上 下
24 / 59
二章

24話 公爵令嬢に気に入られる。

しおりを挟む


「お初にお目にかかりますわ、ベッティーノ様」

 声音は低く、抑えめ。けれど、耳にはすっと入ってくる。

 純白のハイウエストドレスに、腰元から下は幾重にも重なったレースを垂らし、足元はこれでもかと高いハイヒール。

長い巻き髪を背中に悠然と揺らす女性は、貴族ばかりが集まる空間の中でも、ひときわ目立つ。

「わたくし、ミラーナ・オルラドと申します。代々、財政管理を務めるオルラド公爵家の第三令嬢をしております」

 高貴すぎる女性が向こうから率先して挨拶をしてきたのだから、あっけに取られた。ベッティーナは戸惑いつつ、とりあえず自己紹介を行う。

 が、できたのはそこまでだ。とくに会話の種が見つからないから、そのエメラルドグリーンの丸い瞳を、ベッティーナはただ見つめる。

全体的に落ち着いた印象だった。ゆるやかな曲線を描いて膨らんだ輪郭も、ほんのり朱色がさした頬も、形のいい小さな耳も、そこにかかるウェーブかかった上品なミディアムヘアも、その印象に拍車をかける。

大事に大事にと育てられてきたことが、その見目だけで想像がついた。


頭に括り付けられた桃色の花を模した髪飾りも、緩めに開けられた胸元に光ってアクセントになるダイヤ、クリスタルの腕輪など、さまざまなアイテムをこれだけ使いこなしているあたりも、さすがは公爵令嬢というところなのだろう。

ベッティーナがそれらを身に着けても同じようにはならないだろう。

などと勝手に考えていたから、

「あなた、婚約者などはいらっしゃいますの?」

 そこへ振られた話題には大層驚かされた。

思ったより深く、一気に懐へと踏み込まれた気分だった。
いきなり剣で喉元を突かれた感覚で、ベッティーナは一拍子固まってから、ありのままを答えることとする。

「……そのようなものはおりません」

すると、そこであからさまに態度が変わった。

すすっとベッティーナの肩口へ身を寄せてきた彼女は、顔をまじまじと下からのぞき込む。いわゆる上目遣い。

「まぁまぁ! それは、いいですわね、そうですか。アウローラ王家の方なのですよね。ぜひ話してみたいと思っていたんです! そうだ、たとえばおお酒などは飲まれるんですかぁ?」

 それまでの落ち着いているという印象が、雪崩を起こして崩れていく。

 一気に、豹変したと言っても過言ない。声のトーンは数段高くなり、瞳はわざとらしいくらいに光って揺れていた。

 さっきまでとは、まるで別人のようだ。可愛くすがって餌をねだる小動物みたいになっている。

「お酒はあまり飲まないのですが」
「あぁ、いいですわね、そういうの。お酒を過度に好きな人間とか、ろくな人間がいないですから。わたくしも、紅茶や最近はやりのハーブティーの方が好きですわ」

「……ハーブティーなら、私も飲みます」
「お、一致しましたわね! じゃあご趣味はあられますの」

「えと、一応時間ができた時には読書をすることが多いですね。今はリナルド様の屋敷におりますので、書庫を使わせていただいております」
「読書、きましたね、これ! うんうん、今のところベスト!」

……なにが来たのだろう。

 ベッティーナをそっちのけで握りこぶしを固めるオルラド公爵令嬢の手前、ベッティーナはつい眉をしかめる。が、彼女はすぐに「あ、今のは忘れてください」と、袖のレースで口元を隠して笑う。

 一応、その辺の所作は令嬢っぽいのだが、

「それで、どんな本をお読みになりますの? たとえば、物語とか魔術書とか、ご系統を教えていただきたいなぁとか思うんですけどぉ」

 すぐにこれだ。

とんでもない、押され方であった。じりじりと詰め寄って来るので、ベッティーナは一歩、二歩と後退する。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

戦場の英雄、上官の陰謀により死亡扱いにされ、故郷に帰ると許嫁は結婚していた。絶望の中、偶然助けた許嫁の娘に何故か求婚されることに

千石
ファンタジー
「絶対生きて帰ってくる。その時は結婚しよう」 「はい。あなたの帰りをいつまでも待ってます」 許嫁と涙ながらに約束をした20年後、英雄と呼ばれるまでになったルークだったが生還してみると死亡扱いにされていた。 許嫁は既に結婚しており、ルークは絶望の只中に。 上官の陰謀だと知ったルークは激怒し、殴ってしまう。 言い訳をする気もなかったため、全ての功績を抹消され、貰えるはずだった年金もパー。 絶望の中、偶然助けた子が許嫁の娘で、 「ルーク、あなたに惚れたわ。今すぐあたしと結婚しなさい!」 何故か求婚されることに。 困りながらも巻き込まれる騒動を通じて ルークは失っていた日常を段々と取り戻していく。 こちらは他のウェブ小説にも投稿しております。

婚約破棄され逃げ出した転生令嬢は、最強の安住の地を夢見る

拓海のり
ファンタジー
 階段から落ちて死んだ私は、神様に【救急箱】を貰って異世界に転生したけれど、前世の記憶を思い出したのが婚約破棄の現場で、私が断罪される方だった。  頼みのギフト【救急箱】から出て来るのは、使うのを躊躇うような怖い物が沢山。出会う人々はみんな訳ありで兵士に追われているし、こんな世界で私は生きて行けるのだろうか。  破滅型の転生令嬢、腹黒陰謀型の年下少年、腕の立つ元冒険者の護衛騎士、ほんわり癒し系聖女、魔獣使いの半魔、暗部一族の騎士。転生令嬢と訳ありな皆さん。  ゆるゆる異世界ファンタジー、ご都合主義満載です。  タイトル色々いじっています。他サイトにも投稿しています。 完結しました。ありがとうございました。

前世では美人が原因で傾国の悪役令嬢と断罪された私、今世では喪女を目指します!

鳥柄ささみ
恋愛
美人になんて、生まれたくなかった……! 前世で絶世の美女として生まれ、その見た目で国王に好かれてしまったのが運の尽き。 正妃に嫌われ、私は国を傾けた悪女とレッテルを貼られて処刑されてしまった。 そして、気づけば違う世界に転生! けれど、なんとこの世界でも私は絶世の美女として生まれてしまったのだ! 私は前世の経験を生かし、今世こそは目立たず、人目にもつかない喪女になろうと引きこもり生活をして平穏な人生を手に入れようと試みていたのだが、なぜか世界有数の魔法学校で陽キャがいっぱいいるはずのNMA(ノーマ)から招待状が来て……? 前世の教訓から喪女生活を目指していたはずの主人公クラリスが、トラウマを抱えながらも奮闘し、四苦八苦しながら魔法学園で成長する異世界恋愛ファンタジー! ※第15回恋愛大賞にエントリーしてます! 開催中はポチッと投票してもらえると嬉しいです! よろしくお願いします!!

【完結】聖女召喚に巻き込まれたバリキャリですが、追い出されそうになったのでお金と魔獣をもらって出て行きます!

チャららA12・山もり
恋愛
二十七歳バリバリキャリアウーマンの鎌本博美(かまもとひろみ)が、交差点で後ろから背中を押された。死んだと思った博美だが、突如、異世界へ召喚される。召喚された博美が発した言葉を誤解したハロルド王子の前に、もうひとりの女性が現れた。博美の方が、聖女召喚に巻き込まれた一般人だと決めつけ、追い出されそうになる。しかし、バリキャリの博美は、そのまま追い出されることを拒否し、彼らに慰謝料を要求する。 お金を受け取るまで、博美は屋敷で暮らすことになり、数々の騒動に巻き込まれながら地下で暮らす魔獣と交流を深めていく。

転生者は力を隠して荷役をしていたが、勇者パーティーに裏切られて生贄にされる。

克全
ファンタジー
第6回カクヨムWeb小説コンテスト中間選考通過作 「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。 2020年11月4日「カクヨム」異世界ファンタジー部門日間ランキング51位 2020年11月4日「カクヨム」異世界ファンタジー部門週間ランキング52位

人質王女の恋

小ろく
恋愛
先の戦争で傷を負った王女ミシェルは顔に大きな痣が残ってしまい、ベールで隠し人目から隠れて過ごしていた。 数年後、隣国の裏切りで亡国の危機が訪れる。 それを救ったのは、今まで国交のなかった強大国ヒューブレイン。 両国の国交正常化まで、ミシェルを人質としてヒューブレインで預かることになる。 聡明で清楚なミシェルに、国王アスランは惹かれていく。ミシェルも誠実で美しいアスランに惹かれていくが、顔の痣がアスランへの想いを止める。 傷を持つ王女と一途な国王の恋の話。

ちょっと神様!私もうステータス調整されてるんですが!!

べちてん
ファンタジー
アニメ、マンガ、ラノベに小説好きの典型的な陰キャ高校生の西園千成はある日河川敷に花見に来ていた。人混みに酔い、体調が悪くなったので少し離れた路地で休憩していたらいつの間にか神域に迷い込んでしまっていた!!もう元居た世界には戻れないとのことなので魔法の世界へ転移することに。申し訳ないとか何とかでステータスを古龍の半分にしてもらったのだが、別の神様がそれを知らずに私のステータスをそこからさらに2倍にしてしまった!ちょっと神様!もうステータス調整されてるんですが!!

婚約破棄騒動に巻き込まれたモブですが……

こうじ
ファンタジー
『あ、終わった……』王太子の取り巻きの1人であるシューラは人生が詰んだのを感じた。王太子と公爵令嬢の婚約破棄騒動に巻き込まれた結果、全てを失う事になってしまったシューラ、これは元貴族令息のやり直しの物語である。

処理中です...