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衝撃の事実

明かされた真実-2

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だって、あの少年はあやかしだと父から聞いて育った。だからあの思い出は華乃子の中で消してしまいたいくらい、辛い思い出と繋がっていた。……雪月の新作が出るまでは。
じゃあ、雪月はあやかしなのか? いや、それにしてはきちんと人間の成りをしている。

「せ……、先生……、は、あやかし……になんて……」

みえませんよ、という言葉は部屋の空気に消え、代わりに雪月の語る声が畳に落ちた。

「僕も……、華乃子さんが嫌がる、あやかしなのです……」

そう言って雪月はすう、と指で天井を差し、その指を左から右へと流した。雪月の指の動きに合わせて風が靡き、室内だというのに細かい雪が風に乗って舞った。雪は雪月が手を下ろすと儚く消えてなくなり、畳を湿らせることもなかった。

「……雪を操る雪女の力。これが、私の妖力(ちから)です。まだ私が幼く、雪が操れなかったばかりに寒い思いをしていたあの日、僕にあたたかい握り飯をわざわざ持ってきてくれた女の子のやさしさに触れたから、僕はあやかしと人間の話を書き続けることが出来たのです。そして、その女の子を、僕はこの帝都でずっと探していたのです……」
「…………」

何も言えなかった。
ショックだった。
頭を殴られ、裏切られた気分だとさえ思えた。

あれだけあやかしが視えてしまう華乃子を慰めてくれたのは、華乃子を一人の『人間』として認めてくれたのではなく、あやかしである雪月(じぶん)を認めて欲しかったからなのではないかとさえ思えてしまう。

それに、雪月が華乃子に抱く思いだって、幼い子供が親切にしてくれた相手に対して持つ恩義以外の何物でもない。太助や白飛がそうであるように、あやかしは恩義の礼にその相手に尽くしてくれることはあるが、彼らに『愛』という概念はない。いくら仕事の話で盛り上がったからと言って、あやかしである雪月が華乃子に寄せる感情が恋情である筈がなかったのだ。

「…………っ」

淡い期待をし過ぎた。
雪月に認められたこと。雪月にやさしくされたこと。そのことに有頂天になりすぎた。
どう考えても浮かれた心を戒められている気がする。お前は幸せになんてなれない人間なんだと、誰かが言っているようだ。

(……私は本当に、誰からも必要とされない人間なのね……)

俯いて、華乃子は思う。

でも。

(……でも、雪月先生は、新作であやかしと私がモデルのヒロインの恋物語を完成させてくださったわ……。それって、私のようなあやかしが視える……、あやかしと関わってしまったような女でも、恋を実らせることが出来るということじゃないかしら……。それに……先生が描いてきたあやかしだって、人間と同じような『愛情』でヒロインを想ってきたわ……)

人生に絶対あり得ない、なんてことはない、と雪月の新しい小説で知った。人間、努力すれば、目標とするものを掴み取ることが出来る筈なのだと……。

華乃子だって、学校生活では友人を得ることは叶わなかったが、この就職先は華乃子の努力を認めてくれた寛人が繋いでくれたものだ。家族に見放された華乃子だからこそ、自立をしたいと強く思ったし、だから働くモダンガールたちの気持ちも分かったし、婦人部時代はそれを強みにした特集を組めた。文芸部に異動になった時も嘆いたが、自分の経験故に、こうやって雪月の作品作りを手伝うことが出来ている。

華乃子は今までずっと、自分の生い立ちを憂うことばかりして来た。それだけでは自分の人生は切り拓けないだろう。でも、努力をすれば、その努力は何処かで必ず報われるものだと、雪月は作品の中で示してくれた。

(そうよ。あのヒロインだって、周りから白い目で見られていたけど、懸命に生きたからこそ、想ってくれた存在(あやかし)が居たんだわ……)

前を向かなくては。
仮にこの恋が成就するものではないとしても、努力はこの先の人生に活かされるのではないか。
雪月が示してくれたあのヒロインの未来のように、自分も幸せを掴みたい。そう思った。

「私を探して……、そしてどうされたいと思ってらしたのですか……?」

あの時の礼なら、その場でありがとうと言ってもらった。握り飯の礼なら、それで十分ではないか? それだけではすまない感情を雪月が抱いているのだとしたら、そこから華乃子の未来を導き出せないだろうか?

「ずっと……、忘れられなかったのです……。弱かった私を見て慈悲をくれた彼女を……。私は必ず彼女を見つけだし、彼女の為に出来ることは何でもしようと思って生きてきました」

その言葉は、やはりあやかしらしく、恩義に報いようとする言葉に聞こえる。しかしそれに反して、雪月の力強い眼差しが華乃子を見る。

「華乃子さんをモデルに、過去の華乃子さんを幸せにすることは出来たと、貴女はおっしゃった。……次は今の華乃子さんご自身を、私が幸せにして差し上げたい、と思っています」

今度こそ、どきりと胸が弾んで高鳴った。

見つめられる眼差しに、華乃子の視線が絡む。
心臓がどきんどきん、と次第に早く拍動を打ちだした。

しかし、雪月は華乃子の胸の高鳴りに反して、こんなことを言った。

「華乃子さんは、どうしてご自分にあやかしが視えてしまうのか、ずっと疑問でいらしたんでしょう?」
「は…………? は、……はあ、まあ……」

間抜けな返事をしてしまっても、許して欲しい。ここで告げられるべき言葉は、愛の告白だったはずだ。それがないということは、やはり雪月は華乃子のことを何とも思っていないということか……。
一瞬でも雪月に寄り添う未来を夢見た華乃子は、内心とてもがっかりして少し視線を俯けた。雪月は話を続ける。

「華乃子さんご自身から少し目を離してみて、どうしてお父さまが、華乃子さんがあやかしと関わっていたことをご存じだったか、考えてみてください」
「父……、ですか?」
「そうです。例えば僕と華乃子さんが会っていたことを、お父さまは見ていらした。そしてお父さまは、僕のことを『人間には見えないあやかしだった』とおっしゃったのでしょう?」

確かにそう言われて、きつく折檻された。あの後蔵に閉じ込められて、とても怖い思いをした。それがどうしたというのだろう。

「つまり、僕のことを『人間には見えないあやかし』だと分かるお父さまも、あやかしが視える目を持っていた、とは考えられませんか?」
「ええっ!?」

そんなこと考えもしなかった! でも、言われてみれば華乃子が『視えてる』ことを『見て』いたのだから、父は『視えて』いたのだろう。……こんなことって!
目を丸くする華乃子に、雪月は爆弾発言を続けた。

「それでですね……。僕の知っていることから申し上げると、……つまり、お父さまは『視える』体質で、華乃子さんのお母さまがあやかし……雪女です」
「ええっ!?」
「だから、ご両親の血を引いた華乃子さんは『視える』し、半分雪女なのですよ」
「えええっ!?」

次から次へと驚きの連続で、頭が働かない。雪月の衝撃の話はまだ続く。

「華乃子さんのお母さまは、郷の反対を押し切って、華乃子さんのお父さまとご結婚され、華乃子さんをもうけた。しかし、雪女の郷の掟は厳しい。華乃子さんのお母さまは、郷に連れ戻されたのです」

そうか。だから私だけ異母姉なんだ……。弟と妹は後妻のお継母さまの子供だから……。

「じゃ……、じゃあ、私が昔っから夏に弱かったのも、火が苦手だったのも、私のお母さまが春から秋まで日傘をさしてらしたというのも……」
「そう。僕と同じで、雪女だからです」
「えええっ!!」

なんていうことだろう! 全ての符号が嵌って聞こえてしまう!
うう~ん。知恵熱が出そうだ。正直もう此処までで既に情報が許容量を越している。しかし雪月はまだ何か言いたそうだった。

「……先生……。……多分、まだ何かあるんでしょうけれど、今日はこの辺にして頂けませんか……? 正直、私、受け止め切れません……」

何せ、自分の出自から覆ってしまったのだ。今までの人生を振り返るくらいの時間が欲しい。それは雪月も分かったようで、頷いてくれた。

「そうですね……。一度に詰め込み過ぎても、直ぐには飲み込めませんよね……。このお話の続きは、また別の機会にしましょう」
「お願いします……」

華乃子はよろりと立ち上がると、雪月の家をお暇した。





帰宅すると太助と白飛が血相を変えて飛んできた。

『華乃子! どうしたんだ! ふらふらしているぞ!』
『相当具合が悪そうだぞ! 大丈夫なのか!?』

そう叫んで華乃子の周りをぐるぐる回っているが、正直相手にして居られない。

「ちょっと今、何も考えられないから、構わないで……」

そう言って自室に入ると、バタンとベッドに倒れこむ。家族の中で異質だとは思っていたけど、存在自体が異質だとは思わなかった。父が華乃子を鷹村から追い出したりせずに別宅に住まわせるだけで済ませたなんて、なんて出来た人間だろうかと思う。

(存在自体、異質、かあ……)

むしろ太助や白飛に近いのか……。あ、駄目、落ち込みそう。
華乃子はその夜、枕を被って寝た。

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