14 / 27
契約カップルということ
偽りデート(2)
しおりを挟む映画の後はカフェでお茶をして、その後、何とはなしに二人でぶらぶらと歩いていたけれど、通りすがりのファンシーショップの前で足が止まってしまった。
(……えっ? ウイリアムとテリースのキャラぬい!?)
衝撃の対面だった。公式では見ていなかった、オタク性の高いキャラぬいだった。鳴海も何時か公式から『TAL』のキャラぬいが出ないかと、SNSにアップしてある他の作品のキャラぬいたちとの写真を羨ましく眺めていたのだ。
『TAL』のキャラぬいについての公式からの発信は今のところないから、これはいわゆる海賊版……。しかし、オタクであれば出掛けた先でキャラぬいと一緒にホットケーキの写真を撮ったり、ライトアップされた並木道を背景にキャラぬいたちを撮ったりするのは夢ではないか……!! しかもこれはうつ伏せぬい……。どんな場所でもコンパクトに収まり、且つ推しの顔を堪能できるという優れモノだ!!
店の前から微動だに出来なかった鳴海に、栗里が声を掛ける。
「どうしたの? なにか気になるものでもあった?」
「あ……っ、……ええと……」
千載一遇のうつ伏せぬいとの出会いに言葉を継げない。ふと鳴海の視線の先を見た栗里が、あれ、と声を上げた。
「これ、『TAL』のぬいぐるみじゃないか。デフォルメ効いてるなあ」
く、栗里! あんたぬいぐるみを見て『TAL』のキャラだって分かったの!? 実は栗里も『TAL』オタクだったの!? いや、もしかしたら清水にキャラクターを見せられ慣れていて、それで区別がつくだけなの!?
栗里の発言に動揺してしまって返す言葉が見つからない。ええっ? ここでどういうべき? あれ欲しいけど、きっと海賊版だし、公式以外にはお金落としたくないけど、喉から手が出そうになるほどめちゃくちゃほしい!! でも、前に『TAL』に興味ない感じで話しちゃったから、今更『TAL』の話題を振るわけには……!!
「ティ……『TAL』って……、ええと、……前に香織が騒いでた……、あれ、……かな……?」
動揺露わに、しかし鳴海は一縷の望みを掛けて、言葉を発した。栗里は鳴海の言葉を何でもないように聞いて、応えた。
「そう。河上さんもプレイしてつって言ってたね。それにしても、このグッズは清水から見せられたことないなあ。アザラシの赤ちゃんみたいなフォルムで面白い形だ」
栗里!! ナイスアシストだ!! そういうオタクでは出てこない言葉を待ってた!!
「そ、そうなの。ゴマフアザラシの赤ちゃんみたいな丸っこい形がちょっと癒される形だし、目が大きくてホント、ゴマフアザラシの赤ちゃんみたいでかわいいわ」
「あ~、そう言われれば癒される顔してるね。赤ちゃん顔で」
「うん」
話をしながら売り場に入る。うつ伏せぬいを目の前にして、鳴海の心臓は大きくどきどきと鳴った。そっとウイリアムとテリースのぬいを手に取り、じっと顔を見つめる。
(ああっ、なんて癒されるぬいなのかしら……っ!! このデフォルメ感、このフォルム、このやわらかさ、この触り心地!! ウイリアムとテリースの魅力を損なうことなく二頭身のぬいに仕上げてあって、海賊版ながらも良い仕事してるじゃない……っ!!)
喉から手が出るほど製品化して欲しかったぬいを手にして、穴が開くほど凝視していた鳴海をどう思ったのか、栗里は気に入ったの? と鳴海に尋ねた。
「え……? え……、ええ、そうね……。癒しグッズとしては、割といいんじゃないかしら……」
取り繕うように言うと、栗里は鳴海が持っていたぬい二つを取り上げて、売り場の奥へ行った。
「え……っ? 栗里くん?」
すると栗里は、店の奥にある会計であのぬいの清算をしているではないか。えっ? どういうこと? もしかして……、もしかして……!?
会計から帰って来た栗里は、あのぬいたちをショップ袋に入れたまま、鳴海に渡した。
「気に入ってたみたいだから。今日の記念だよ」
にこっと微笑む栗里の背後に天使の羽根が見えた。
(ええっ!? 栗里良いやつじゃん!! 今まで誤解してて悪かった!!)
女心は秋の空よりも移ろいやすいものなのだ。推しグッズを手渡されれば、ころりと寝返る。
「あ……、ありがとう……」
動揺を押し隠して、ウイリアムとテリースのぬいを手にする。
(推しの……、推しのぬいたちが、我が手に……っ!!)
感動で手が震える。鳴海は心の中で感涙にむせび泣いた。でも。
(これが梶原だったら、きっと今の感動を分かち合えたのかな……)
推しを持つ者同士、きっとこのレアグッズを手にした感動を分かってくれるに違いない。そういう意味では、一緒に居て楽しいのは、やはり「栗里<梶原」なのかもしれない。
ショッピングの後、日差しの明るい白木が使われた緑あふれるおしゃれなカフェ(いかにも梶原がチョイスしなさそうなところだ)でお茶をしていたら、店の扉がバターンと開いた。
「栗里先輩!!」
そう叫んで店に入って来たのは、清水だった。ずかずかずかっと店内をまっすぐ鳴海たちのテーブルの方に歩いてきて、栗里と、それから鳴海の顔を見比べた。
「どうして!! 私の誘いは無視するのに、こんな女と一緒に居るんですか!!」
バンッとテーブルに手を付くと、ギッと鳴海をねめつけた後、栗里に涙声で、酷いですう~、と訴えた。
「凄いね、清水。僕、店の名前は載せなかったと思うけどな」
そう言ってスマホを確認している。さっき、自分の頼んだコーヒーとチーズケーキの写真を撮っていたから、もしかしたらSNSにアップしていたいのかもしれない。リア充男子はやることが違うな。
「そんなの、食器を見れば分かりますよ! それに、このチーズケーキは此処の店自家製のケーキだから、一発判別です!!」
うわあ、食器とケーキの形状で店を割り出すなんて、ストーカーかな。そんなことを思ってしまっても、仕方なかった。しかし栗里は動じた様子もなく清水に応じていた。
「諦め悪いなあ、清水。僕がお前の誘いを受けたことなんて、一度もないじゃないか。それに、休日に僕が何処で誰と何をしようと、僕の勝手なんじゃないのかな? それこそ、僕のSNSを勝手にチェックして勝手に此処に駆けつけてるお前と同じようにさ」
ぐうの音も出ない問答無用さに、ちょっと清水に同情したくなる。しかし、その清水の怒りの矛先は鳴海に向いた。
「市原先輩もなんですか!! 梶原先輩という彼氏が居ながら栗里先輩とデートだなんて二股、汚いです!! どういう神経してるんですか!?」
二股、というワードが、清水から見たら、『鳴海と梶原がカップルであるべきで、そこに栗里を巻き込むな』、という意味に聞こえた。……梶原は、鳴海の本当の恋人じゃないのに。だって、梶原は、……多分、由佳のことを……。
黙り込んだ鳴海に、何とか言ったらどうなんですか!? と清水が激昂する。その怒声にハッとした鳴海は一旦、深呼吸をした。
(私は……。……私は……)
そうだ。私の心はウイリアムとテリースにある。ちょっと……、ちょっと梶原とのオタク話が楽しくて、勘違いしたけど、私の恋はウイリアムとテリースの恋心にあるんだわ。
そう思えば視界は明瞭だった。ふふふ、と口の端が上がり、にんまりと笑える。
「二股でも何でもないよ。栗里くんに、私は何の感情もない(し、梶原とも本当の恋人じゃない)し、私の(本当の心の)恋人は……」
脳裏に浮かぶ、宮廷でのウイリアムとテリースの夜の庭での逢瀬。ウイリアムの蒼い瞳がテリースの黒い瞳を捕らえて、そして、ウイリアムはテリースの顎を捕らえ……。ああっ、この神々しい光景に芋栗カボチャのリアル男子が適うもんか!!
「やっぱり栗里くんより、かっこいいから」
にまあ、と笑ってしまう。やっぱり鳴海の推しは最高だ。そんな鳴海を見て、清水は地団太を踏んだ。
「趣味ワルっ!! あんな粗野男の何処が栗里先輩に勝るっていうんですか!! 趣味ワッル!!」
趣味悪いのは清水であって、鳴海の推しは品が良い。そんなこと言われる覚えはないな、と憤慨していると、言い争う(?)二人の間に栗里が入る。
「市原さんに文句を言うのは筋違いだよ、清水。今日は僕が頼み込んで、付き合ってもらってるんだ。市原さんを責めるんじゃない」
「でっ、でも、先輩! この女は梶原先輩と……!」
激昂する清水を、栗里が正す。
「そうだよ、梶原の恋人だ。でも、人のものだからって市原さんの恋人になりたいって思っちゃいけないこと、ないだろう? それこそ、お前が僕を想うように、僕が市原さんを想ったって、その気持ちになんの咎もないだろう?」
えっ、栗里、意外と機転が利くな? それ、本心だったら怖いけど、この場をしのぐ言い訳だよね? だって、鳴海にはその気はないし、栗里だって狩猟本能で落としてみたい、ってだけの感覚なんだから。そう考えると、栗里と清水は同義だ。
「でもさ、清水さんのしてることは、栗里くんのしてることと一緒なんじゃないかな……?」
栗里と清水の会話に鳴海が口を挟むと、二人はぱっと振り向いて鳴海を見た。
「どういうことですか?」
清水が怒気も露わに鳴海に噛みつく。鳴海は清水に向かって諭した。
「だって、『その気ない』って言ってる相手に一方的に気持ちを押し付けてるでしょう? 栗里くんのこと好きなんだったら、もう少し栗里くんのことを考えなきゃ……。恋って、自分の気持ちを押し付けるだけのものじゃないと思うのよ。相手のこと好きだからこそ、相手のことを思い遣れる心が育つんじゃないかな?」
その言葉は、鳴海にも帰った。鳴海はこうも付け加える。
「清水さんは多分、好きなキャラクターに似てるから、っていう入り口から栗里くんのこと好きになったんだよね? だったら、余計に栗里くんという人を分からなきゃいけないんじゃないかな。栗里くんは、清水さんが好きな、作り物のキャラクターとは違う、生きた人間で、感情を持ってるんだよ」
そこまで言うと、清水はグッと言葉に詰まって悔しそうな顔をした。100%とは言わないけど、かなり当たっていたようだった。そして、栗里も思うところがあったらしく、神妙な顔をしていた。こういうのも二次創作であるよね。憧れから恋に代わる瞬間に、攻めがすっごく成長して、受けがそれを眩しくみるパターン。その後二人は、坂道転がるようにでろでろに甘い溺愛の恋愛を味わうんだわ。
鳴海が一人で納得して、テーブルがシンと静まる。栗里は伝票を持つとカタンと席を立った。
「白けたね。お開きにしようか」
自分を間に諍い(?)を起こす女子二人(?)を納得させるために、栗里は鳴海を解放した。それは鳴海の為でもあり、清水の為でもあった。
0
お気に入りに追加
7
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
ドSでキュートな後輩においしくいただかれちゃいました!?
春音優月
恋愛
いつも失敗ばかりの美優は、少し前まで同じ部署だった四つ年下のドSな後輩のことが苦手だった。いつも辛辣なことばかり言われるし、なんだか完璧過ぎて隙がないし、後輩なのに美優よりも早く出世しそうだったから。
しかし、そんなドSな後輩が美優の仕事を手伝うために自宅にくることになり、さらにはずっと好きだったと告白されて———。
美優は彼のことを恋愛対象として見たことは一度もなかったはずなのに、意外とキュートな一面のある後輩になんだか絆されてしまって……?
2021.08.13
全力でおせっかいさせていただきます。―私はツンで美形な先輩の食事係―
入海月子
青春
佐伯優は高校1年生。カメラが趣味。ある日、高校の屋上で出会った超美形の先輩、久住遥斗にモデルになってもらうかわりに、彼の昼食を用意する約束をした。
遥斗はなぜか学校に住みついていて、衣食は女生徒からもらったものでまかなっていた。その報酬とは遥斗に抱いてもらえるというもの。
本当なの?遥斗が気になって仕方ない優は――。
優が薄幸の遥斗を笑顔にしようと頑張る話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる