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鬼神の里
(11)
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「力弱きものを言祝ぐことを知らない同胞には、出来なかったことだ。改めて、おぬしには感謝したい。出来ればおぬしに、なにか報いたいと思うだが」
深々と頭を下げた千牙に対して、咲は慌てた。
「そんな……! 私、そんな大層なことしてないです! それに千牙さんには命を救っていただきました……。私こそ、こんなこと(名づけ)でそのご恩が返せてるのか、分からないのに……」
恐縮する咲に、千牙は重ねる。
「私は、長きの間に渡って、同胞を殺めなければならない苦を背負ってきた。今、いっときでもその苦が晴れて、つかのまの安らぎを得ている。この喜び、安堵を、なにかでおぬしに返したい。なにか望みがあれば、言って欲しい」
千牙に懇願されて、咲は困った。そもそも役立たずの能無しと言われ続けた咲に、役割を与えてくれて、なおかつそれを朧だけでなく千牙にも喜んでもらえたという事実だけで、胸がいっぱいなのに。
「ええと……、それって、今こたえなきゃ、駄目ですか……?」
咲は今、とても満足している。いっときとはいえ、居場所と役割を与えられ、かつ雇い主に満足されている。今までの生活では得られなかった全てを、今の咲は得ている。これ以上なんて、今すぐパッと、思いつかない。咲の言葉に千牙はやわらかく微笑み、待とう、と応えてくれた。
「しかし、ちゃんと考えるのだぞ。あやかしは恩義に忠実な生き物。裏切りには命を屠ることで返すが、その逆もまたしかりだ。覚えておくんだな」
大きな手が咲の頭に載り、咲の頭をぽんぽんと撫でた。幼い頃のやさしい両親を思い出し、ぐっと喉が詰まる。
(ううん。破妖の家では、私は役に立たなかったんだもん……。仕方ないのよ……。それより、今、出来ていることを、誇らなきゃ……)
苦い思いを飲み込んで、咲は千牙を見た。
「私も、自分に出来ることがある今の状況が、嬉しいんです。私がいる限り、千牙さんに安心して過ごして頂けるよう、頑張りますね」
腕に力こぶを作りながら言うと、千牙は屈託ない笑みを浮かべて笑った。
「はは、それは頼もしい。いや既におぬしは十分にしてくれているとは思うが」
「ふふふ、甘いですよ。今わたし、今までの人生で一番充実しているんです。こんな環境をくださった千牙さんに頂いた分のご恩を返さなきゃ、私、人の里になんて降りれません」
ですので、安心してくださいね。
咲が繰り返して言うと、千牙が咲の肩に頭を預けてきた。
「せ、千牙さん!?」
「咲はやさしい。おぬしが里のものだったらな……」
呟きが夜の闇に吸い込まれていく。千牙の言葉に、咲も胸がきゅうと引き絞られた。そんなこと、願っても願っても、かなわないことなのに。
人とあやかしは違う世界の生き物。いずれ来る別れの時を思いながら、咲は暫く千牙に肩を貸していた。
深々と頭を下げた千牙に対して、咲は慌てた。
「そんな……! 私、そんな大層なことしてないです! それに千牙さんには命を救っていただきました……。私こそ、こんなこと(名づけ)でそのご恩が返せてるのか、分からないのに……」
恐縮する咲に、千牙は重ねる。
「私は、長きの間に渡って、同胞を殺めなければならない苦を背負ってきた。今、いっときでもその苦が晴れて、つかのまの安らぎを得ている。この喜び、安堵を、なにかでおぬしに返したい。なにか望みがあれば、言って欲しい」
千牙に懇願されて、咲は困った。そもそも役立たずの能無しと言われ続けた咲に、役割を与えてくれて、なおかつそれを朧だけでなく千牙にも喜んでもらえたという事実だけで、胸がいっぱいなのに。
「ええと……、それって、今こたえなきゃ、駄目ですか……?」
咲は今、とても満足している。いっときとはいえ、居場所と役割を与えられ、かつ雇い主に満足されている。今までの生活では得られなかった全てを、今の咲は得ている。これ以上なんて、今すぐパッと、思いつかない。咲の言葉に千牙はやわらかく微笑み、待とう、と応えてくれた。
「しかし、ちゃんと考えるのだぞ。あやかしは恩義に忠実な生き物。裏切りには命を屠ることで返すが、その逆もまたしかりだ。覚えておくんだな」
大きな手が咲の頭に載り、咲の頭をぽんぽんと撫でた。幼い頃のやさしい両親を思い出し、ぐっと喉が詰まる。
(ううん。破妖の家では、私は役に立たなかったんだもん……。仕方ないのよ……。それより、今、出来ていることを、誇らなきゃ……)
苦い思いを飲み込んで、咲は千牙を見た。
「私も、自分に出来ることがある今の状況が、嬉しいんです。私がいる限り、千牙さんに安心して過ごして頂けるよう、頑張りますね」
腕に力こぶを作りながら言うと、千牙は屈託ない笑みを浮かべて笑った。
「はは、それは頼もしい。いや既におぬしは十分にしてくれているとは思うが」
「ふふふ、甘いですよ。今わたし、今までの人生で一番充実しているんです。こんな環境をくださった千牙さんに頂いた分のご恩を返さなきゃ、私、人の里になんて降りれません」
ですので、安心してくださいね。
咲が繰り返して言うと、千牙が咲の肩に頭を預けてきた。
「せ、千牙さん!?」
「咲はやさしい。おぬしが里のものだったらな……」
呟きが夜の闇に吸い込まれていく。千牙の言葉に、咲も胸がきゅうと引き絞られた。そんなこと、願っても願っても、かなわないことなのに。
人とあやかしは違う世界の生き物。いずれ来る別れの時を思いながら、咲は暫く千牙に肩を貸していた。
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