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一章

8話 男色疑惑

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「天使が滅多なことを言うものじゃないよ、ラファ。彼はうちの国にとっても、大事な人なんだからこれから親しくしてやってくれ。それより、そこの剥げてしまった芝生を直してくれるかい?」
「なんだ、これくらい? あたしにかかれば、これくらいすぐだね」


 こう頼みこめば、ラファと呼ばれた天使はすぐにそれに従った。

日の光を反射せずとも輝く不思議な粒子が、剥げてしまった芝生の上へと降り注ぐ。

すると簡単に緑がよみがえるのだから、驚きだ。草の先までぴんと張っていた。

いわゆる治癒魔法だろう。

そもそも精霊師にしか使えない魔法であるうえに、かなり高度な魔法が目の前で使用されていた。

「うん、これで元通りになったね。ありがとう助かったよ、ラファ」
「また用があったらすぐに呼んでくれれるといいよ、ご主人。あなたのためなら、なんでもするよ」

 この一週間ほど、プルソンを屋敷の井たるところへ遣わして情報収集は済ませていたが、その情報通りだ。

リナルドは、精霊たらしとも呼ばれるくらい、精霊たちに気に入られており、かなり強力な精霊魔法を使う事ができる。国の中でも有数の魔法使いらしい。

……だというのに、だ。

ベッティーナは視線が向いていることがばれぬよう、庭の陰に潜んでいる悪霊へと目をやる。

そう、なぜかこの屋敷には悪霊も多い。少なくとも間違いなく、悪霊たちを消し去る浄化魔法は施されていない。

 リナルドは見えないことが理由だとしても、悪霊が見えるはずの天使や精霊すらも、その存在を容認している。

 なぜだろう、とベッティーナは瞑目し改めて考える。

「悪かったね、君は魔法が使えなかったのだったね。精霊にも興味がなかったかな」

 話しかけられ目を開けて、思わず声を失った。

その整いすぎた顔がこちらを、鼻先が触れるような距離でのぞきこんでいたのだ。
ぎょっとしたベッティーナは慌てて距離を取ろうとして、地面を蹴ろうとする。

しかし足の筋肉痛のせいベンチから落ちかけたところ、手を引かれた。

「……ありがとうございます」
「いいや、僕の方こそ驚かせて悪かったよ」

 これこそが、ベッティーナが彼に苦手意識を持った理由だった。

 とにかく、やたらと距離が近いのだ。さっきの顔の近さなんて、恋人同士の距離感だろう。

それが女性相手だったのなら、まだマシだったかもしれない。軽薄な男だと割り切って接すればいいからだ。

が、今のベッティーナは女ではなく、男としてこの屋敷にいる。それが問題であった。

「おはようございます、リナルド様。こんなところにいらしたのですね! 探しましたよ」

ちょうどそこへ、新たな人物が現れる。

リナルドのお付きをしている執事、フラヴィオ・ブルーノだ。

背が低く目が丸っこくて、声が高いのがその特徴だ。なんとなく犬みたいだ、とベッティーナは勝手に思っている。

「これはこれは、隣国の。いたのですね」

だが、そのしっぽが振られるのは、リナルドに対してだけである。

ベッティーナのことは眼中にもないらしく一転して冷たい声でそう言われたと思ったら、その場で業務の話を始めたりなどしてしまう。

(だから、よそでやってくれないかしら……)

そう考えながら、一方で目を切れなかったのは、リナルドに対してまことしやかに囁かれていた噂のことがあったからだ。

それは、リナルドが男色を好むという噂である。

「リナルド様、現在進めているハウスメイドの採用についてですが――」
「あぁ、その件か。うん、あんまり人手不足にならないようにしたいところだから、早めに頼むよ」

その噂の根拠とされているのが、この執事・フラヴィオとの関係性だ。


このフラヴィオはここ数か月のうちにお付きの執事として雇われたらしいのだが、そこからリナルドは彼ととくに懇意にしている。ことあるごとに一緒にいるうえ、相談事もよく行っているそうで、その仲の良さはかなりのものらしい。

さすがに面白がっているだけだろう。

そう思っていたが、目の前で見ると、たしかにただの主従関係を超えて親しいようにも映った。

 それに男色の噂が本当なら、さっきのベッティーナへの近すぎる距離感も理解ができる。


 ぞわりと身の毛がよだった。

 もし彼が男に興味があったとした場合、女だとばれたらどうなるか分かったものじゃない。あまり接すれば、見抜かれる危険性も高そうだ。

 噂の真偽がどうであれ、極力関わらないようにしよう、と。

ベッティーナは改めてそう思いなおす。

二人が深く話し込む横をすり抜けるようにして、部屋へと戻ったのであった。
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