自然を写した写真は目の前の移りゆく一瞬を捉えたものだが、その廃公園の写真はこのまま朽ちることしか出来ない終焉を写している。生と死、喜と哀、まるで対比させているかのような決定的な差異が俺に違和感を感じさせた。
「なぁ。どうして廃公園の写真なんて撮ってるんだ?」
どうしても気になった俺は彼に理由を尋ねた。
彼は少し黙った後、言った。
「昔、いろいろあってな。少し長くなるが話してやろうか?」
俺が黙って首肯すると、彼は次のように語った。
僕の親はいわゆる転勤族でね、小さい頃はよく引っ越ししていたんだ。僕を心配していたのか両親は僕に友達が出来たかよく聞いてきたよ。そう聞かれた時、僕は両親を心配させまいといつも「うん!昨日も友達と遊んだよ。」と答えたよ。だけど、内向的な性格の僕は学校で友達が出来ずにいつも一人でいたんだ。
小6の頃だったかな。僕は地方の住宅団地に引っ越したんだ。その団地の近くにはね、二つの公園があったんだ。一つ目は大きくて新しい公園、二つ目は小さく、もう遊ぶ人もいない廃れた公園。前者のほうはクラスメイトが遊んでいて気まずかったから僕は専ら後者のほうで一人で遊んでいたよ。
その公園には先客がいたな。野良の三毛猫さ。僕が放課後に時間潰しに公園に訪れるといつもそいつがいたな。最初は避けられていたけど、次第に慣れていったな。一人でいるものどおしシンパシーを感じたのかもしれない。僕が餌をあげると猫はそれを食べ、僕の膝の上で撫でさせてくれた。僕は猫に食事を提供し、猫は僕と一緒に居てくれた。一種の共生関係かな。
学校に行き、放課後は猫と過ごす。そんな日々がしばらく続いた。
卒業が間近に迫る二月の終わり、僕はまた引っ越すことになった。両親は僕に「本当に申し訳ないと思っている。お前の欲しいものは何でも買ってやろう。」と言っていた。特に欲しいものが無かった僕はあの猫を連れて行きたいと言った。しかし、動物嫌いな両親はそれだけは無理だと僕の要求を突っぱねた。僕は何度も説得を試みたが結局、両親が首を縦に振ることは無かった。
そのまま引っ越しの日を迎えた。僕は新しい引っ越し先へ向かう直前、あの公園へと足を運んだ。いつものように猫はぼろぼろになったベンチの上に寝そべっていた。僕が姿を見せると猫は顔を上げ、嬉しそうに尻尾を振った。僕は猫にいつもよりうんと上等な餌をあげて、友達の印に猫の首に銀色の首輪をつけた。その後は辛くならないようさっさと帰ってしまったね。今となってはそれを少し後悔している。
僕が中学に上がる頃には仕事の都合で引っ越しすることはすっかり無くなっていた。新しい環境で友達を作ることも出来た。
その年のGWに、電車とバスを乗り継いで久しぶりに猫に会いに行ったんだ。ところがどこを探しても猫はいなかった。そうこうしている間にすっかりと日が暮れてしまってね。いよいよ家に帰る直前、ベンチの上に何かが光ったんだ。あの時の首輪だったよ。
結局その日は首輪だけ持ち帰った。その後も何度かその公園に行ったが、猫の所在はわからなかった。僕が中学を卒業する頃には、団地ごとその公園が無くなってしまった。今は工場になっているらしい。
だから、猫の手がかりはもうない。あの出来事が現実のものだったかもわからない。もしかしたらあの猫は寂しかった僕が見た幻なのかもしれない。
今僕が廃れた公園の写真を撮っているのは、僕の記憶の中にいるあの猫を忘れない為さ。
ひとしきり語り終えた彼は猫のことを思い出しているのかしばらく沈黙した。
その時、沈みかけの夕日が木の間を抜けて彼の顔を照らした。彼はひどく切ない顔をしていた。それもまた僕が初めて見た彼の表情だった。
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