鬱金桜の君

遠野まさみ

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「い、いえ! そういうわけではございませんが、身分というものは、人の何もかもを縛るのだな、と改めて思ったのです。自由でありたいと思う心までをも縛る身分というものが、私は巨大な蛇のように感じられました」

なんとか浅黄の問いを誤魔化して、本の感想を述べた。浅黄は無制限に与えられたものよりも、有限の中での経験こそが輝くことは、古来よりの人間の生活の中で知られてきたことだよ、と反論した。

「つまり僕は、彼らが身分違いでなければ、ここに書かれている話は成立しなかったのではないかと考えている」

「では、浅黄さまは二人の恋がまやかしだったと……?」
伺うような八重の問いに、浅黄は裏のない笑みで応えた。

「いや、まやかしとは思っていないよ。ただ、その状況でしか得られなかった感情なのではないか、と思ったんだ。政太郎と清子は、政太郎の婚約が決まっていて、清子がそれに異議を唱えられない奉公人である、という状況ででしか描かれていないからね。もし二人の間に身分の差が無かったら逆にどうだろう? 政太郎には清子以上の身分の令嬢からの縁談が来て、お家(いえ)はそちらの令嬢と結婚するようにおぜん立てするかもしれない。そうなったら、二人は違う家に離れ離れになって、もっと不幸なのではないかな。この話の政太郎は、少なくとも目の端に清子を捕らえ続けられることが約束されているだろう? だからこそ政太郎は最後まで清子を諦めなかったんだと、僕は思うんだ」

政太郎と清子、とは話の中の登場人物だ。浅黄は清子と政太郎が平民だったら、という発想にはならなかったようだった。自分が、家に対して責のある身分であるからかもしれない。

「私では思いもよらない見方で、興味深いです」

「僕も、身分差が心までをも縛るという感想は初めて聞いたよ。読後談義がこんなに楽しいとはね」

にこにこと機嫌の良さそうな浅黄と本の話をしていると、時間を忘れそうだ。でも、もうそろそろ行かなければならない。

「申し訳ございません、浅黄さま。このあと、買い物に行かなければならないので、今日は失礼しますね」

八重がそう言うと、浅黄は残念そうな顔をしてくれた。
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