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二章
33話 博愛主義者と綺麗ごと
しおりを挟む見えない魂にまで配慮することなど、普通ではありえない。
当然ベッティーナは、そこまで心が綺麗ではなかった。人のもとで好き勝手に浄化魔法を行い、悪霊らを虐げる精霊・天使を憎んだことは何度もある。
だが、悪霊を見捨てておけないという点においては、リナルドと一致していたから、その頼みを引き受けた。
むろん断れる機会など、はなからなかったようなものだが。
「さて、そろそろ仕事に行こうか。本当にそれだけでよかったの?」
約一刻ほどが経って、リナルドはやっと満足したらしい。ほくほくとした顔で、ベッティーナに聞く。
もともと大して腹が減っていたわけでもない。
あまりにしつこく勧められるから、格好だけでもと購入したブレッドの最後のひとかけらを口に入れ終える。
「ええ、十分ですよ」
と応えれば、彼はもう何周かした大通りをついに曲がり脇道へと入っていく。すでに薄暗く、君の悪い雰囲気が出始めていた。だんだんと、どす黒い魔力が近づいてくるのも、肌に感じられる。
「ここだよ」
何度か道を曲がった生活路をさらに裏路地へと入る手前で、彼はぴたり足を止めた。壁に隠れるよう言われたので、そのとおりにする。
「どうやら、ここにいる地縛霊らしいんだけど……」
路地を覗きこめばたしかに悪霊、いやこの圧の強さからしてその上位的存在である悪魔がいた。
人型でかつ、長い髪を地面まで垂らした女の容姿をしていて、下を向いたまま微動だにしない。
足先まではっきりと視認できて遠目には人間のようにも見えるが、それにしては他のすべてが異様だ。その一本一本の髪は針みたいに尖っており、家屋に突き刺さっているものもあった。
かなりどす黒い力を感じたから、あの髪にからめとられたら、気が狂ってしまうのだろう。
『いい男、いい男、どこ……』
はっきりと声も発していた。ペラペラとは違い、放っておいてもしばらくは消えそうにない力強さだ。
「見えるかい?」との問いにベッティーナはこくりと、首を縦に振る。
「そうか、やっぱり。最近、男ばかりがこの路地裏を覗きこんでは、身体中ぼろぼろ、しかも心ここにあらず状態で帰ってくるらしいんだよ。みんなそろって、『綺麗だ』って何回も繰り返すらしい。この路地裏の正面に出ていくと、金縛りにあって身体が動かなくなるとか、フラヴィオが言ってたっけな」
リナルドはベッティーナの耳元でささやく。
襲われた男性たちはその後、しばらくはうなされるだけうなされ、中には死を選ぶ者もいたとか。そのため近くの住民らは現在、別の場所へ避難しているという。
話を聞くに、かなり強力だ。人間に直接働きかけるばかりか、明白に害を与えている。
「……死人が出ているのに、浄化しなくてもいいのですか」
一応、ベッティーナは聞いておく。
悪霊・悪魔の願いを聞き届け、見捨てないことを信条にしているベッティーナではあるが……
お付きのメイドが殺されかけるなど、あまりに与える影響が大きい場合は強硬手段で戦うことも過去にはあった。
苦い経験がよみがえって、唇を噛む。きれいごとだけでは、立ち行かないのだ。
「何度かは精霊師も呼ばれて浄化をこころみたらしいけど、失敗したみたいなんだ。つまり協力だから僕に話が回ってきたんだけど……。僕らがやる以上は、問答無用の浄化は最終手段にしたいね」
だのに、ここでも彼はあくまで理想を口にする。
ベッティーナには到底理解のできないことであったが、今はとにかく言われたとおりにやるほかない。秘密を握られている側なのだ。
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