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一章
11話 念話
しおりを挟む黒の魔力を活かすことで、声を出さずとも悪霊との意思疎通をはかることができる。
普段、プルソンと普通に会話を交わしているのは魔力の消費を抑えるためだ。
とある事情で、ベッティーナの魔力量は限られている。そして疲れるのは好きではないという、ただそれだけの理
由である。
返事はなかった。
聞こえていないのかと疑ってしまうぐらい、うつろな目をしたままベッティーナを見ようともしない。
同じ悪霊でも、生い立ち次第でその性格は変わる。彼は寡黙で内気なほうなのだろう。
だからベッティーナは勝手に続けることとした。
『あなたはどういうわけでこの霊障を引き起こしているの? なにか理由があるのかしら。あるなら、正直に言った方がいいわよ。これ以上むやみに魔力を放出し続けたら、あなたは未練を果たせずに消えてしまう』
返事はないだろうと、半ば決めつけていた。
『……清き志を奪うな』
が、それは地面に落とすようにぼそりと呟かれる。
何度も何度も繰り返すから、錯乱しているようだった。少なくとも、まともなコミュニケーションは望めそうになかっただが、この程度で諦めたりはしない。
さらにいくつかの質問をぶつけては、その反応から情報を得ようとする。
『……今回の霊障の原因は、やめることになったここの司書が関係あるの?』
そして、ここではじめて彼の纏っていた暗い空気がわずかながら揺らいだのをベッティーナは見逃さなかった。
リナルドが言う『司書がかけさせた妨害魔法だ』という説は的外れではあったが、関係はあるらしい。
『その司書があなたにとって大事な人間だったの?』
糸口を得たベッティーナはさらに質問を投げかける。
『あなたは、やめた司書に特別な思いを抱いていた?』
連想される理由をいくつか聞いてみたが、そこから瘴気が揺らぐことはなく完全にふさぎ込んでしまった様子だ。
ベッティーナは、そこでその悪霊に話しかけるのを諦める。これ以上、同じことをしていても意味がなさそうだった。
冷えた夜の空気に、ため息をつく。こうなったらしょうがない。
『……プルソン。例の黒魔術を使うわ』
辺りの警戒を行わせていた使い魔へ向けて念話を使い、こちらへと呼び寄せる。
『ひひ、待ってたぜ、そう言ってくれるのを。やっと面白くなってきたじゃねえかよ』
さっきまではつまらなさそうにしていたというのに、これだ。
浮かれすぎたプルソンはベッティーナの周りを旋回しながら、不気味な笑い声をあげる。しかも、どんどんと高笑いになっていく。
もしその声が誰か他人に聞こえていたなら、間違いなく誰もかれもが逃げる。顔が見えていたなら、たぶん気を失う。
が、ベッティーナにとっては、ただただ煩わしいだけだ。
『プルソン、うるさい。……それで、なにをお望みなの?』
悪魔は特殊な力を貸す際、なにかを要求してくる。
それに応えることで力を貸してくれるのだが……
『簡単な話だ、聞くまでもないだろ? オレが欲しいのは、酒だ。できればうまい白のワインが浴びるように飲みてぇ。それとつまみも用意しろ』
プルソンの場合、実に簡単だ。
『……まったくあなたって本当、煩悩の塊ね。そればっかりじゃない。霊が飲み食いしても、栄養になるわけでもないのに』
『ひひ、分かんねぇ奴だな、ベティも。そんなのはうまくて酔えれば関係ねぇんだ。普段は我慢してやってるんだ、いいだろ? しかしまぁ酒の魅力を知らないなんて、もったいねぇな』
プルソンとはもう数年来の相棒だが、この点においてはまるで分かり合えない。
普通、霊というのは浄化作用のある酒類を嫌うはずなのだが、なぜかプルソンはそれを好んで求めるのだ。
今でこそ禁じているが、初めて彼と出会った数年前には勝手にそこかしこから盗んできたこともあって困ったものだ。
たぶん前世では、とんでもない酒豪だったのだろうが、それは考えて分かるものではない。
ベッティーナはため息をつく。
面倒には思ったが、機嫌のすこぶるよくなったプルソンに急かされる形で、一度部屋へと引き返した。
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