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契約カップルということ

偽りデート(2)

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映画の後はカフェでお茶をして、その後、何とはなしに二人でぶらぶらと歩いていたけれど、通りすがりのファンシーショップの前で足が止まってしまった。

(……えっ? ウイリアムとテリースのキャラぬい!?)

衝撃の対面だった。公式では見ていなかった、オタク性の高いキャラぬいだった。鳴海も何時か公式から『TAL』のキャラぬいが出ないかと、SNSにアップしてある他の作品のキャラぬいたちとの写真を羨ましく眺めていたのだ。
『TAL』のキャラぬいについての公式からの発信は今のところないから、これはいわゆる海賊版……。しかし、オタクであれば出掛けた先でキャラぬいと一緒にホットケーキの写真を撮ったり、ライトアップされた並木道を背景にキャラぬいたちを撮ったりするのは夢ではないか……!! しかもこれはうつ伏せぬい……。どんな場所でもコンパクトに収まり、且つ推しの顔を堪能できるという優れモノだ!!
店の前から微動だに出来なかった鳴海に、栗里が声を掛ける。

「どうしたの? なにか気になるものでもあった?」
「あ……っ、……ええと……」

千載一遇のうつ伏せぬいとの出会いに言葉を継げない。ふと鳴海の視線の先を見た栗里が、あれ、と声を上げた。

「これ、『TAL』のぬいぐるみじゃないか。デフォルメ効いてるなあ」

く、栗里! あんたぬいぐるみを見て『TAL』のキャラだって分かったの!? 実は栗里も『TAL』オタクだったの!? いや、もしかしたら清水にキャラクターを見せられ慣れていて、それで区別がつくだけなの!?
栗里の発言に動揺してしまって返す言葉が見つからない。ええっ? ここでどういうべき? あれ欲しいけど、きっと海賊版だし、公式以外にはお金落としたくないけど、喉から手が出そうになるほどめちゃくちゃほしい!! でも、前に『TAL』に興味ない感じで話しちゃったから、今更『TAL』の話題を振るわけには……!!

「ティ……『TAL』って……、ええと、……前に香織が騒いでた……、あれ、……かな……?」

動揺露わに、しかし鳴海は一縷の望みを掛けて、言葉を発した。栗里は鳴海の言葉を何でもないように聞いて、応えた。

「そう。河上さんもプレイしてつって言ってたね。それにしても、このグッズは清水から見せられたことないなあ。アザラシの赤ちゃんみたいなフォルムで面白い形だ」

栗里!! ナイスアシストだ!! そういうオタクでは出てこない言葉を待ってた!!

「そ、そうなの。ゴマフアザラシの赤ちゃんみたいな丸っこい形がちょっと癒される形だし、目が大きくてホント、ゴマフアザラシの赤ちゃんみたいでかわいいわ」
「あ~、そう言われれば癒される顔してるね。赤ちゃん顔で」
「うん」

話をしながら売り場に入る。うつ伏せぬいを目の前にして、鳴海の心臓は大きくどきどきと鳴った。そっとウイリアムとテリースのぬいを手に取り、じっと顔を見つめる。

(ああっ、なんて癒されるぬいなのかしら……っ!! このデフォルメ感、このフォルム、このやわらかさ、この触り心地!! ウイリアムとテリースの魅力を損なうことなく二頭身のぬいに仕上げてあって、海賊版ながらも良い仕事してるじゃない……っ!!)

喉から手が出るほど製品化して欲しかったぬいを手にして、穴が開くほど凝視していた鳴海をどう思ったのか、栗里は気に入ったの? と鳴海に尋ねた。

「え……? え……、ええ、そうね……。癒しグッズとしては、割といいんじゃないかしら……」

取り繕うように言うと、栗里は鳴海が持っていたぬい二つを取り上げて、売り場の奥へ行った。

「え……っ? 栗里くん?」

すると栗里は、店の奥にある会計であのぬいの清算をしているではないか。えっ? どういうこと? もしかして……、もしかして……!?
会計から帰って来た栗里は、あのぬいたちをショップ袋に入れたまま、鳴海に渡した。

「気に入ってたみたいだから。今日の記念だよ」

にこっと微笑む栗里の背後に天使の羽根が見えた。

(ええっ!? 栗里良いやつじゃん!! 今まで誤解してて悪かった!!)

女心は秋の空よりも移ろいやすいものなのだ。推しグッズを手渡されれば、ころりと寝返る。

「あ……、ありがとう……」

動揺を押し隠して、ウイリアムとテリースのぬいを手にする。

(推しの……、推しのぬいたちが、我が手に……っ!!)

感動で手が震える。鳴海は心の中で感涙にむせび泣いた。でも。

(これが梶原だったら、きっと今の感動を分かち合えたのかな……)

推しを持つ者同士、きっとこのレアグッズを手にした感動を分かってくれるに違いない。そういう意味では、一緒に居て楽しいのは、やはり「栗里<梶原」なのかもしれない。






ショッピングの後、日差しの明るい白木が使われた緑あふれるおしゃれなカフェ(いかにも梶原がチョイスしなさそうなところだ)でお茶をしていたら、店の扉がバターンと開いた。

「栗里先輩!!」

そう叫んで店に入って来たのは、清水だった。ずかずかずかっと店内をまっすぐ鳴海たちのテーブルの方に歩いてきて、栗里と、それから鳴海の顔を見比べた。

「どうして!! 私の誘いは無視するのに、こんな女と一緒に居るんですか!!」

バンッとテーブルに手を付くと、ギッと鳴海をねめつけた後、栗里に涙声で、酷いですう~、と訴えた。

「凄いね、清水。僕、店の名前は載せなかったと思うけどな」

そう言ってスマホを確認している。さっき、自分の頼んだコーヒーとチーズケーキの写真を撮っていたから、もしかしたらSNSにアップしていたいのかもしれない。リア充男子はやることが違うな。

「そんなの、食器を見れば分かりますよ! それに、このチーズケーキは此処の店自家製のケーキだから、一発判別です!!」

うわあ、食器とケーキの形状で店を割り出すなんて、ストーカーかな。そんなことを思ってしまっても、仕方なかった。しかし栗里は動じた様子もなく清水に応じていた。

「諦め悪いなあ、清水。僕がお前の誘いを受けたことなんて、一度もないじゃないか。それに、休日に僕が何処で誰と何をしようと、僕の勝手なんじゃないのかな? それこそ、僕のSNSを勝手にチェックして勝手に此処に駆けつけてるお前と同じようにさ」

ぐうの音も出ない問答無用さに、ちょっと清水に同情したくなる。しかし、その清水の怒りの矛先は鳴海に向いた。

「市原先輩もなんですか!! 梶原先輩という彼氏が居ながら栗里先輩とデートだなんて二股、汚いです!! どういう神経してるんですか!?」

二股、というワードが、清水から見たら、『鳴海と梶原がカップルであるべきで、そこに栗里を巻き込むな』、という意味に聞こえた。……梶原は、鳴海の本当の恋人じゃないのに。だって、梶原は、……多分、由佳のことを……。
黙り込んだ鳴海に、何とか言ったらどうなんですか!? と清水が激昂する。その怒声にハッとした鳴海は一旦、深呼吸をした。

(私は……。……私は……)

そうだ。私の心はウイリアムとテリースにある。ちょっと……、ちょっと梶原とのオタク話が楽しくて、勘違いしたけど、私の恋はウイリアムとテリースの恋心にあるんだわ。
そう思えば視界は明瞭だった。ふふふ、と口の端が上がり、にんまりと笑える。

「二股でも何でもないよ。栗里くんに、私は何の感情もない(し、梶原とも本当の恋人じゃない)し、私の(本当の心の)恋人は……」

脳裏に浮かぶ、宮廷でのウイリアムとテリースの夜の庭での逢瀬。ウイリアムの蒼い瞳がテリースの黒い瞳を捕らえて、そして、ウイリアムはテリースの顎を捕らえ……。ああっ、この神々しい光景に芋栗カボチャのリアル男子が適うもんか!!

「やっぱり栗里くんより、かっこいいから」

にまあ、と笑ってしまう。やっぱり鳴海の推しは最高だ。そんな鳴海を見て、清水は地団太を踏んだ。

「趣味ワルっ!! あんな粗野男の何処が栗里先輩に勝るっていうんですか!! 趣味ワッル!!」

趣味悪いのは清水であって、鳴海の推しは品が良い。そんなこと言われる覚えはないな、と憤慨していると、言い争う(?)二人の間に栗里が入る。

「市原さんに文句を言うのは筋違いだよ、清水。今日は僕が頼み込んで、付き合ってもらってるんだ。市原さんを責めるんじゃない」
「でっ、でも、先輩! この女は梶原先輩と……!」

激昂する清水を、栗里が正す。

「そうだよ、梶原の恋人だ。でも、人のものだからって市原さんの恋人になりたいって思っちゃいけないこと、ないだろう? それこそ、お前が僕を想うように、僕が市原さんを想ったって、その気持ちになんの咎もないだろう?」

えっ、栗里、意外と機転が利くな? それ、本心だったら怖いけど、この場をしのぐ言い訳だよね? だって、鳴海にはその気はないし、栗里だって狩猟本能で落としてみたい、ってだけの感覚なんだから。そう考えると、栗里と清水は同義だ。

「でもさ、清水さんのしてることは、栗里くんのしてることと一緒なんじゃないかな……?」

栗里と清水の会話に鳴海が口を挟むと、二人はぱっと振り向いて鳴海を見た。

「どういうことですか?」

清水が怒気も露わに鳴海に噛みつく。鳴海は清水に向かって諭した。

「だって、『その気ない』って言ってる相手に一方的に気持ちを押し付けてるでしょう? 栗里くんのこと好きなんだったら、もう少し栗里くんのことを考えなきゃ……。恋って、自分の気持ちを押し付けるだけのものじゃないと思うのよ。相手のこと好きだからこそ、相手のことを思い遣れる心が育つんじゃないかな?」

その言葉は、鳴海にも帰った。鳴海はこうも付け加える。

「清水さんは多分、好きなキャラクターに似てるから、っていう入り口から栗里くんのこと好きになったんだよね? だったら、余計に栗里くんという人を分からなきゃいけないんじゃないかな。栗里くんは、清水さんが好きな、作り物のキャラクターとは違う、生きた人間で、感情を持ってるんだよ」

そこまで言うと、清水はグッと言葉に詰まって悔しそうな顔をした。100%とは言わないけど、かなり当たっていたようだった。そして、栗里も思うところがあったらしく、神妙な顔をしていた。こういうのも二次創作であるよね。憧れから恋に代わる瞬間に、攻めがすっごく成長して、受けがそれを眩しくみるパターン。その後二人は、坂道転がるようにでろでろに甘い溺愛の恋愛を味わうんだわ。
鳴海が一人で納得して、テーブルがシンと静まる。栗里は伝票を持つとカタンと席を立った。

「白けたね。お開きにしようか」

自分を間に諍い(?)を起こす女子二人(?)を納得させるために、栗里は鳴海を解放した。それは鳴海の為でもあり、清水の為でもあった。

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