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恋をしよう
薫子の謎(3)
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それから暫くすると、夜、薫子の部屋に明かりが灯らないことが増えた。この前春までは忙しいと言って、この頃漸く仕事が落ち着いたと言っていたのに、また忙しくなったんだろうか。だとしたら、またカップ麺三昧の生活になってやしないだろうか。心配になってお節介かと思いつつ、佳亮は週末に弁当を作って薫子の会社を訪れた。
以前弁当を差し入れていた時のように一階の受付の女の子に薫子に渡してもらえるようお願いした。すると、思いもよらない言葉が返ってきた。
「申し訳ありません。大瀧はここ暫くお休みを頂いております」
「えっ?」
休み? でも、マンションの部屋の明かりは灯らなかったし、念の為チャイムを鳴らしたけれど応答もなかった。まさか何かの病気で部屋で倒れているんじゃあ? なんてことまで考えて青くなった。
思い返せば、二週間前の夕食の時や、その前の時も、少し元気がなかったかもしれない。佳亮が食事が出来たことを知らせると直ぐに嬉々としてテーブルについたのに、最近は皿の上の料理をじっと見つめることが多かったのを、献立の味が合わなくなってきたのかなと楽観的に考えていた。人それぞれ味の好みはあるだろうから、最初は無理をして食べていたのかもしれない。それに佳亮が気付かずにずっと料理を作り続けたから、うんざりしていたのかもしれない。そんな風に思っていた。
その程度のことを思っていたのに、まさか病気だっただなんて!
「病気でしょうか? マンションには居ない気がするのですが…」
「詳しいことは此処では分かりかねます」
受付の子のご尤もな言い分に、でも心配の募った佳亮は食い下がった。
「何方か、事情の分かる方はいらっしゃいませんか? 安否が分かればいいんです」
佳亮が言うと受付の子は、確認いたしますので、お待ちください、と受話器を取って誰かと話し始めた。話は直ぐ終わり、少々お待ちください、と言われてその場で待っていると、エレベーターの方からこの前薫子のところまで連れて行ってくれた女性が姿を現した。
「あの時の…」
「大瀧がお世話になっております。私、大瀧付き秘書の佐々木と申します」
女性はぺこりと頭を下げると、佳亮に向き直った。
「杉山と申します。あの、大瀧さんがお休みされているとお伺いしたんですが、大瀧さんはマンションに居ないと思うんです。ご旅行かなにかでしょうか?」
「マンション…、ですか?」
訝し気な佐々木に、はい、と応える。佐々木は右手を顎に当てて考え込んでしまった。なんだろう?
「マンションというのは、大瀧が所有しているマンション、ということですか?」
所有? 所有ってどういうことだろう。
「所有…っていうか、住んではるマンションです。僕のマンションの向かいのマンションで…」
「住んでいる?」
意外なことを聞いたという顔で佐々木が訪ねるので頷いた。
「御園駅から歩いて十分ほどにあるマンションです。ご存じないですか?」
佳亮の言葉に佐々木が難しい顔をする。どうしたんだろう。
「すみません…。会社には自宅に居ると連絡が入っているのですが…」
「自宅?」
そりゃあ、佳亮だって東京に引っ越してきて、あのマンションの部屋を自宅だと言うこともある。でも今、佐々木は『マンション』を肯定せずに『自宅』、と言った。つまり、あの1Kの部屋は薫子が住んでいる部屋として会社に認識されていないのだ。
(どういうことや…)
頭を疑問符でいっぱいにしながら考える。沈黙を破ったのは佐々木だった。
「もしよろしければ」
佐々木は続けてこう言った。
「大瀧の自宅に行かれますか?」
佳亮は考えるまでもなく頷いた。
以前弁当を差し入れていた時のように一階の受付の女の子に薫子に渡してもらえるようお願いした。すると、思いもよらない言葉が返ってきた。
「申し訳ありません。大瀧はここ暫くお休みを頂いております」
「えっ?」
休み? でも、マンションの部屋の明かりは灯らなかったし、念の為チャイムを鳴らしたけれど応答もなかった。まさか何かの病気で部屋で倒れているんじゃあ? なんてことまで考えて青くなった。
思い返せば、二週間前の夕食の時や、その前の時も、少し元気がなかったかもしれない。佳亮が食事が出来たことを知らせると直ぐに嬉々としてテーブルについたのに、最近は皿の上の料理をじっと見つめることが多かったのを、献立の味が合わなくなってきたのかなと楽観的に考えていた。人それぞれ味の好みはあるだろうから、最初は無理をして食べていたのかもしれない。それに佳亮が気付かずにずっと料理を作り続けたから、うんざりしていたのかもしれない。そんな風に思っていた。
その程度のことを思っていたのに、まさか病気だっただなんて!
「病気でしょうか? マンションには居ない気がするのですが…」
「詳しいことは此処では分かりかねます」
受付の子のご尤もな言い分に、でも心配の募った佳亮は食い下がった。
「何方か、事情の分かる方はいらっしゃいませんか? 安否が分かればいいんです」
佳亮が言うと受付の子は、確認いたしますので、お待ちください、と受話器を取って誰かと話し始めた。話は直ぐ終わり、少々お待ちください、と言われてその場で待っていると、エレベーターの方からこの前薫子のところまで連れて行ってくれた女性が姿を現した。
「あの時の…」
「大瀧がお世話になっております。私、大瀧付き秘書の佐々木と申します」
女性はぺこりと頭を下げると、佳亮に向き直った。
「杉山と申します。あの、大瀧さんがお休みされているとお伺いしたんですが、大瀧さんはマンションに居ないと思うんです。ご旅行かなにかでしょうか?」
「マンション…、ですか?」
訝し気な佐々木に、はい、と応える。佐々木は右手を顎に当てて考え込んでしまった。なんだろう?
「マンションというのは、大瀧が所有しているマンション、ということですか?」
所有? 所有ってどういうことだろう。
「所有…っていうか、住んではるマンションです。僕のマンションの向かいのマンションで…」
「住んでいる?」
意外なことを聞いたという顔で佐々木が訪ねるので頷いた。
「御園駅から歩いて十分ほどにあるマンションです。ご存じないですか?」
佳亮の言葉に佐々木が難しい顔をする。どうしたんだろう。
「すみません…。会社には自宅に居ると連絡が入っているのですが…」
「自宅?」
そりゃあ、佳亮だって東京に引っ越してきて、あのマンションの部屋を自宅だと言うこともある。でも今、佐々木は『マンション』を肯定せずに『自宅』、と言った。つまり、あの1Kの部屋は薫子が住んでいる部屋として会社に認識されていないのだ。
(どういうことや…)
頭を疑問符でいっぱいにしながら考える。沈黙を破ったのは佐々木だった。
「もしよろしければ」
佐々木は続けてこう言った。
「大瀧の自宅に行かれますか?」
佳亮は考えるまでもなく頷いた。
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