花乙女は愛に咲く

遠野まさみ

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「リンファスが心を許せる方がまた増えて、私も嬉しいわ。花を贈ってくださった方なら、信頼できるものね」

そうか、花には乙女に取って贈り主をはかる手掛かりにもなるのか。確かにロレシオは信頼できる人だと思う。

「プルネルの言う通り、その人とお話してみて分かったの。
彼は私のことを友人だと言ってくれたわ。彼の言葉に納得できたのも、彼と話が出来たからなのよ」

リンファスがプルネルに対して微笑んで言うと、アキムが、いいね、その表情、と言ってカンバスに鉛筆を走らせた。

「リンファスは最初に会った時から比べて、随分明るくなったと思うよ。僕はいいことだと思う」

視線を、カンバスとリンファスたちの間で往復させながら、鉛筆を持たない方の手で持っている齧りかけのサンドウィッチを口にした。

「例えばこのパンだって、そのまま食べることも出来るけど、でもこうやって、いろいろな具材と合わせることで味が変わるだろう? 
それと一緒で、君はプルネルや僕たち、そしてその蒼い花の主と関わって、変化してきている。それはとても君にとっても良いことだよ、リンファス」

リンファスの変化を認めてくれる友人が此処にも居る……。
リンファスの胸は、アキムたちの思い遣りにあたたかくなったが、どこか、違う、と感じた。
ふと、脳裏に音楽堂でロレシオと踊った時の光景が思い浮かぶ。あの時の暮れた夜空がとても美しいと思った。それと同時に、ロレシオの言葉がとても嬉しい、とも。

彼も、アキムやルドヴィックも、同じ『友愛』の花を咲かせてくれているのに、アキムのやさしい言葉がリンファスにもたらす喜びは、ロレシオがリンファスを認めてくれた時のそれに及ばない。
これは……、どうしたことだろう。疑問を顔に浮かべて黙っていると、やはりプルネルがリンファスの様子を察して、どうしたの、と助け舟を出してくれた。

「……同じ花を頂いて、同じように私のことを認めてもらっているのに、……なんだか心が騒ぐの……。
……同じ葡萄ジュースの筈なのに、違う葡萄ジュースを飲んだみたいな感覚になったの……」

「……言っていることが分からないわ、リンファス」

会って、話をしているのに、通じないこともあるんだ……。リンファスは胸の中のもやもやを、そのまま胸の深く閉じ込めてしまおうと思った。
その時口を開いたのはルドヴィックだった。

「同じ葡萄ジュースでも、違う味がすること、僕は分かるな」

微笑んでリンファスの疑問に応じてくれるルドヴィックに、縋りたい気持ちになってリンファスは問うた。

「なんだか……、どちらのジュースも美味しいんだけど、どこか違う気がするの……。葡萄の味は同じだわ。でも、違うの。ルドヴィックもそんな気持ちになったことがあるのね?」

リンファスの問いにルドヴィックは、実に明朗に、あるさ、と応えた。

「僕にとっての最高の葡萄ジュースの味は、サラティアナと一緒に舞踏会で飲む、葡萄ジュースの味だ。
この前君と一緒に飲んだ葡萄ジュースの味には、残念ながら劣ってしまう。これは葡萄ジュースの所為ではなく、僕の所為なんだ。……つまり、僕は君とサラティアナを明らかに区別している。
君とサラティアナに咲いている、僕の花の形を見れば一目瞭然だと思うが、僕はサラティアナのことを愛しているが、君にその気持ちはない、という事なんだよ、リンファス。大変申し訳ない例えですまないが……」

気持ちが……違う? 同じ『友情』の花を貰っているのに、リンファスが、……違うという事……?

「わ……、私がルドヴィックにとって、愛して幸せにする相手じゃないという理由はとてもよくわかるわ。
だって、私はこんなに痩せぎすでみっともなくって、きっと今だって、周りから見たら、貴方たちに釣り合っていないって指を指されて当たり前ですもの……。
サラティアナさんと比べるまでもないわ。分かり切ったことよ」

「リンファス。君は自分をそこまで卑下しなくても良いと思うよ。
ただ僕が、サラティアナを愛している、それだけのことなんだ。
だから、君の疑問は君を僕に置き換えてみると分かりやすいと思うよ。
君は……、僕たちには想わない何か別な感情を、もう一つの葡萄ジュースに傾けているっていう事なんじゃないのかな」

ルドヴィックたちには想わない……別な感情?

「な……、何かしら……。別な感情って……」

リンファスの戸惑いを楽しむように、ルドヴィックは笑った。

「ははは。僕と、もう一つの葡萄ジュースが花乙女だったら、君にそれを示してあげられるのにね。
こういう時に、花が咲かないっていうのは、本当に相手の気持ちを表現するのに不便だよ」

……ルドヴィックも、ロレシオと同じようなことを言う……。『鏡』で自分の姿を見られたらどんなに良いだろうかと、姿見を知った人ならみんなそう言うんだ……。
リンファスがルドヴィックの言葉にぽかんとした顔をしていると、彼は茶目っ気たっぷりに人差し指を口の前に立ててこう言った。

「しかし、花で示されないからこそ、人間の心というものは尊いんだと思うよ。
人を思い遣り、相手のことを想って自分がどう在れるかと自らに問う。
これこそ、人が複雑な想いをもって感情の糸を絡め合う、人間たる一つの理由なのではないかな」

人間である、理由……。

リンファスはルドヴィックの言葉を自分なりにかみ砕いた。

ウエルトの村では、リンファスに向けられる人々の気持ちは一辺倒だった。
それ故、リンファスもすべてを受け入れ、耐えるという事しか出来なかった。

しかしインタルに来て周りの人に少しずつ受け入れてもらって、リンファスは受け入れて、耐えるだけではない感情を知った。
それは友への気持ちを差し出すことだったり、支えてくれる大人を頼ることだったりした。
また、リンファスに向けられた言葉に俯くだけではなく返事を返すことも覚えた。
人と話して分かり合っていくうちに、『憐み』から『友情』、『友情』から『友愛』へと、与えられる感情が変化してきた。

その花を受け取って咲かせたリンファスもまた、与えられた感情を肯定し、少なくとも同じだけは返しているのではないだろうか? 
だってロレシオは、リンファスがどうして自分に対して話し掛けてくるのだろう、という疑問という『興味』を持ったら、ロレシオもまたリンファスに対して『興味』をもってくれたではないか。

花乙女とイヴラ、……つまり、人と人との間には、感情のやり取りが必ずあって、それが花の形が変わるように変化していく。
その真っただ中に、リンファスは居るのだった。
花を咲かせる側でないリンファスは、それを表す言葉を持たなければならない。

「……難しいのね……。人と話して……、分かってもらうって……。貴方たちイヴラが花乙女に花を咲かせて嬉しい気持ちが、少しだけ分かるわ……」

少なくとも、難しい言葉が要らないから……。形となって見えるから……。

今、この胸の中にあるもやもやも、花の形にしてしまえたら、どんなに分かりやすいだろう。
それを見ることが出来ないから、リンファスはもやもやと向き合わなければならなかった。



……実に、難しい問題だった。


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