鬱金桜の君

遠野まさみ

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「以前、その話で饅頭を盗んできたことへの言い訳にしたと聞いてるわ! 使用人風情のお前が宮森さまに恩を売るだなんて話を、誰が信用しますか! 作り話でわたくしから着物を奪おうというの? お前は本当に根性が曲がっているわね!」

座っていた八重の背中をあやめが足で蹴る。倒れ伏した八重の額に桐箱の角があたり、額に傷が出来た。

「お前の汚い血で大切な箱を汚さないで頂戴! 今夜は宮森さまもご出席されるパーティーがあるのですから、こんなところで油を売っていないで、早く仕事をするのね!」

一向に八重の話を聞こうとしないあやめに、もうこれ以上言っても無駄だと思い、八重は部屋を辞した。




夜のパーティーの為に、あやめは八重に身支度を手伝わせた。あかるい空色の着物はあやめの華やかな美貌に似合っており、八重が自分のものだと豪語するものとはとても思えない。

「お前にはこの素晴らしい着物は不似合いよ。どう口が曲がったら、この美しい着物を自分のものだと言えたのでしょうね」

きろりと八重を睨んで、支度を終えた両親のもとへ行く。俯いたままの八重は、馬車に乗ったあやめたちを玄関で見送っていた。

パーティー会場には華族や政財界の要人が集っていた。あやめも心弾む思いで会場へ足を踏み入れる。

「お父さま、お母さま。こんなに素敵な着物を頂いたんですもの、宮森さまにご挨拶しなくては」

「ああ、そうだな。宮森殿もあやめを見初めたのなら、きっとお前に会いたいと思っているだろう。本来だったら男性からの声掛けを待ちたいところだが、宮森殿も色々お付き合いがおありだろう。私たちの方から声を掛けねば」

父がそう言ってあやめを侯爵のところまで連れて行ってくれる。高揚感にどきどきしながら、あやめは父の挨拶する先を見た。

「宮森侯爵。今宵は良い夜でございますね。先日は娘に着物をありがとうございました。娘は大層気に入って、今日も着て参った次第です」

父の挨拶に白髪白髭の老人が振り向いた。

「ホッホ。お嬢さんが八重さんとおっしゃるのかな。読書家でやさしい人だと浅黄が言っておったが、ほんに賢そうな顔をしておられる。浅黄は所かまわず本をひろげる性質だからの。あやつ、『幾たびも 君が呼びし名 こころ燃ゆ 見ずとも香る 桜の如し』などと言っておったが、お嬢さんがいらっしゃると知っていたら、浅黄も欠席しなかったじゃろうにのう。ホッホ」

(浅黄さまとおっしゃるのね。でも、読書が好きだなんて、誰が吹聴したのかしら。解釈が幾通りもできる古い歌を持ち出すんじゃなくて、私を想ってくれるんなら、もっと贈り物をしてくれればいいのに)

あやめは宮森候の言うことに焦ったが、なんとか話を合わせた。

「女学校で嗜みました。ところで宮森さま。わたくしの名はあやめですわ。斎藤あやめでございます」
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