花乙女は愛に咲く

遠野まさみ

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ロレシオ

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「ふふっ、美味しくない、って顔に書いてありますわ」

サラティアナが面白そうに笑った。

「美味しくないよ……。まだカンテ(茄子の一種)を食べる方がましだ。君はこれを美味しいと感じているの?」

ロレシオの疑問にサラティアナは、それは私にとって、太陽が夜に現れないのと同じことですわ、と応えた。
ロレシオは残った花の花弁を一枚取って、指先でくるくるとひらめかせてみる。

「お母さまも、こういう花を召し上がっているのかなあ……」

「そうでしょうね。愛される味は大変甘くておいしいですもの。ジャムなんて目じゃありませんわ」

サラティアナは事もなげに答えた。不思議な気持ちで花を見る。

「不思議だよ……。君という存在……、そして、花乙女という存在が……」

「すべてを知るには、アスナイヌトさまにならなければ分かりませんわ」

そう言って微笑むサラティアナをロレシオはじっと見た。

「君にも全ては分からないの?」

「そうですわ。だって私は人間のお母さまから生まれてますもの」

「お母さまにも分からないんだろうか……」

ロレシオの言葉にサラティアナは微笑んだ。

「わたくしよりはご存じだと思いますけど、でもカタリアナさまもお母さまは人間でいらっしゃるのでしょう? 人のコトワリから外れて考えるのは、難しいと思います。ただ」

「ただ?」

ロレシオが続きを促すと、サラティアナはこくんと頷いた。

「『愛』というものを実感できた時に、……アスナイヌトさまのお気持ちに近づけるんじゃないかと、わたくしは思っているんです」

「愛……」

そうです、愛ですわ、とサラティアナは言う。

「親愛、友愛、慈愛、恋愛……恋い慕う愛情、色々ありますわよね。
それらの花を身に着けるということの意味が分かったら、アスナイヌトさまのお気持ちも少しは分かるのではないかと……。
これは母からの聞かされたことなのですけども」

サラティアナの言葉を聞いて、ぼんやりと花乙女は良いなあと思った。
だって、会えなくても愛されているのならその証拠が花となって咲く。
ロレシオが花乙女だったら、カタリアナに愛されていればこの身に花が咲いて慈愛の印が見えるのに。

「……ちょっと妬けちゃうな、花乙女という存在に」

ロレシオの言葉に、サラティアナは微笑むだけだった。




「それではごきげんよう、ロレシオさま」

スカートをつまんでお辞儀をしたサラティアナが部屋から出て行って直ぐに気が付いた。サラティアナの席の横にハンカチーフが落ちていた。
きれいな刺繍で『A.S』と綴られており、直ぐにこれがサラティアナの母親がサラティアナの為に刺した刺繍なのだと分かった。

大切なものだ。直ぐに届けてあげなきゃ。

ロレシオはそう思い、部屋を駆け出た。ドアの外に居た衛兵が理由を問いたそうな顔をしたけどそれを話している余裕もなかった。

月の間を出た真っすぐの廊下には誰も居なかった。
西の突き当りに階段があって、この部屋に来訪者が来るにはあそこを通る。きっとあっちだと思ってロレシオはハンカチーフを持って廊下を走った。
角を曲がり、下を見ると、丁度短い階段の先の踊り場にサラティアナの後姿が見えた。

「サラティアナ、待って! 君、落とし物だよ」

ハンカチーフを上に掲げて振り向くサラティアナに見せる。驚いた顔のサラティアナが一瞬笑顔になって、それから大きな声を上げた。

「ロレシオさま!!」

何故かサラティアナが慌てて階段を駆け上がってくるのと、背中をドン、と押されたのを感じたのは同時。

「うっ!」

階段にうつぶせに倒されて、右足首を踏みつけられている。
なに……、と思って背後を見ると、衛兵の格好をした男が刀をロレシオに向かって振り下ろそうとしているところだった。

切られる!

そう思った時に大きな声が廊下に響いた。

「ロレシオさま!!」

ザシュッ、と刃が何かを切り裂く音がした。
しかしロレシオの背中に痛みはなく、その代わりあたたかい体がロレシオの背中を覆っていた。
視線を後ろに向けようとすると、そこには白く流れる髪の毛とだらりと垂れた腕に伝う赤い筋……。

「サ、サラティアナ!? え……、衛兵!!」

サラティアナの大声で既に集まっていたのか、サラティアナを切った男は直ぐに衛兵に捕えられた。
ロレシオはただただ狼狽して、サラティアナの体を揺さぶった。

「サラティアナ! しっかりして、サラティアナ!!」

ロレシオは背中から赤い血を流すサラティアナを抱き締めて、自らの上衣で背中の傷を押さえた。
しかし血は止まらない。
傷が深いのだろうか。それとも花乙女だから怪我の治り方が違うのだろうか。

「誰かお母さまを呼んで! 花乙女が怪我をしたんだ!!」

ロレシオの周囲で衛兵たちがバタバタと動く。ロレシオはただただサラティアナを抱き締めているほかなかった……。

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