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2章 黒服男

23話

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嫌だ嫌だと思っていたら、食事会の当日はすぐにやってきた。店は言っていた通り青山さんが選んだ。案の定というべきか、居酒屋だった。一つ隣の駅前にあるチェーン店だ。

私は乗り気ではなかったが、青山さんは勤務時間中からずっと気分がよさそうで、腹をえぐる肘の勢いが心なしかいつもより強かった。仕事が終わって、青山さんと二人、時間ちょうどに店へ向かう。既に笹川さんが席に通されていた。

「今日はよろしくお願いします」
「ねぇ、舞ちゃんだったよね。お友達はまだ着きそうにない?」

いきなり下の名前で呼ぶあたり、さすがは青山さんだ。

「はい、まだ少しかかるそうです」
「じゃあ先に始めようかー。なに飲む? 俺はやっぱビールかなー。一杯目だし! 二人は?」
「僕は、えーと………烏龍茶で」
「えぇ、飲まないんだ」
「あ。はい」

私は、お酒を飲んだこと自体が片手で数えられる程度だ。それに居酒屋に来たのも実を言うと、仕事の付き合い以外では、今日が初めてだ。

飲まないからといって困ったこともない。お酒は人付き合いに影響すると言うけれど、いつも一人だった私にはそれは関係のないことだった。

大学生や社会人はとやかく言えば、すぐ飲みに行こうというらしい。
そこまでして飲みたいものなのだろうか、と気になって、二十歳の誕生日に興味本位で一度飲んだことがある。ほんの少し飲んだだけで顔が驚くほど真っ赤に熱くなって、頭がくらくらした。なんのことはない甘いフルーツ酒だ。たぶん、私はアルコールに強くない。

「私も、烏龍茶でお願いします」
「まじで? 舞ちゃん、すごい飲めそうな顔してるのに。飲もうよー! さみしいじゃん!」
「あ、じゃあ……」
「笹川さん、僕以上にお酒弱いんですよね」

笹川さんはまだ未成年だ。いくら上司の願いとはいえ、お酒を飲ませるわけにはいかない。

「……まぁじゃあ仕方ないかー。明くん、代わりに飲もう! お願い! 先輩の勧めなんだしさ、少しでもいいから」
「……はい、少しなら。じゃあ僕もビールで」

なぜお酒を飲むのかは分からない。けれど少なくとも、それが無意味ではないことは分かってきていた。少し待っていると、私の前に泡が溢れそうなビールががしゃんと豪快に運ばれてくる。その匂いが独特で、少しくらっとした。

「はい、じゃあ乾杯!!」

グラスが乾いた気味のいい音を立てた。青山さんは、私が飲むのをためらっている間に一気に飲み干して、「最高!」と快哉を上げる。飲まない私と笹川さんに何を言うでもなく、すぐに二杯目のビールを注文した。

「すごいですね、青山さん」
「……僕には無理です」
「弱いなら、無理することないですよ」

グラスを持って、少し口をつける。苦い麦の風味とその香りが顔をゆがませた。

「青山さんとは真反対の顔してますね」
「とても苦いです」
「ふふっ、言わなくても伝わってきます」

笹川さんが私に水をすすめる。飲んだら、口の中からいくらか苦味が消えた。

「明くん、ビールはもっと一気にいかないと! 舌で味わうんじゃないんだよ、喉でこう、ぐいぐいっと!」
「はぁ……。そういうものですか」
「のどごしが大切だからねぇ。一気だ、一気! 飲めばどうにもならないやばいことも、なんとかなる!」

そう言ったあとに、彼は二杯目もすぐに飲み干した。いい反面教師だ。私は、なおさらゆっくり飲んでいこうと思って、そっとグラスを置いた。

青山さんはその後も、早いペースでお酒を煽り続けた。かなり日頃の営業でストレスが溜まっていたらしい。はじめのうちは、青山さんが中心になって話題を回していたが途中からは一人で飲んで勝手に潰れてしまった。もたれかかってくる小さな体が、かなり酒臭かった。

笹川さんと二人で話しながら、ご飯を食べ、これじゃあいつも通りですねと笑った。笑いながら、心中では笹川さんの友達が来ないことに安心していた。知らない人に会うのが怖かった。
しかし、もう来ないかと思っていた頃に

「遅れてすいません! ごめんねー、舞ちゃん。それから、皆さん。仕事伸ばされちゃいまして」

その人はようやくやってきた。

一目見て、綺麗な人だと思った。女の人にしては高い身長、細い胴からすらっと長い足が伸びている。なによりその端正な顔立ちに、私はつい息を飲んだ。
走ってここまで来たのだろう、横を通る時に、肩くらいでまとめた亜麻色の髪から甘い香水の匂いと汗の匂いとが入り混じって香った。つい唾を飲んでしまった。

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