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3章 はまひるがお

37話

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翌日、青山さんが仕事場に来ることはなかった。青山さんの汚い机を整理しつつ明日使う資料を見繕っていると明日は一人だ、そう強く認識させられた。その日は明日への準備だけでいいよ、と長谷川さんに言われたので、想像していたより早くに仕事が終わった。

行く当てもない私は一足先に指定された店へ行くことにした。ご丁寧に店のマップまで貼り付けてくれていたので、迷わずに行くことができた。電車で一駅、駅前近くにあるその店はなんの偶然か三月に笹川さんと行ったカフェだった。

驚きつつも南国風のインテリアを見つつ中に入って、引き寄せられるようにその時と同じ席に座った。座ったら、あれからもう半年以上も経つのだと奇妙な感覚がした。最後にここへ来たのは、まだ友達になる前、依頼主と客だった時の話だ。

私はここで笹川さんに友達になってくださいとお願いをした。そして断られた。

店員にあとで一人来るから、と伝えてコーヒーだけを頼む。隣の席では、私と同年代くらいの男女が四人で「お茶会」をしていた。
当人たちは「お茶会」と言っているが実際にはお祭り騒ぎみたいなもので、その笑い声はなにかの拍子に急に大きくなって店に響く。私の他に客もいなかったので、店側も少し静かにするよう促すくらいで表立ってはそれを止めない。

私は、小説でも持ってこればよかったと思いながら、誰から連絡があるわけでもないのに携帯電話を開いた。しばらくは店にかけてある陽気な絵画なんかを見ていたが、それもすぐに飽きた。

手持ち無沙汰だった。

聞きたくなくても、彼らの会話は自然私の耳に入った。結婚生活の話や、今後の人生設計について、話していることだけは立派だった。

結婚生活の話をしているのは、いかにもヤンチャしていたらしい派手な格好の女。夫の稼ぎが悪いだの、構ってくれないだの自分の不満をことつまびらかに話す。傷んだ髪をなでおろす仕草がどことなく、笹川さんに似ているなと思った。私が知る前の笹川さんもこんな風だったのだろうか。しかしそれを考えても仕方がない。コナコーヒーと一緒に飲み下す。

インスタントとは違って、いい苦味が口の中に広がった。

カップが空になる頃、やっと有川さんが店に入ってきた。すぐには席には来ず、ちょうど出て行こうとしていた先の男女四人組と話す。

どうにも知り合いだったらしい。田舎の狭い世界だから、会う人のほとんどが知り合いでもおかしくはない。話している途中有川さんは、時々私に目線をやった。誰と来たの、とでも聞かれたのだろうか。

話が終わって、四人組は出て行く。有川さんが私の前の席についた。

「すいません、知り合いに会ってしまって。お待たせしました」
「大丈夫です。すごいですね、なんというか……ああいう人たちとも知り合いだなんて」
「知り合いなだけですよ。あの人たち、学校の中でも怖いグループの人たちで。それに」
 ……?
「あそこで友達が待ってる、って言ったらあの人? って笑われたんです。ちょっとイラッてしちゃいました」
「なんだそんなことですか。言われ慣れてますよ」

言っていて、笹川さんと同じようなことを言っているなと思った。有川さんは額をむっと寄せる。

「それは強がりです。人に笑われるのって、慣れるようなもんじゃないですよ」
「……強がりでしょうか」
「はい、絶対」

彼女は、はっきりと頷く。これが強がりだなんて考えたことがなかった。

となると、笹川さんの言う「慣れてますよ」も同じように強がりなのだろうか。私の頭にまた一つ、答えを知り得ない疑問が足された。

「まぁその話はいーですよ! それより話を聞かせてください。……あ、やっぱりもうちょっと待って! まだ注文してなかったですね」
「そうですね」

有川さんは、やはり色々と忙しい。慌ててメニューのページをめくるのを見ていたら、和んで笑ってしまった。咬み殺すようなこの笑い方が気持ち悪い自覚はあるので、口元を抑える。

有川さんはパンケーキを頼んで、私は前に来た時と同じBLTサンドを頼んだ。これで相手が笹川さんだったら、頼んだメニューまで前と全く同じだ。

食べ終わったあと、私は昨日悩んでいたことを全部有川さんに話した。聞き終わった彼女は、なぜかはははっと楽しそうに笑った。

「なんですか。一応まじめに話してるんですよ」
「分かってますって! 謝りますよ。すいません。でもそれなら、とっくに解決してる話だなぁって思ったんです」
「……すいません、掴めないのですが」
「話せばいいんです。思ったこと、言いたいことをそのまんま。今もこうやって私に話してくれました。だから明日もそれでいいんです。ほら、もう解決してるでしょう?」

ややもすれば、適当にあしらわれているだけにさえ感じる言葉。なのに、有川さんの言うとおりだと思った。気負いがありすぎても良いことはない。

「少し気が楽になりました」
「それは、良かったです。もう出ましょうか。遅くなると、明日にいけませんし」
「はい」

私たちは、席を立つ。伝票を持って、レジに向かった。

「今日は話聞いてもらったので、出しますよ」
「いやいやー、私も払いますよ! 無理言って聞いたわけですし」

そんなやり取りで、レジ前でまごついていると店員さんが、「いらっしゃいませー」とけだるげに挨拶をした。つい入り口に目をやると、入ってきた客と思い切り目があった。
いたのはラガーマンほど体の大きな男の人と、

「うっそ、舞ちゃん! それに高崎さんも! 偶然だねー。さっきぶり!」笹川さんだった。

衝撃で固まってしまった私を横目に、有川さんが仲よさげに話を始める。考えるに、この大きな男の人は会社の同僚なのだろう。

「早く帰ったと思ったらなにしてたの、もしかしてデート?」
「違う違う! 友達だよ。高崎さん、それ以上聞いたら支店長に言いつけて左遷にしますよ! あの山の小屋!」
「おっと、それはあまりにハードすぎるな」

有川さんと大男の話が行われる傍ら、私と笹川さんはなぜか無言でお互いを見合う。しばらくして目と目でやりあっているのがいたたまれなくなったので、私は笹川さんに話しかけた。

「偶然ですね」
「そうですね」

うわべだけの言葉が唇を撫でて、そのまま蒸発して消えた。

次の言葉はどうしても出てこなかった。探しても一寸先のどこか違う世界の中に紛れてしまって見つからない。私は逃げるように、勝手に会計を済ませて一足先に店を出る。

すぐ後を有川さんが追っかけてきた。

「先に出るなんてひどいですよー! それと、これ! さっきの代金です」
「それはいいですよ、むしろ出させてください」
「んーそこまで言うなら、ありがとうございます」
「………こちらこそ」
「……ショックでしたか? 舞ちゃんが、誰か他の男(・)の人と一緒にいるの。彼は、会社の同僚ってだけですから心配いりませんよ」
「いいえ、ショックはないですよ。だって僕たちは──」


ただの友達ですから。
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