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婚約破棄された彼女と「私」
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夏も盛りの夜会。
公爵令嬢のシンシア・ディレイは、婚約者であったアルノ第三王子に婚約破棄を通達された。
貴族らが集まる公的な儀式の場でのことてある。突然のことにシンシアは、状況を理解できずになにも言えず、動けなくなってしまう。
そのうちに、アルノ王子は一方的な糾弾を始めた。
「この地味な女はとんでもないクズだ!」
シンシアが執事らと浮気をしていた、アルノが贈った礼服を捨てていた、政治に口を出そうと議会に出入りしていた、など。
あげつらわれたのは、全て事実とは異なることだった。むしろアルノこそ、浮気をしていた。
ーー今の「私」にはそれが分かる。なにせ、一から懇切丁寧に調べあげたのだから。
相手はあろうことか、シンシアの異母妹であるリリスであった。
アルノからちょっかいをかけて、まんざらでもなかったリリスはそれを受け入れ、禁忌の交際が始まった。
シンシアに隠れての文通から始まり、ついには目を盗んで身体も重ね合ったらしい。
背徳感と嫉妬が、恋という皮をかぶった恋愛未満の関係。
どうやらそれが、アルノにもリリスにも、とても特別なものに見えていたらしい。
さらに、アルノの不実な行為はそれだけに止まらない。彼はシンシアに対して、暴力を振るうこともままあった。
顔以外は、どこでも殴られたり蹴られた。
ある時は、庭で飼っていた猫ともども池に放り捨てられたことだってある。
あのとき溺れかけた苦しみは、こんな風になってなお、未だに痛切な感覚として残っているくらいだ。
そんな日々だから、シンシアの体は傷まみれだった。
それでも、彼は人前ではなにもなかったかのように、善人たる振る舞いをする。
シンシアとも仲のいい婚約者同士であるフリを、周囲には見せていた。
その表と裏の変わりっぷりは、実に見事なものであった。
地味な第一王子のリカルドではなく、第三王子の彼を、次期国王に推す声も多く上がるほど。
だが、いやだからこそ、彼が内側に秘めた残虐性は恐ろしいものであった。
彼がシンシアに贈った服はシンシアの身体につけた傷を隠すためのものだ。
そのため、全て長袖で、夏に着ればどうしても陰気臭く見える。
彼女が地味に見えていたのは、アルノのせいなのだ。
それでも、その時のシンシアは彼を信じていた。今になって思えば、洗脳されていたのに近い感覚だったのだと思う。
だが、当事者でいる間はそれに気づかない。暗くカーテンの閉ざされた部屋に、日の光が届かないのと同じだ。
シンシアは、彼に世界を乗っ取られていた。
「私」がその事実に気づいたのは、大変残念ながら、つい最近のことだ。
シンシアが婚約破棄を通達された日から、三日後のことである。
夜会の日、私はあまりの悲しみに憔悴し、会場であった屋敷の五階から身を投げた。
死ぬつもりだったのだが、敵わなかったのだ。
その代わり、頭を強く撃って彼女は記憶喪失になった。
いや、正確には記憶だけが抜け落ちて、「私」と彼女に分かれてしまった。
そう「私」は、記憶喪失前のシンシア。
その記憶であり、それが結びついた思念体である。
公爵令嬢のシンシア・ディレイは、婚約者であったアルノ第三王子に婚約破棄を通達された。
貴族らが集まる公的な儀式の場でのことてある。突然のことにシンシアは、状況を理解できずになにも言えず、動けなくなってしまう。
そのうちに、アルノ王子は一方的な糾弾を始めた。
「この地味な女はとんでもないクズだ!」
シンシアが執事らと浮気をしていた、アルノが贈った礼服を捨てていた、政治に口を出そうと議会に出入りしていた、など。
あげつらわれたのは、全て事実とは異なることだった。むしろアルノこそ、浮気をしていた。
ーー今の「私」にはそれが分かる。なにせ、一から懇切丁寧に調べあげたのだから。
相手はあろうことか、シンシアの異母妹であるリリスであった。
アルノからちょっかいをかけて、まんざらでもなかったリリスはそれを受け入れ、禁忌の交際が始まった。
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どうやらそれが、アルノにもリリスにも、とても特別なものに見えていたらしい。
さらに、アルノの不実な行為はそれだけに止まらない。彼はシンシアに対して、暴力を振るうこともままあった。
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ある時は、庭で飼っていた猫ともども池に放り捨てられたことだってある。
あのとき溺れかけた苦しみは、こんな風になってなお、未だに痛切な感覚として残っているくらいだ。
そんな日々だから、シンシアの体は傷まみれだった。
それでも、彼は人前ではなにもなかったかのように、善人たる振る舞いをする。
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その表と裏の変わりっぷりは、実に見事なものであった。
地味な第一王子のリカルドではなく、第三王子の彼を、次期国王に推す声も多く上がるほど。
だが、いやだからこそ、彼が内側に秘めた残虐性は恐ろしいものであった。
彼がシンシアに贈った服はシンシアの身体につけた傷を隠すためのものだ。
そのため、全て長袖で、夏に着ればどうしても陰気臭く見える。
彼女が地味に見えていたのは、アルノのせいなのだ。
それでも、その時のシンシアは彼を信じていた。今になって思えば、洗脳されていたのに近い感覚だったのだと思う。
だが、当事者でいる間はそれに気づかない。暗くカーテンの閉ざされた部屋に、日の光が届かないのと同じだ。
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そう「私」は、記憶喪失前のシンシア。
その記憶であり、それが結びついた思念体である。
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【ちょこっと告知】こっちは超まったりです。テイストは違いますが、よろしくお願い申し上げます。 男爵令嬢の節約ごはん!〜婚約破棄したのに戻って来い?お断りです。特殊魔法【調味料生成】で、異世界の料理も自由自在なので、まったり暮らします!
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