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二章
24話 公爵令嬢に気に入られる。
しおりを挟む「お初にお目にかかりますわ、ベッティーノ様」
声音は低く、抑えめ。けれど、耳にはすっと入ってくる。
純白のハイウエストドレスに、腰元から下は幾重にも重なったレースを垂らし、足元はこれでもかと高いハイヒール。
長い巻き髪を背中に悠然と揺らす女性は、貴族ばかりが集まる空間の中でも、ひときわ目立つ。
「わたくし、ミラーナ・オルラドと申します。代々、財政管理を務めるオルラド公爵家の第三令嬢をしております」
高貴すぎる女性が向こうから率先して挨拶をしてきたのだから、あっけに取られた。ベッティーナは戸惑いつつ、とりあえず自己紹介を行う。
が、できたのはそこまでだ。とくに会話の種が見つからないから、そのエメラルドグリーンの丸い瞳を、ベッティーナはただ見つめる。
全体的に落ち着いた印象だった。ゆるやかな曲線を描いて膨らんだ輪郭も、ほんのり朱色がさした頬も、形のいい小さな耳も、そこにかかるウェーブかかった上品なミディアムヘアも、その印象に拍車をかける。
大事に大事にと育てられてきたことが、その見目だけで想像がついた。
頭に括り付けられた桃色の花を模した髪飾りも、緩めに開けられた胸元に光ってアクセントになるダイヤ、クリスタルの腕輪など、さまざまなアイテムをこれだけ使いこなしているあたりも、さすがは公爵令嬢というところなのだろう。
ベッティーナがそれらを身に着けても同じようにはならないだろう。
などと勝手に考えていたから、
「あなた、婚約者などはいらっしゃいますの?」
そこへ振られた話題には大層驚かされた。
思ったより深く、一気に懐へと踏み込まれた気分だった。
いきなり剣で喉元を突かれた感覚で、ベッティーナは一拍子固まってから、ありのままを答えることとする。
「……そのようなものはおりません」
すると、そこであからさまに態度が変わった。
すすっとベッティーナの肩口へ身を寄せてきた彼女は、顔をまじまじと下からのぞき込む。いわゆる上目遣い。
「まぁまぁ! それは、いいですわね、そうですか。アウローラ王家の方なのですよね。ぜひ話してみたいと思っていたんです! そうだ、たとえばおお酒などは飲まれるんですかぁ?」
それまでの落ち着いているという印象が、雪崩を起こして崩れていく。
一気に、豹変したと言っても過言ない。声のトーンは数段高くなり、瞳はわざとらしいくらいに光って揺れていた。
さっきまでとは、まるで別人のようだ。可愛くすがって餌をねだる小動物みたいになっている。
「お酒はあまり飲まないのですが」
「あぁ、いいですわね、そういうの。お酒を過度に好きな人間とか、ろくな人間がいないですから。わたくしも、紅茶や最近はやりのハーブティーの方が好きですわ」
「……ハーブティーなら、私も飲みます」
「お、一致しましたわね! じゃあご趣味はあられますの」
「えと、一応時間ができた時には読書をすることが多いですね。今はリナルド様の屋敷におりますので、書庫を使わせていただいております」
「読書、きましたね、これ! うんうん、今のところベスト!」
……なにが来たのだろう。
ベッティーナをそっちのけで握りこぶしを固めるオルラド公爵令嬢の手前、ベッティーナはつい眉をしかめる。が、彼女はすぐに「あ、今のは忘れてください」と、袖のレースで口元を隠して笑う。
一応、その辺の所作は令嬢っぽいのだが、
「それで、どんな本をお読みになりますの? たとえば、物語とか魔術書とか、ご系統を教えていただきたいなぁとか思うんですけどぉ」
すぐにこれだ。
とんでもない、押され方であった。じりじりと詰め寄って来るので、ベッティーナは一歩、二歩と後退する。
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