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外伝 東野
外伝 東野7
しおりを挟む東は、怯えていた。
敵の圧倒的な力量に、父の死に。
なぜ、自分は言われるがままに隠れていたのだろう。
父上ならきっと勝てる。
そんな、思いがたった岬の応竜と共に一つの黒い槍で砕かれた。
父が倒れた瞬間に、自分の中の視界が白く霞んだ感じがした。
声も出した筈なのだが、声も出ない。
創地が父上を抱えてこっちに向かった時も、立ち向かう事さえ出来ず母上の墓の影に丸くなって隠れた。
体を震わせて、助けて母上と。
しかし、創地は自分に向かって刀ではなく頭を下げた。
父上を家族の元に返して、東野とは正反対の場所に向かって消えて行ったのだ。
色々な情報が自分の中に入って行って混乱していたのだが、父上の咳きで一気に現実に引き戻された。
「父上!」
腰に力が入らず、立ち上がれない。
東は、四つん這いになって岬の元に向かった。
腹部には大きな穴が空いている。
汚れは雨で流れていから…とりあえず止血を。
指南者の代わりに、医学書を読んでいた日もあった。
自分の上着を脱ぎ、岬の腹に巻いていく。
確かに血は止まったが…止血だけではどうにもならないものだった。
ボロボロと涙を流して、岬の応急処置をしていた東だったが、岬は残り僅かな力を使い右手で東を抱いた。
「清澄が亡くなってから、随分と立つが大きくなったなぁ。
自暴自棄になって寂しい思いをさせてすまない。」
「そんな事はいいのです!
気を確かに、いま…屋敷の者を!」
東はそう言って離れようとしたが、岬は抱える腕の力を少しだけ込めて引き留めた。
自分が助かる僅かな可能性よりも、家族で過ごす最後の時間を選んだのだろう。
全てを察した東はそのまま、岬の腕の中で大人しくなる。
「余がいなくなった後は東…お前が領主だ。
民を頼んだぞ。」
「私には自信がありません…父上。」
自分のことを民が認めてくれるのだろうか。
父の危機に隠れて怯える事しかできなかった自分に何ができるのだろうか。
そんな不安そうな東を見て、岬は愉快そうに笑う。
そして、左手の手を震わせながら東の頭を撫でる。
「臆病なお前の事だ、戦いに怯えていた事や民が認めてくれるだろうか…そんな些細な事で不安になっておるのだろう。
大丈夫だ、領主は等しく民を見て導く者。
民を我が子のように愛せる者。
東が大介達の一件を解決した時は、余は嬉しかったのだぞ?
領主としての器の鱗片が見えたのだからな。」
本当なら、もっともっと成長した姿を見たかったのだが…。
そんな言葉を胸にしまって岬はそう言った。
チラリと僅かに岬は東の表情は見えなかったが、まだ不安そうな顔をしているのだろう。
「ふふ…、腹や胸を貫かれて長々と人生最後の言葉を言う役者を笑っておったが案外話せるものだなぁ。
どれ、父と母に大介と共にやってた遊びや学問を聞かせてはくれぬか?」
清澄が生きていた頃のような穏やかな表情で、岬は東にそういう。
東は、グッと涙を堪えると岬の要望通り護衛の大介と過ごした日々を口にした。
厳しい試練の末、護衛となった大介。
慣れないカタコトの敬語で東を笑わせたこと。
武器を持たせず、訓練を禁止した時のこと。
そんな父の反骨精神で、医療用の刃物はいいのでは?
そんな気持ちで医学書とメスを握ったこと。
大介と共に民の子供達と接していたこと。
自分より遥かに下の子供達に達磨さんが転んだで負けたいたこと。
そんな平和で他愛もない話を岬に淡々と話した。
岬が息を引き取るその時まで。
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