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三章

49話 黒幕

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「急にお屋敷からいなくなるので、リナルド様がお探しになられています。さぁ早く、お戻りください」

 リナルドに対して、成果がアピールできるから喜んでいるのか。彼は手をこちらへと差し出しつつ、嬉々としてこちらへ近づいてくる。

「……どうして、ここが?」
「単にリナルド様に指示された捜索場所が門の外だったのです。この近辺を急ぎ捜索していたら、たまたま森に入るのを見た人がいるというものですから。とにかく見つかってよかった。さぁ、こちらへ」

 手を差し出されるから、ベッティーナも数歩、彼の方へとゆっくり歩み寄った。正確には、そのふりをした。

 そうしつつすぐ手前に呼び寄せたプルソンの肩口へ、手元に練りこんだ純粋なる黒の魔力を注いでいく。

 ネガティブな感情が大波を作って押し寄せる。が、いちいちそれに屈している場合でもない。今日はすでにかなりの量を使っていたため、魔力切れが心配だったが、どうにか足りてくれる。

 プルソンがベッティーナの中へと入り込んできた。そうして、白蛇様の目になったベッティーナは過去を透視するその目で、フラヴィオを見通す。

 怪しい、と直感が告げていたためだ。

 言い分だけならあり得る話だが、他の連中の気配がするのはおかしい。
 ただ探しに来ただけなら、包囲する必要性はないはずである。

 そして、その予感は当たっていた。

「どうされました、ベッティーノ様。お咎めについてご心配されているのなら、気にする必要はございませんよ。リナルド様は、あなたのご心境にも理解を示されている。さあ、戻りましょう」

 それらしい文句を並べる彼の過去が、一気に脳内へと流れ込んでくる。

 そもそもが、おかしかった。はじめに記憶へ現れたのは、ベッティーナの父であるアウローラ国王とのやりとりだ。

 どうやらフラヴィオの出であるブルーノ家は、そもそもアウローラ家の貴族家の一つだったらしい。

 しかし、何代か前の当主が失脚すると家は没落。その後、失地を回復しようと始めたのが、隣国・シルヴェリにおける密偵としての諜報活動だったそうだ。

 情報収集者としての役割を忠実に果たすため、基本的には怪しい動きをすることはなく、見かけ上はあくまでシルヴェリ国の一執事家として地位を築いていたブルーノ家。

 その転機が訪れたのは、アウローラがシルヴェリとの戦に敗れ、その配下に入ることとなった際だ。

『これから、ブルーノ家にはシルヴェリ国を内部から崩壊させるための作戦に置いて、重要な役割を担っていただきたい。もしこれを成功させられるのなら、あなたがたを重臣として取り立てることをここに約束しよう』

 ベッティーナの父・アウローラ国王から、彼や彼の親族へ、じきじきにお達しがあったのだ。

 その作戦の内容には、驚かざるをえない。

 曰くつきであるベッティーナを、弟に代わり人質として送り込む。そのうえで、ベッティーナの呪われた力を暴発させ、偶然を装って王子を亡き者にし、街や国を混乱に陥れる。

その混乱の収拾という大義名分のもとに、弱ったにシルヴェリ国へ再度宣戦布告を行い、今度は支配者側へと回る――。


そういう計画だったようだ。

ブルーノ家は、権力欲しさからかとにかく忠実にそれを実行した。

その作戦がために、リナルドの前執事へ退職を強要して、かわりにそこへフラヴィオが入った。

そうしてリナルドの腹心となることで、ベッティーナが人質として送られてくるのを待ち受けていたわけだ。

リヴィの屋敷で起きた数々の嫌がらせや、今回の連続的な傷害事件はどれも、彼が主導をしていたようだった。

はじめはベッティーナのみを追い込むつもりだったようだが、それでは思うような効果がないと判断して、周囲の人間を襲う作戦に切り替えたようだ。

 一瞬で、大量の情報量が流れ込んできたので、頭痛が起こって平衡感覚が少し乱れる。が、そんな痛みに負けている場合ではない。

「さぁ、もうお疲れのようだ。ベッティーノ様。行きましょうか」

 彼は、もうすぐ目の前まで来ていた。こちらへと手を伸べ、いまだ真実に気付いていないと思ってか茶番を演じ続ける。

 ベッティーナはその差し出された手を直前まで取るふりをして、若干フラヴィオの気が緩んだだろう瞬間をついた。

『プルソン、行くわよ』

 ベッティーナはプルソンと身体を分離させて、念話で相棒にこう声をかける。

 手先に集めていた残りの黒い魔力を、一気にプルソンへと与えながら、強行突破をすることとした。

『長くは持たねえぜ、ベティ!』

 走り出すベッティーナの周り、プルソンはその身体の形を変えて、周りを囲う黒煙のようになり替わる。

 これは、魔法攻撃や物理攻撃をも跳ね返せる万能な動くベールだ。
 外からの干渉に対しての防御壁となり、よほどのものでない限りははじき返せる。が、しかし――。

「……逃げられるわけがないでしょう!」

 ベッティーナが逃げ出したことで、優しさを装うのは終わりになったらしい。

これまでの冷徹な姿や、リナルドに対して尻尾を振るように忠実さをアピールしていた彼とは、まったく違う。暴力的な叫びが林の中を鳴り渡る。

 そして、魔法まで使えるらしかった。

腰に差さされた剣に込められたるは、緑の魔力である。それが地面へと突き付けられると、起こったのは勢いの激しい旋風だ。

つい背後を振り返れば、その風の刃は地面を削り、身体を浮かせるような勢いで後ろから迫ってくる。
滑りだす地面に足元の安定を持っていかれて、かつ風により刈り取られた大木が横から折れてきて、ベッティーナの行く先を阻む。

 そして周りに感じる気配はといえば、すでに前方に数人の気配が感じられるまでになっていた。

『……まずいわね』

 豪風のなか、つぶやく。

『ひひ、やべえな、こりゃ。なんて人数だ』

 どうやってこれだけの人数の味方を、敵国の内部で集めたのかは分からない。が、少なくとも30人近い数があたりに潜伏をしている。

 もう、一点突破さえもできそうにない。ベッティーナは、幾重にも四方八方を囲まれていた。

『つーか、もう魔力が足りねえぜ、ベティ。あとは任せた、最後はやるんだぜ、あれを。分かっているだろうな。オレの命にも関わるんだ』

 そんな状況下で、今日はやたらと使ってしまった魔力もほとんどが切れてしまう。
そのせいで、プルソンはその姿をすうっと空気に溶けていく煙みたいに消してしまい、指輪の中へと帰ってくる。


 呼び戻すだけの力など到底残っておらず、ベッティーナは一人となった。
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