無能の少女は鬼神に愛され娶られる

遠野まさみ

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無能の少女

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そう言われても、咲に刺さる不穏な気配に舌なめずりの音の中、咲は平常心を保てなかった。

「そ……、そんなことを言ったって、あの岩場の影とか、森の奥から、なにか殺意を感じるのよ……。私はここでお母さまたちが言っていた、あやかしに、食われるんだわ……」

ぶるぶると震えあがる咲に、ハチやスズの慰めは焼け石に水だった。

震えたまま辺りを窺っていると、どこからかこだまのような声が聞こえてきた。その声は徐々に近づいてきて、やがて咲の目の前に現れた。

大きな鬼だ。薄く透けた体をしているが、大きな角、鋭い牙、長く伸びた爪は、咲を恐怖たらしめるのに十分すぎる鋭利さを持っていた。あの牙で喰い裂かれたら、咲のやわい体などズタズタにするなど造作もないだろう。鋭い爪をした手を握ったり開いたりしながら、一歩ずつ距離を詰めてくる鬼に、咲は命の終わりを知った。

(でも、私の命で、邑が少しの間、平穏で居られるなら……)

無駄ではない。だって、邑の人たちは常にあやかしを恐れていたもの。そう思いこもうとした時。

「朧よ、控えろ。これよりこの娘は、我が一族がもらい受ける」

びゅうと桜吹雪があたりに舞い踊った。途端に、背筋を凍らせるように冷たかった空気が一変、春のような温かさに包まれる。風の流れによってふわりと桜の花びらが舞って、咲の視界を埋め尽くし、柔らかな風に乗った花びらが通り過ぎると、鬼の視線の先に、この世ならざる美しい青年が佇んでいた。

闇のような漆黒の長い髪、切れ長の目は燃えるように赤く、上背は木にくくられている咲が天を見上げる形で仰がないと顔が見えない程もある。白の着物はその場で耀かんばかりの滑らかさで、彼の挙動を待っている。邑のどの人とも比べられないほど美しい青年を前に、咲は呆けた。

『そのものは、我の獲物……。結界を超えた、人間……』

一方、こだまのような声を発するのは、鬼だ。声にそちらを向けば、相変わらず彼の視線は咲にあり、青年の隙をついて、咲を喰らおうとしているのが分かる。じりじりと間合いを詰めてくる鬼を前に、空気のぬくもりで気を取られていた咲は、相変わらず自分の命が危ういのだと思い知り、ふるりと震えた。
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