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神部麗美の章
第13話 真実の愛
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ひとしきり、おばさんのベッドでおばさんの下着を着て自分の思いを慰めた少年は、次におばさんとの思い出がたくさんつまったリビングルームにやってきました。
この部屋で子供の頃からおばさんと長い時間を過ごしたのです。一緒に遊び、食事もして、勉強もしたり、おばさんと一緒に過ごしたたくさんの幸せな日々が思い出されました。部屋の中のひとつひとつの家具や調度品、置物、カレンダーにいたるまで、おばさんとの思い出が染みついています。
(麗美……この部屋は、なぜだかぼくには辛すぎる……麗美との思い出がいっぱいありすぎて……なんだか、涙がでちゃいそうだ……。)
少年はスリップ姿のままソファに腰を掛け、改めて部屋を見わたし感慨にふけっていました。少年の前では舞い上がったようにドタバタのおばさんでしたが、本来の几帳面で綺麗好きな性格を表しているかのように、その部屋の中は、少年がよく遊びに来ていた時の様子とまったく変わりがありませんでした。
(……? あれ? )
そんな中でふと、少年が違和感を感じて目にとまったものがあります。テーブルの脇にあるゴミ箱です。
そのゴミ箱にはたくさんの紙屑がくしゃくしゃに丸められて溢れるように山になっていました。いつも綺麗に整理整頓しているおばさんですから、そのゴミの山には少年も不思議な違和感を覚えたのでした。
恐らくは、結婚式での両親への感謝の挨拶とかなんとか、なんかの下書きだろうと少年は思い、その便箋紙の一枚を手に取り広げてみました。しかし、……。
「!!!!! 」
それを広げて見た瞬間、少年は驚いたように目を見開き、その紙片から目が離せなくなりました。そして、残りの紙片をも次々に開いて、むさぼるように読み始めたのです。
「れ……麗美……! 」
そこには少年に対するおばさんの切々たる思いが綿々と綴られていたのでした。
『お姉ちゃんは、本当にしんちゃんのことが、誰よりも大好き。』
『しんちゃんと結婚するという約束を守れなくてごめんなさい……。』
『しんちゃんと一緒にいる時が、お姉ちゃんはとても楽しくて幸せでした……。』
『本当は、しんちゃんとずっとずっとこのまま暮らしていたい。』
そこには、少年に対するおばさんの思いがこれでもかと詰まっていました。少年はまったく誤解していました。少年の思いは確かにおばさんの心に届いていたのです。
その文章を見ながら、少年はいつしか溢れ出てきた涙を止めることもできず、涙を手でぬぐいながら、それこそむさぼるように文字を追いかけていきました。
その便箋の屑の山は、ゴミ箱の中で誰にも知られず、誰にも読まれずに廃棄処分捨される運命のただのゴミです。もし、おばさんが少年にその手紙を渡さなければ、永遠に誰の目にも触れる筈のないものです。
でも、そうだからこそ、この中にはおばさんの真実の心情が吐露されていることが、少年にもよく分かりました。
たった今まで、大好きなおばさんに捨てられ置いてきぼりにされたような気持ちになっていた少年は、この部屋に来て、おばさんの下着や服をびりびりに引き裂いてやりたい、下着を全部持っていってやりたい、おばさんに自分の悲しみと怒りが伝わるような爪痕を何か残してやりたい……、そんなネガティブな思いだけを悶々として考えていたのです。
ところが、おばさんはどこまでも少年のことを思い、心配し、大きな愛情で少年のことを考えてくれていたのです。
「麗美が……ここで書いていた……。ぼくのことを思って……。」
恐らくはこの手紙を書いていた時、おばさんは真っ赤に目を泣き腫らしながら、髪の毛をかきむしり悩みながら何度も書き直していたことでしょう。便箋には濡れて文字がにじんだ跡さえ見えます。少年にはその情景がありありと目に浮かぶのでした。
そして、その時のおばさんの頭の中は間違いなく少年のことだけでいっぱいだったはずです。そこには、結婚を控えて浮かれた花嫁の姿を想像することはできません。
「麗美……。」
そのおばさんの思いを考えた時、少年は、自分が情けなく、ちっぽけで、みじめで、最低な男だったことを思い知りました。おばさんの深い愛情とそれゆえの苦悩に、少年はまったくの無知だったのです。
自分ほどおばさんを愛している者はいないという独りよがりの思い上がりが、児戯に等しい自惚れが、これほど恥ずかしく思えたことはありませんでした。
おばさんはそれをメールか手紙で少年に伝えたかったのかもしれませんが、少年の携帯にはまだメールもありませんし、手紙も届いていません。ひょっとしたら、今日の食事会で渡すつもりで用意していたかもしれませんが、少年がいじけて欠席したために、少年は、おばさんから、その機会を永遠に奪い去ってしまったのかもしれません。
少年は浅はかな自分の幼さ、稚拙さを呪い恥じました。
しかし、少年が読み進める中で、少年にもっと衝撃を与えるものがありました。それは、それまでの散文的なものよりも長くしたためられた文章であり、更にその上から何度も何度も斜線を引いて没にした文章でした。
明らかにそれまでの走り書きの下書きとも様子が違いました。それでも、真っ黒に塗りつぶしたわけでもないので、文章の中身は容易に読むことができました。しかも、その文章の内容は少年をより驚愕させずにはおきませんでした。
**********
『2年前のあの雨の日、わたしはしんちゃんが部屋に来ていたことを、廊下と玄関の引きずった滴の跡で知りました。そして、しんちゃんに見せてはいけないものを、とてもひどいものを見せてしまったことを知りました。その後、しんちゃんがわたしの下着に興味を持ち始めたこともなんとなく分かりました。わたしはしんちゃんのわたしに対する好意が嬉しい反面、しんちゃんに対して取り返しのつかないことをしてしまった戸惑いをずっと感じていました。』
(ええ! ……お姉ちゃんは全部知っていたんだ……2年前の雨の日から、ずっと知っていた。……知ってて、ぼくのことを心配してくれていた。)
『1年前、とうとうわたしは、自分の気持ちに我慢できず、しんちゃんにひどいことをしてしまいました。たとえ、しんちゃんが許してくれても、世間的にはそれは許されないことです。しんちゃんにはまだ分からないかもしれませんが、それは犯罪なのです。それなのに、わたしは女として、しんちゃんに対して、わたしがしたい欲望のままに、しんちゃんにひどいことをしてしまったのです。』
(ひどいことって何? どうして? お姉ちゃんはなんにも悪くない。お姉ちゃんはぼくに優しくしてくれた。どうして、どうして……じゃあ、なに? ぼくは自分じゃ知らないでお姉ちゃんを苦しめていたの……。)
『あの時、わたしはしんちゃんと唇を重ねることだけは我慢しました。それは、もしあの時、しんちゃんと唇を重ねてしまったら、もうわたしはしんちゃんへの思いをとどめることができなくなりそうで、自分に自信が持てなかったのです。怖かったのです。だから、あの後、できるだけしんちゃんと会わないようにしていました。しんちゃんには誤解させたかもしれません。でも、それほど、中学生になったしんちゃんはおとなびて、わたしもドキドキするほどになっていたのです。』
(お姉ちゃん、……ぼく、お姉ちゃんに嫌われたわけじゃなかったんだね。お姉ちゃんも、ぼくのことを好きだったんだよね……。お姉ちゃん……。)
『お姉ちゃんを守れるように強くなる、柔道で体を鍛える、中学生になり、そう言ってくれたしんちゃんに、わたしは心からときめいて、あの時、自分で自分の気持ちに気づいていたかもしれません。でも、無理に押し殺していたものが、あの日、とうとう我慢できなくなったのです。これ以上、一緒にいたら、わたしはしんちゃんを不幸にしてしまう、わたしはしんちゃんのそばに居てはいけないのです。』
(なんで……なんで、なんで、なんで、……ぼくはお姉ちゃんさえいてくれたら不幸になんかならないよ……お姉ちゃんのそばにいれたら、それだけでぼくは幸せなのに……そして、ぼくが、ぼくが、お姉ちゃんをずっとずっと守ってあげたかったのに……。)
その手紙はくしゃくしゃに斜線をひかれ破れているところもあり、また、文字が涙に濡れてにじんだ痕もありました。おばさんも自分も、お互いに好きなら、なぜ結ばれないのか、それは少年にもまだ分かりません。おばさんがどんな悪いことをしたのが、それも少年にはまったく理解できません。
しかし、いずれにせよ、おばさんの苦悩がどれほど辛いもので、おばさんをどれほど苦しめたものだったか、まだ14歳の少年ではあっても、それが分からない筈はありません。
「うっ……ううっ……。麗美ねぇ……ごめん……うっ……いつも、麗美ねぇを困らせてばかりで……ごめん、……ごめん……ヒック……ぼく、……ぼく、麗美ねぇを苦しめていたんだね……うううっ……。」
少年は、おばさんとの思い出がつまったリビングの絨毯の上で、大声で泣いてしまいました。とめどなくボロボロと次から次へと溢れ出てくる滂沱の涙でした。
いつしか降り始めた雨が、窓を激しくたたき始め、少年の嗚咽をかき消してくれたのでした。もうしばらく、少年は泣き止みそうにもありませんでした。
**********
(カチッ……。)
少年はドアに鍵を掛けておばさんの部屋を後にしました。その部屋から出てきた時、恐らく少年が部屋に入った時とは、少年の何かが確かに変わったようです。
少年は思い切り悩みました。涙をぬぐって、思い切り考えて考えて考えつくしました。自分がおばさんに対して何ができるか、そして、何をすべきか、何をしなければならないか……。そして、自分なりの答えを見つけると、少年は心に決めたのでした。
マンションを出ると、外は2年前のあの日のような土砂降りになっていました。少年はその激しい雨の中、傘もささず、濡れるに任せて歩いて行きます。もはや、それが涙か雨か分からないほど、頭からずぶ濡れになっていましたが、今の少年にはそれが心地よく感じられたのです。
この部屋で子供の頃からおばさんと長い時間を過ごしたのです。一緒に遊び、食事もして、勉強もしたり、おばさんと一緒に過ごしたたくさんの幸せな日々が思い出されました。部屋の中のひとつひとつの家具や調度品、置物、カレンダーにいたるまで、おばさんとの思い出が染みついています。
(麗美……この部屋は、なぜだかぼくには辛すぎる……麗美との思い出がいっぱいありすぎて……なんだか、涙がでちゃいそうだ……。)
少年はスリップ姿のままソファに腰を掛け、改めて部屋を見わたし感慨にふけっていました。少年の前では舞い上がったようにドタバタのおばさんでしたが、本来の几帳面で綺麗好きな性格を表しているかのように、その部屋の中は、少年がよく遊びに来ていた時の様子とまったく変わりがありませんでした。
(……? あれ? )
そんな中でふと、少年が違和感を感じて目にとまったものがあります。テーブルの脇にあるゴミ箱です。
そのゴミ箱にはたくさんの紙屑がくしゃくしゃに丸められて溢れるように山になっていました。いつも綺麗に整理整頓しているおばさんですから、そのゴミの山には少年も不思議な違和感を覚えたのでした。
恐らくは、結婚式での両親への感謝の挨拶とかなんとか、なんかの下書きだろうと少年は思い、その便箋紙の一枚を手に取り広げてみました。しかし、……。
「!!!!! 」
それを広げて見た瞬間、少年は驚いたように目を見開き、その紙片から目が離せなくなりました。そして、残りの紙片をも次々に開いて、むさぼるように読み始めたのです。
「れ……麗美……! 」
そこには少年に対するおばさんの切々たる思いが綿々と綴られていたのでした。
『お姉ちゃんは、本当にしんちゃんのことが、誰よりも大好き。』
『しんちゃんと結婚するという約束を守れなくてごめんなさい……。』
『しんちゃんと一緒にいる時が、お姉ちゃんはとても楽しくて幸せでした……。』
『本当は、しんちゃんとずっとずっとこのまま暮らしていたい。』
そこには、少年に対するおばさんの思いがこれでもかと詰まっていました。少年はまったく誤解していました。少年の思いは確かにおばさんの心に届いていたのです。
その文章を見ながら、少年はいつしか溢れ出てきた涙を止めることもできず、涙を手でぬぐいながら、それこそむさぼるように文字を追いかけていきました。
その便箋の屑の山は、ゴミ箱の中で誰にも知られず、誰にも読まれずに廃棄処分捨される運命のただのゴミです。もし、おばさんが少年にその手紙を渡さなければ、永遠に誰の目にも触れる筈のないものです。
でも、そうだからこそ、この中にはおばさんの真実の心情が吐露されていることが、少年にもよく分かりました。
たった今まで、大好きなおばさんに捨てられ置いてきぼりにされたような気持ちになっていた少年は、この部屋に来て、おばさんの下着や服をびりびりに引き裂いてやりたい、下着を全部持っていってやりたい、おばさんに自分の悲しみと怒りが伝わるような爪痕を何か残してやりたい……、そんなネガティブな思いだけを悶々として考えていたのです。
ところが、おばさんはどこまでも少年のことを思い、心配し、大きな愛情で少年のことを考えてくれていたのです。
「麗美が……ここで書いていた……。ぼくのことを思って……。」
恐らくはこの手紙を書いていた時、おばさんは真っ赤に目を泣き腫らしながら、髪の毛をかきむしり悩みながら何度も書き直していたことでしょう。便箋には濡れて文字がにじんだ跡さえ見えます。少年にはその情景がありありと目に浮かぶのでした。
そして、その時のおばさんの頭の中は間違いなく少年のことだけでいっぱいだったはずです。そこには、結婚を控えて浮かれた花嫁の姿を想像することはできません。
「麗美……。」
そのおばさんの思いを考えた時、少年は、自分が情けなく、ちっぽけで、みじめで、最低な男だったことを思い知りました。おばさんの深い愛情とそれゆえの苦悩に、少年はまったくの無知だったのです。
自分ほどおばさんを愛している者はいないという独りよがりの思い上がりが、児戯に等しい自惚れが、これほど恥ずかしく思えたことはありませんでした。
おばさんはそれをメールか手紙で少年に伝えたかったのかもしれませんが、少年の携帯にはまだメールもありませんし、手紙も届いていません。ひょっとしたら、今日の食事会で渡すつもりで用意していたかもしれませんが、少年がいじけて欠席したために、少年は、おばさんから、その機会を永遠に奪い去ってしまったのかもしれません。
少年は浅はかな自分の幼さ、稚拙さを呪い恥じました。
しかし、少年が読み進める中で、少年にもっと衝撃を与えるものがありました。それは、それまでの散文的なものよりも長くしたためられた文章であり、更にその上から何度も何度も斜線を引いて没にした文章でした。
明らかにそれまでの走り書きの下書きとも様子が違いました。それでも、真っ黒に塗りつぶしたわけでもないので、文章の中身は容易に読むことができました。しかも、その文章の内容は少年をより驚愕させずにはおきませんでした。
**********
『2年前のあの雨の日、わたしはしんちゃんが部屋に来ていたことを、廊下と玄関の引きずった滴の跡で知りました。そして、しんちゃんに見せてはいけないものを、とてもひどいものを見せてしまったことを知りました。その後、しんちゃんがわたしの下着に興味を持ち始めたこともなんとなく分かりました。わたしはしんちゃんのわたしに対する好意が嬉しい反面、しんちゃんに対して取り返しのつかないことをしてしまった戸惑いをずっと感じていました。』
(ええ! ……お姉ちゃんは全部知っていたんだ……2年前の雨の日から、ずっと知っていた。……知ってて、ぼくのことを心配してくれていた。)
『1年前、とうとうわたしは、自分の気持ちに我慢できず、しんちゃんにひどいことをしてしまいました。たとえ、しんちゃんが許してくれても、世間的にはそれは許されないことです。しんちゃんにはまだ分からないかもしれませんが、それは犯罪なのです。それなのに、わたしは女として、しんちゃんに対して、わたしがしたい欲望のままに、しんちゃんにひどいことをしてしまったのです。』
(ひどいことって何? どうして? お姉ちゃんはなんにも悪くない。お姉ちゃんはぼくに優しくしてくれた。どうして、どうして……じゃあ、なに? ぼくは自分じゃ知らないでお姉ちゃんを苦しめていたの……。)
『あの時、わたしはしんちゃんと唇を重ねることだけは我慢しました。それは、もしあの時、しんちゃんと唇を重ねてしまったら、もうわたしはしんちゃんへの思いをとどめることができなくなりそうで、自分に自信が持てなかったのです。怖かったのです。だから、あの後、できるだけしんちゃんと会わないようにしていました。しんちゃんには誤解させたかもしれません。でも、それほど、中学生になったしんちゃんはおとなびて、わたしもドキドキするほどになっていたのです。』
(お姉ちゃん、……ぼく、お姉ちゃんに嫌われたわけじゃなかったんだね。お姉ちゃんも、ぼくのことを好きだったんだよね……。お姉ちゃん……。)
『お姉ちゃんを守れるように強くなる、柔道で体を鍛える、中学生になり、そう言ってくれたしんちゃんに、わたしは心からときめいて、あの時、自分で自分の気持ちに気づいていたかもしれません。でも、無理に押し殺していたものが、あの日、とうとう我慢できなくなったのです。これ以上、一緒にいたら、わたしはしんちゃんを不幸にしてしまう、わたしはしんちゃんのそばに居てはいけないのです。』
(なんで……なんで、なんで、なんで、……ぼくはお姉ちゃんさえいてくれたら不幸になんかならないよ……お姉ちゃんのそばにいれたら、それだけでぼくは幸せなのに……そして、ぼくが、ぼくが、お姉ちゃんをずっとずっと守ってあげたかったのに……。)
その手紙はくしゃくしゃに斜線をひかれ破れているところもあり、また、文字が涙に濡れてにじんだ痕もありました。おばさんも自分も、お互いに好きなら、なぜ結ばれないのか、それは少年にもまだ分かりません。おばさんがどんな悪いことをしたのが、それも少年にはまったく理解できません。
しかし、いずれにせよ、おばさんの苦悩がどれほど辛いもので、おばさんをどれほど苦しめたものだったか、まだ14歳の少年ではあっても、それが分からない筈はありません。
「うっ……ううっ……。麗美ねぇ……ごめん……うっ……いつも、麗美ねぇを困らせてばかりで……ごめん、……ごめん……ヒック……ぼく、……ぼく、麗美ねぇを苦しめていたんだね……うううっ……。」
少年は、おばさんとの思い出がつまったリビングの絨毯の上で、大声で泣いてしまいました。とめどなくボロボロと次から次へと溢れ出てくる滂沱の涙でした。
いつしか降り始めた雨が、窓を激しくたたき始め、少年の嗚咽をかき消してくれたのでした。もうしばらく、少年は泣き止みそうにもありませんでした。
**********
(カチッ……。)
少年はドアに鍵を掛けておばさんの部屋を後にしました。その部屋から出てきた時、恐らく少年が部屋に入った時とは、少年の何かが確かに変わったようです。
少年は思い切り悩みました。涙をぬぐって、思い切り考えて考えて考えつくしました。自分がおばさんに対して何ができるか、そして、何をすべきか、何をしなければならないか……。そして、自分なりの答えを見つけると、少年は心に決めたのでした。
マンションを出ると、外は2年前のあの日のような土砂降りになっていました。少年はその激しい雨の中、傘もささず、濡れるに任せて歩いて行きます。もはや、それが涙か雨か分からないほど、頭からずぶ濡れになっていましたが、今の少年にはそれが心地よく感じられたのです。
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