料理男子、恋をする

遠野まさみ

文字の大きさ
上 下
37 / 46
恋をしよう

薫子の謎(3)

しおりを挟む
それから暫くすると、夜、薫子の部屋に明かりが灯らないことが増えた。この前春までは忙しいと言って、この頃漸く仕事が落ち着いたと言っていたのに、また忙しくなったんだろうか。だとしたら、またカップ麺三昧の生活になってやしないだろうか。心配になってお節介かと思いつつ、佳亮は週末に弁当を作って薫子の会社を訪れた。

以前弁当を差し入れていた時のように一階の受付の女の子に薫子に渡してもらえるようお願いした。すると、思いもよらない言葉が返ってきた。

「申し訳ありません。大瀧はここ暫くお休みを頂いております」

「えっ?」

休み? でも、マンションの部屋の明かりは灯らなかったし、念の為チャイムを鳴らしたけれど応答もなかった。まさか何かの病気で部屋で倒れているんじゃあ? なんてことまで考えて青くなった。

思い返せば、二週間前の夕食の時や、その前の時も、少し元気がなかったかもしれない。佳亮が食事が出来たことを知らせると直ぐに嬉々としてテーブルについたのに、最近は皿の上の料理をじっと見つめることが多かったのを、献立の味が合わなくなってきたのかなと楽観的に考えていた。人それぞれ味の好みはあるだろうから、最初は無理をして食べていたのかもしれない。それに佳亮が気付かずにずっと料理を作り続けたから、うんざりしていたのかもしれない。そんな風に思っていた。

その程度のことを思っていたのに、まさか病気だっただなんて!

「病気でしょうか? マンションには居ない気がするのですが…」

「詳しいことは此処では分かりかねます」

受付の子のご尤もな言い分に、でも心配の募った佳亮は食い下がった。

「何方か、事情の分かる方はいらっしゃいませんか? 安否が分かればいいんです」

佳亮が言うと受付の子は、確認いたしますので、お待ちください、と受話器を取って誰かと話し始めた。話は直ぐ終わり、少々お待ちください、と言われてその場で待っていると、エレベーターの方からこの前薫子のところまで連れて行ってくれた女性が姿を現した。

「あの時の…」

「大瀧がお世話になっております。私、大瀧付き秘書の佐々木と申します」

女性はぺこりと頭を下げると、佳亮に向き直った。

「杉山と申します。あの、大瀧さんがお休みされているとお伺いしたんですが、大瀧さんはマンションに居ないと思うんです。ご旅行かなにかでしょうか?」

「マンション…、ですか?」

訝し気な佐々木に、はい、と応える。佐々木は右手を顎に当てて考え込んでしまった。なんだろう?

「マンションというのは、大瀧が所有しているマンション、ということですか?」

所有? 所有ってどういうことだろう。

「所有…っていうか、住んではるマンションです。僕のマンションの向かいのマンションで…」

「住んでいる?」

意外なことを聞いたという顔で佐々木が訪ねるので頷いた。

「御園駅から歩いて十分ほどにあるマンションです。ご存じないですか?」

佳亮の言葉に佐々木が難しい顔をする。どうしたんだろう。

「すみません…。会社には自宅に居ると連絡が入っているのですが…」

「自宅?」

そりゃあ、佳亮だって東京に引っ越してきて、あのマンションの部屋を自宅だと言うこともある。でも今、佐々木は『マンション』を肯定せずに『自宅』、と言った。つまり、あの1Kの部屋は薫子が住んでいる部屋として会社に認識されていないのだ。

(どういうことや…)

頭を疑問符でいっぱいにしながら考える。沈黙を破ったのは佐々木だった。

「もしよろしければ」

佐々木は続けてこう言った。

「大瀧の自宅に行かれますか?」

佳亮は考えるまでもなく頷いた。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

仲の良かったはずの婚約者に一年無視され続け、婚約解消を決意しましたが

ゆらゆらぎ
恋愛
エルヴィラ・ランヴァルドは第二王子アランの幼い頃からの婚約者である。仲睦まじいと評判だったふたりは、今では社交界でも有名な冷えきった仲となっていた。 定例であるはずの茶会もなく、婚約者の義務であるはずのファーストダンスも踊らない そんな日々が一年と続いたエルヴィラは遂に解消を決意するが──

溺愛プロデュース〜年下彼の誘惑〜

氷萌
恋愛
30歳を迎えた私は彼氏もいない地味なOL。 そんな私が、突然、人気モデルに? 陰気な私が光り輝く外の世界に飛び出す シンデレラ・ストーリー 恋もオシャレも興味なし:日陰女子 綺咲 由凪《きさき ゆいな》 30歳:独身 ハイスペックモデル:太陽男子 鳴瀬 然《なるせ ぜん》 26歳:イケてるメンズ 甘く優しい年下の彼。 仕事も恋愛もハイスペック。 けれど実は 甘いのは仕事だけで――――

【取り下げ予定】愛されない妃ですので。

ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。 国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。 「僕はきみを愛していない」 はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。 『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。 (ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?) そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。 しかも、別の人間になっている? なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。 *年齢制限を18→15に変更しました。

侯爵様と私 ~その後~

菱沼あゆ
キャラ文芸
付き合い始めてからの方が緊張するのは、何故なんでしょうね……。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

私が愛する王子様は、幼馴染を側妃に迎えるそうです

こことっと
恋愛
それは奇跡のような告白でした。 まさか王子様が、社交会から逃げ出した私を探しだし妃に選んでくれたのです。 幸せな結婚生活を迎え3年、私は幸せなのに不安から逃れられずにいました。 「子供が欲しいの」 「ごめんね。 もう少しだけ待って。 今は仕事が凄く楽しいんだ」 それから間もなく……彼は、彼の幼馴染を側妃に迎えると告げたのです。

腐れヤクザの育成論〜私が育てました〜

古亜
キャラ文芸
たまたま出会ったヤクザをモデルにBL漫画を描いたら、本人に読まれた。 「これ描いたの、お前か?」 呼び出された先でそう問いただされ、怒られるか、あるいは消される……そう思ったのに、事態は斜め上に転がっていった。 腐(オタ)文化に疎いヤクザの組長が、立派に腐っていく話。 内容は完全に思い付き。なんでも許せる方向け。 なお作者は雑食です。誤字脱字、その他誤りがあればこっそり教えていただけると嬉しいです。 全20話くらいの予定です。毎日(1-2日おき)を目標に投稿しますが、ストックが切れたらすみません…… 相変わらずヤクザさんものですが、シリアスなシリアルが最後にあるくらいなのでクスッとほっこり?いただければなと思います。 「ほっこり」枠でほっこり・じんわり大賞にエントリーしており、結果はたくさんの作品の中20位でした!応援ありがとうございました!

処理中です...