53 / 59
三章
53話 見える。
しおりを挟む「……ジュリー? ジュリーなのよね」
とにかくどんな形になっていようと、帰ってきたことには違いない。水分をなくし枯れた声で、でもいつものように投げかける。
『許さない、離れない、引き裂くな、許さない、離れない、まだ私は――』
しかし、会話が成り立つような状態ではなかった。
いわゆる霊障化した状態になっていて、膨れ上がった身体は、かなり強大な力を発するかわりに意識が飛んでいる状態であったことは、後から学んだ。
太く、かついくつにも分かれて枝状になった腕がこちらへ勢いよく迫る。
目を瞑って、死を覚悟したのだけれど。
ベッティーナは、生きていた。またしても、異形の者、悪霊や悪魔によってだ。複数体かかって、どうにか止めている。
「なに、あなた……」
『お前、ワシらが見えるのか? こりゃ変わった嬢ちゃんだ。こんな現象を引き起こしているだけはあるな』
ひとしきり驚いたあと、彼は外で起きていることを教えてくれる。
『とんでもねぇ騒ぎだぜ、あんた。シレーヌ公爵が倒れたうえ、数刻前には雷が落ちて別の貴族も亡くなった。他にも何人も死人が出てる』
「……なんのこと」
『自覚なしかよ、おいおい。嬢ちゃんが散々泣きわめくからだろ。嬢ちゃんの悲しみに悪霊たちが引き寄せられ暴れて、屋敷中で霊障騒ぎが起きてんだ。そこの悪魔が一番ひどいな、もう何人も呪い殺してるぜ。ワシもお前の魔力に引き寄せられてきた口だ』
わけがわからなかった。実感なんてあるわけもない。
とにかくベッティーナの悲しみが引き金となり起きた霊障により、多数の有力貴族がばたばたと倒れているらしいのだ。
倒れた貴族として挙げられる名前の多くは、ベッティーナを排斥しようと強く訴えていた一族の者。その他の者も何人も、亡くなっているらしい。
ベッティーナはそのとんでもない話を受け入れられずにカーテンを引き窓を開けて、そこから屋敷内の様子を窺うこととする。
新月だった。暗くて視界はあまり聞かなかったが、たしかに騒がしい。ベッティーナがそれを窺っていたら、やがて部屋にいた悪霊たちは部屋から出ていこうとする。
「どこに行くの」
『今からここに天使使いが何人も来るらしいからな。しかも、国王までくるんだと。その悪魔はもう狂暴化してるからどうしようもないが、俺たちはまだ消されたくねえのさ』
『祭り騒ぎは結構だが、巻き込まれるのはごめんだぜ』
父が、ここへと向かっているらしかった。
その理由は、ベッティーナを気遣って……ではないのだろう。この天井に貼りついている悪魔を、ジュリアを退治しにくるのだ。
どく、と心臓が大きく鳴る。たしかに、彼女には殺されそうになった。
まともにコミュニケーションも取れない。
ただ、どんな形であれ彼女には違いない。そうなってまで、自分の元に現れてくれたジュリアが再び消されてしまう。
ベッティーナは大いに焦り、また泣きそうになりながら、ふと手に握っていたイヤリングのことを思いだす。
潰れていびつな形になったそれは、いつか精霊・天使を契約し住まわせるために貰った器だ。
要するに、霊であれば悪霊・悪魔であっても同じなのではないか――。
わけがわからなくても、もうやるしかなかった。
天使と契約を交わす方法ならば知っていた。彼らに魔力を与え、彼らがもともと持つ魔力を膜のように包み込めれば、成功する。
それを土壇場で、ベッティーナは実行した。契約なんてしたことがなかった。それに魔力すら発現したのはさっき。
強大な力を持つ悪魔と契約なんてできないのが普通だ。だが、もうジュリアを消したくない。その一心で振り絞った魔力は無事に、ジュリアの霊を包み込んだらしい。天井から降りてきた彼女がイヤリングに吸い込まれていく。
ほぼ同時、壁を抜けてきた天使の姿が視界に入ってくる。
「おい、開けるんだベティ! お前、なにをやったのだ!」
扉の先、廊下のまだ奥の方から父の怒鳴り声がする。
が、それらすべてはいっぺんに遠ざかり、ベッティーナは気を失ったのであった。
一連の霊障事件は結局、多数の死者をだした末に精霊たちにより悪霊らが浄化させられ、終息を見た。
表向きは原因不明で処理をされていたが……なにか理由を求めたくなるのが人である。
やがて貴族たちの不自然死は、ベッティーナが引き起こしたものだともっぱらの噂になっていった。
自分を排斥しようとした人間ばかりが死んでいったためだ、無理もない。
そのため何度も処刑が計画されたことは、悪霊たちから情報収集をしていた。
ある時は軍隊を向けられ、殺されかけることもあったが……ベッティーナの感情が大きく揺れ動くと、勝手にイヤリングからジュリアが出てきて暴れまわる。
その勢いは尋常ではなく、一師団が簡単に潰された。
解放してしまうと、彼女は勝手にベッティーナの魔力を吸って動く。
結果ベッティーナが死にかけたこともあるし、関係ない人を臨まず巻き添えにもした。
やがてベッティーナの感情が乱されれば霊障が起こるとして、触れられない存在と化した。
そのため処刑話は立ち消えになって、代わりにベッティーナはあの小さな屋敷に閉じ込められることとなったのだ。できるだけ感情が揺り動かされない環境で、もし万が一があっても最低限の被害で済むように。
そうして屋敷に移ってからベッティーナは、とにかく冷静になるすべを身に着けた。
ベッティーナにとっても、ジュリアの力で人が死ぬのは本意ではなかったし、他人を巻き込みたくない思いもあった。
それが功を奏してか、以来ジュリアはイヤリングから出てきていない。もちろん、自ら召喚したことも一度だってない。
制御しきれなかったら、なにが起こるか。ベッティーナにも分からないためだ。
でも、彼女はたしかにここにいる。魔力を半分以上、常時吸われている感覚があるのだから間違いない。それでも、ベッティーナは彼女を捨てる選択をしなかった。
このイヤリングは安らぎでもあり、戒めでもある。
自分のために死んだ彼女を封じるしかできないことへの後悔と罪滅ぼし――。
それこそベッティーナが、苦しむ悪霊たちが消されるのを見過ごせなくなったそもそもの理由である。
そして人知れず消えゆく彼らの意志をこの世に残したくて、小説を書きたいと願うようになった。
0
お気に入りに追加
274
あなたにおすすめの小説
戦場の英雄、上官の陰謀により死亡扱いにされ、故郷に帰ると許嫁は結婚していた。絶望の中、偶然助けた許嫁の娘に何故か求婚されることに
千石
ファンタジー
「絶対生きて帰ってくる。その時は結婚しよう」
「はい。あなたの帰りをいつまでも待ってます」
許嫁と涙ながらに約束をした20年後、英雄と呼ばれるまでになったルークだったが生還してみると死亡扱いにされていた。
許嫁は既に結婚しており、ルークは絶望の只中に。
上官の陰謀だと知ったルークは激怒し、殴ってしまう。
言い訳をする気もなかったため、全ての功績を抹消され、貰えるはずだった年金もパー。
絶望の中、偶然助けた子が許嫁の娘で、
「ルーク、あなたに惚れたわ。今すぐあたしと結婚しなさい!」
何故か求婚されることに。
困りながらも巻き込まれる騒動を通じて
ルークは失っていた日常を段々と取り戻していく。
こちらは他のウェブ小説にも投稿しております。
婚約破棄され逃げ出した転生令嬢は、最強の安住の地を夢見る
拓海のり
ファンタジー
階段から落ちて死んだ私は、神様に【救急箱】を貰って異世界に転生したけれど、前世の記憶を思い出したのが婚約破棄の現場で、私が断罪される方だった。
頼みのギフト【救急箱】から出て来るのは、使うのを躊躇うような怖い物が沢山。出会う人々はみんな訳ありで兵士に追われているし、こんな世界で私は生きて行けるのだろうか。
破滅型の転生令嬢、腹黒陰謀型の年下少年、腕の立つ元冒険者の護衛騎士、ほんわり癒し系聖女、魔獣使いの半魔、暗部一族の騎士。転生令嬢と訳ありな皆さん。
ゆるゆる異世界ファンタジー、ご都合主義満載です。
タイトル色々いじっています。他サイトにも投稿しています。
完結しました。ありがとうございました。
ちょっと神様!私もうステータス調整されてるんですが!!
べちてん
ファンタジー
アニメ、マンガ、ラノベに小説好きの典型的な陰キャ高校生の西園千成はある日河川敷に花見に来ていた。人混みに酔い、体調が悪くなったので少し離れた路地で休憩していたらいつの間にか神域に迷い込んでしまっていた!!もう元居た世界には戻れないとのことなので魔法の世界へ転移することに。申し訳ないとか何とかでステータスを古龍の半分にしてもらったのだが、別の神様がそれを知らずに私のステータスをそこからさらに2倍にしてしまった!ちょっと神様!もうステータス調整されてるんですが!!
前世では美人が原因で傾国の悪役令嬢と断罪された私、今世では喪女を目指します!
鳥柄ささみ
恋愛
美人になんて、生まれたくなかった……!
前世で絶世の美女として生まれ、その見た目で国王に好かれてしまったのが運の尽き。
正妃に嫌われ、私は国を傾けた悪女とレッテルを貼られて処刑されてしまった。
そして、気づけば違う世界に転生!
けれど、なんとこの世界でも私は絶世の美女として生まれてしまったのだ!
私は前世の経験を生かし、今世こそは目立たず、人目にもつかない喪女になろうと引きこもり生活をして平穏な人生を手に入れようと試みていたのだが、なぜか世界有数の魔法学校で陽キャがいっぱいいるはずのNMA(ノーマ)から招待状が来て……?
前世の教訓から喪女生活を目指していたはずの主人公クラリスが、トラウマを抱えながらも奮闘し、四苦八苦しながら魔法学園で成長する異世界恋愛ファンタジー!
※第15回恋愛大賞にエントリーしてます!
開催中はポチッと投票してもらえると嬉しいです!
よろしくお願いします!!
魔力値1の私が大賢者(仮)を目指すまで
ひーにゃん
ファンタジー
誰もが魔力をもち魔法が使える世界で、アンナリーナはその力を持たず皆に厭われていた。
運命の【ギフト授与式】がやってきて、これでまともな暮らしが出来るかと思ったのだが……
与えられたギフトは【ギフト】というよくわからないもの。
だが、そのとき思い出した前世の記憶で【ギフト】の使い方を閃いて。
これは少し歪んだ考え方の持ち主、アンナリーナの一風変わった仲間たちとの日常のお話。
冒険を始めるに至って、第1章はアンナリーナのこれからを書くのに外せません。
よろしくお願いします。
この作品は小説家になろう様にも掲載しています。
クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…
追放された公爵令嬢はモフモフ精霊と契約し、山でスローライフを満喫しようとするが、追放の真相を知り復讐を開始する
もぐすけ
恋愛
リッチモンド公爵家で発生した火災により、当主夫妻が焼死した。家督の第一継承者である長女のグレースは、失意のなか、リチャードという調査官にはめられ、火事の原因を作り出したことにされてしまった。その結果、家督を叔母に奪われ、王子との婚約も破棄され、山に追放になってしまう。
だが、山に行く前に教会で16歳の精霊儀式を行ったところ、最強の妖精がグレースに降下し、グレースの運命は上向いて行く
美形王子様が私を離してくれません!?虐げられた伯爵令嬢が前世の知識を使ってみんなを幸せにしようとしたら、溺愛の沼に嵌りました
葵 遥菜
恋愛
道端で急に前世を思い出した私はアイリーン・グレン。
前世は両親を亡くして児童養護施設で育った。だから、今世はたとえ伯爵家の本邸から距離のある「離れ」に住んでいても、両親が揃っていて、綺麗なお姉様もいてとっても幸せ!
だけど……そのぬりかべ、もとい厚化粧はなんですか? せっかくの美貌が台無しです。前世美容部員の名にかけて、そのぬりかべ、破壊させていただきます!
「女の子たちが幸せに笑ってくれるのが私の一番の幸せなの!」
ーーすると、家族が円満になっちゃった!? 美形王子様が迫ってきた!?
私はただ、この世界のすべての女性を幸せにしたかっただけなのにーー!
※約六万字で完結するので、長編というより中編です。
※他サイトにも投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる