鬱金桜の君

遠野まさみ

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そう聞くと青年は、そうだったのか、と言って桜の木の下にある椅子に座ると、持っていた饅頭の箱の包みを開きだした。ぱりぱりと包装紙を開くと、白い箱の中に和紙に包まれた上品な大きさの饅頭が六つ、整列していた。

「そら。これを袂に入れて、持って帰りなさい。仰々しい箱などなくても、この小さな饅頭六つなら持って帰れるだろう?」

そう言うと青年は八重の手を持って、その上に饅頭を六つ、載せてくれる。大きな手が八重の手に触れて、かああ、と顔に熱が集まるのが分かった。

「さあ、袂に仕舞いなさい。仕事の合間にわざわざ来てくれて、ありがとう。帰国早々、良い人に出会えて、僕は嬉しかったよ」

「あ、はい……」

そう言って青年が促すから、仕方なく八重は饅頭を袂に仕舞った。その時、昨日、木で叩かれたあざが袖口から出てしまった。

「君、その傷跡は何だい?」

「あっ、たいしたことではございません。私が愚図なのがいけないのです」

さっと傷を隠す八重の弁明に、しかし青年は眉を寄せた。

「暴力か……。そのような事、本来だったら許してはおけないが……」

「いえ、本当にお気になさらず。私は養って頂いている身ですので」

見ず知らずの人に心配してもらう程のことでもないと、八重はぱたぱたと顔の前で手を振る。しかし、もともと通りすがりで終わっていてもおかしくなかった人と、こうやってまた会えて、話が出来ただけでも奇跡だと思うのに、これきりになってしまうのが寂しい、八重は思った。彼の人好きする笑みが、そう思わせたのかもしれない。口ごもっていると、青年は微笑んで、君、名前は? と聞いてきた。

「……って、名を聞く前に名乗らないのは筋が通らないか。僕は宮森浅黄という。君は?」

浅黄……。その名は八重が大切な大切な宝物として、脳裏に刻んでいた名だった。幼い頃の、まだ苦労を知らなかった時の思い出。今も大事にとってある、黄緑色の桜の栞。しかし、宮森と言えばここら一帯の中でも高位の華族だ。先の大戦での息子の軍功も高く、天皇陛下からのお声がけもあったとのこと。そんな身分になってしまった幼い頃の彼と、今の自分が同じ思い出を共有できるわけがなかった。

「……八重、……と、申します……。斎藤男爵家で、働いております……」

「ほう、斎藤殿のところで」

「ご、ご存じですか?」

「そうだな、貰っている縁談のうちのひとつだ。令嬢が居るのだろう? しかし斎藤家は道楽のし過ぎで家が傾きかけていると聞く。娘を差し出そうというのも、その金策の為だろうな」
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