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二章
34話 原因は意外な人で
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「……分かりました」
ベッティーナは力の抜けていた拳を固め魔力を指輪へと込めて、プルソンを呼びだす。そのうえで、暴れまわらないように、強い魔力で彼を引き付けておいた。
『なんだ、ベティ。こいつと一緒に行動してんのか』
なにかを察したのか、小声でプルソンが言う。
『のっぴきならない事情なのよ。それよりほら、そこ。見えるでしょう』
『あぁ、ひしひし感じてるぜ。こりゃたしかにすごいのがいるな。奴の名前は、ヒシヒシでどうだ』
やはり、プルソンが認めるほどの大物のようだ。
そしてネーミングセンスは、相変わらず皆無である。どうしても擬音を繰り返したいらしいし、そう聞くとなんだか弱そうにも聞こえた。
「どんな話をしてるんだい?」
そこでリナルドが口を挟む。
悪魔とどんな話をするのかと興味津々の表情だが、その期待に沿えるような有益な会話はしていない。
子どもと話すくらい、なんともない内容でさえある。
「ヒシヒシの話ですよ。あの悪魔をそう名付けました」
「……そうか、それはまた独特だな」
微妙な反応になるだろうことは承知の上だったが、会話を終えるのに都合がよかった。
「しばらく邪魔をしないでください」
ベッティーナはさっそく、プルソンの力を借りて過去透視を行うこととする。
明らかに強力な悪魔である以上、魔力を惜しんで探りを入れ下手に刺激した結果、狂暴化させたらまずいと考えたためだ。
普段、プルソンは酒をやらねば、特殊な力は貸してくれない。だが、天使にはしゃぐ姿を見られていた件について、昼間に叱りつけたばかりだ。
少しは反省したのかもしれない。ここは素直に、ベッティーナの前へとやってくるので、その首元に両手を重ねて三角を作った。
黒の魔力が一気に吸い取られていく。何度体験しても、こればかりは慣れない。黒くて深い、闇の底へと引き込まれる感覚に襲われる。
リナルドがなにやら言っているが、落とし穴のはるか上の方から聞こえてくるような感覚で、はっきりとは聞き取れなかった。
どうしようもなく、暗い気持ちに襲われる。いつか味わった世界でただ一人にされる孤独を疑似体験しているうちにやっと、必要魔力に達したらしい。
透明になったプルソンの身体が、ベッティーナの内側へと溶け込んでくる。
「……目が変わったな、いい瞳じゃないか」とのリナルドの声は、ここでやっと聞えてきた。
分かりやすいお世辞は聞かなかったことにして、その白蛇じみた瞳を正面から目が合うことのないよう、ヒシヒシへと向ける。
そうすることで、その過去の記憶を見ることに成功した。
まず映ったのは、彼女が小さな少女だった時代の記憶だ。このあたりの商家の人間として生活をしていた彼女は、近所では有名になるほどの美人であった。
なるほどたしかに美しく、色気もあり、可愛げもある。
妙齢になると、言い寄ってくる男の数も多く、また大金を積んでも彼女を嫁に迎え入れようとするものもいた。
『ありえないわよ、そんなの。私はもっと素敵で格好よくて、かつお金も持っている男と結婚するの』
が、幼い頃から周りの人間によって培われてきた自尊心がそうはさせなかったらしい。
自分の容姿を強く信じ込んだ彼女は、やがて貴族階級の男たちとの恋を夢見る。そして――
すべてを確認しおえたベッティーナは、気分が悪くなって顔をうつむける。壁によりかかってしまう。
「どうしたんだい、ベッティーナ君。とりあえずここを離れようか。万が一があって、あいつの正面に出たら大変だからね」
リナルドはそんなベッティーナを引っ張り、路地から離れていく。
目の力を使うのをやめても、調子は戻りそうにもなかった。
黒魔術の副反応、だけではなかった。なんならむしろ前にも使ったばかりだから身体が慣れたのか、そこはましに抑えられていたほうだ。
最悪だったのは、流れ込んできた記憶の方だった。
「本当に大丈夫かい? 僕を手伝って君が倒れるなんてのは、御免だよ」
リナルドは、ベッティーナにヒール魔法をかけんとするが、そんなもので効果があるわけもない。これは、精神的なダメージによるものだ。
なぜなら、あの悪魔・ヒシヒシが最終的に恋をした貴族というのは、この国の第二王子。
まぎれもなくこの男、リナルド・シルヴェリだったからだ。
ベッティーナは力の抜けていた拳を固め魔力を指輪へと込めて、プルソンを呼びだす。そのうえで、暴れまわらないように、強い魔力で彼を引き付けておいた。
『なんだ、ベティ。こいつと一緒に行動してんのか』
なにかを察したのか、小声でプルソンが言う。
『のっぴきならない事情なのよ。それよりほら、そこ。見えるでしょう』
『あぁ、ひしひし感じてるぜ。こりゃたしかにすごいのがいるな。奴の名前は、ヒシヒシでどうだ』
やはり、プルソンが認めるほどの大物のようだ。
そしてネーミングセンスは、相変わらず皆無である。どうしても擬音を繰り返したいらしいし、そう聞くとなんだか弱そうにも聞こえた。
「どんな話をしてるんだい?」
そこでリナルドが口を挟む。
悪魔とどんな話をするのかと興味津々の表情だが、その期待に沿えるような有益な会話はしていない。
子どもと話すくらい、なんともない内容でさえある。
「ヒシヒシの話ですよ。あの悪魔をそう名付けました」
「……そうか、それはまた独特だな」
微妙な反応になるだろうことは承知の上だったが、会話を終えるのに都合がよかった。
「しばらく邪魔をしないでください」
ベッティーナはさっそく、プルソンの力を借りて過去透視を行うこととする。
明らかに強力な悪魔である以上、魔力を惜しんで探りを入れ下手に刺激した結果、狂暴化させたらまずいと考えたためだ。
普段、プルソンは酒をやらねば、特殊な力は貸してくれない。だが、天使にはしゃぐ姿を見られていた件について、昼間に叱りつけたばかりだ。
少しは反省したのかもしれない。ここは素直に、ベッティーナの前へとやってくるので、その首元に両手を重ねて三角を作った。
黒の魔力が一気に吸い取られていく。何度体験しても、こればかりは慣れない。黒くて深い、闇の底へと引き込まれる感覚に襲われる。
リナルドがなにやら言っているが、落とし穴のはるか上の方から聞こえてくるような感覚で、はっきりとは聞き取れなかった。
どうしようもなく、暗い気持ちに襲われる。いつか味わった世界でただ一人にされる孤独を疑似体験しているうちにやっと、必要魔力に達したらしい。
透明になったプルソンの身体が、ベッティーナの内側へと溶け込んでくる。
「……目が変わったな、いい瞳じゃないか」とのリナルドの声は、ここでやっと聞えてきた。
分かりやすいお世辞は聞かなかったことにして、その白蛇じみた瞳を正面から目が合うことのないよう、ヒシヒシへと向ける。
そうすることで、その過去の記憶を見ることに成功した。
まず映ったのは、彼女が小さな少女だった時代の記憶だ。このあたりの商家の人間として生活をしていた彼女は、近所では有名になるほどの美人であった。
なるほどたしかに美しく、色気もあり、可愛げもある。
妙齢になると、言い寄ってくる男の数も多く、また大金を積んでも彼女を嫁に迎え入れようとするものもいた。
『ありえないわよ、そんなの。私はもっと素敵で格好よくて、かつお金も持っている男と結婚するの』
が、幼い頃から周りの人間によって培われてきた自尊心がそうはさせなかったらしい。
自分の容姿を強く信じ込んだ彼女は、やがて貴族階級の男たちとの恋を夢見る。そして――
すべてを確認しおえたベッティーナは、気分が悪くなって顔をうつむける。壁によりかかってしまう。
「どうしたんだい、ベッティーナ君。とりあえずここを離れようか。万が一があって、あいつの正面に出たら大変だからね」
リナルドはそんなベッティーナを引っ張り、路地から離れていく。
目の力を使うのをやめても、調子は戻りそうにもなかった。
黒魔術の副反応、だけではなかった。なんならむしろ前にも使ったばかりだから身体が慣れたのか、そこはましに抑えられていたほうだ。
最悪だったのは、流れ込んできた記憶の方だった。
「本当に大丈夫かい? 僕を手伝って君が倒れるなんてのは、御免だよ」
リナルドは、ベッティーナにヒール魔法をかけんとするが、そんなもので効果があるわけもない。これは、精神的なダメージによるものだ。
なぜなら、あの悪魔・ヒシヒシが最終的に恋をした貴族というのは、この国の第二王子。
まぎれもなくこの男、リナルド・シルヴェリだったからだ。
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