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五章 深川めし
五章 深川めし(5)
しおりを挟む叔母とはそこで別れて、私はひふみさんとカフェへハシゴをする。誘ったのは、私の方からだった。私のやりたいことをするには、彼女に話を通さなくては義理が通らないと思ったのだ。
ひふみさんは、一つ返事で快諾してくれた。テーブルを挟んで、彼女と向かい合う。
どうせぐずぐずしても仕方ない。すぐに本題へ入ろうとしたところ、
「あたし、先に話してもいい?」
先手を取られた。どうぞ、と私が譲れば彼女はにっと笑う。
「実は一昨日ね。告白したんだ、えももに」
その口から飛び出したのは、衝撃的な発言だった。思わず、背もたれから離れて、前のめりになる。
「……本当ですか。……その、それで?」
私は唾を飲んで問い返した。
答え次第では、ついさっき固めた気持ちとはいえ、自分の気持ちに蓋をしなくてはいけない。
ひふみさんは、紅茶に角砂糖を溶かしているところだった。スプーンが陶器に当たって、からからとリズムよく音が鳴る。
機嫌はよさそうだった。もしかするとうまくいったのかもしれない。そう邪推をしかけていたら、
「しっかり断られたよ~」
へらへらと軽そうに笑った。
「なんだったら、もうご飯も持ってこないで、って言われたよ。手伝ってもらったのに、ごめんね。こんな結果で」
彼女は頭の後ろに手をやり、あくまでも笑顔のまま続ける。
それが作りものなのは、潤んだ目で分かった。
今の彼女に私の思いをぶつけるのは、あまりに身勝手というものだ。どう言葉をかけていいか分からなくなって、口をつぐむ。
「それで? さたっちの話って?」
この流れでは言いにくい。私がもじもじときまり悪くしていたら、
「まぁ大体分かるけどね」
ひふみさんは、また角砂糖を入れながら言った。
「さたっちも、えもものこと好きなんでしょ?」
スプーンを半時計に回す。ひふみさんの口角は、変わらず上がっていた。けれど、しっかり上を向いたまつげの奥、目は笑っていない。
中途半端を許してくれる雰囲気ではなかった。言葉だけではない、心の奥底までだ。少しでもそこに迷いがあるなら、きっと彼女は私を認めてくれない。
胸に手を当てる。自分の心をもう一度確かめてから、私はこくりと首を縦に振った。
「うん。江本さんが好き」
口にすると、なんだか舌には馴染まなかったけれど、心にはすんと沈みいるものがあった。心が、収まるべき場所を見つけたような感覚だ。
ひふみさんは、そっかそっかと目を細める。また角砂糖を一つ落とした。
「本当はね、初めて会った時から薄々気付いてたんだ。そうじゃないかなぁって」
「そうなんですか?」
「うん。女の勘ってやつ。でも、そしたらさたっちがライバルじゃん? だから知らなかったフリをしたの。しかも弱みに漬け込んで、協力までお願いした。ほんと根性悪いね、あたし」
「……そんなことありません」私は言い切って、首を横に振る。
たしかに見方によっては、善人ではないかもしれない。でも裏を返すなら、それは好意の強さに他ならない。真実を聞いたからと言って、彼女を憎む気には全然なれなかった。というより、なってはいけない。
「ほんと優しいし強いね、さたっちは。よーし、決めた! 今度はあたしが協力するよ!」
「えっ、いやその、別にそこまでしてくれなくても……」
「いいの、いいの! させてよ。この場で済む協力だからさ♪」
そう言うと、彼女は携帯を操作しはじめる。画面に目を落とし、指の動きは止めないままで
「昨日えももに聞いたんだ。しばらくバイト行かないよう言われたんでしょ?」
「……はい。ちょっと事件がありまして」
「それも聞いたよ」
「昨日もお店に行かれたんですか?」
告白してフラれたのが一昨日なら、その翌日も会いにいったことになる。私には到底できないだろう。
「ううん、違う。これ見て」
彼女が見せてくれたのは、トーク画面だった。目を凝らすと、相手からは、かなりの長文が綴られている。こんな絵文字一つない堅苦しい文章を書くのは、知る限り彼しかいない。
「まぁ簡単に言うと、えももに頼まれたんだ。さたっちを励ましてくれ、って。
面白かったよ~。あたしにお願いするのは違うかもしれないけど、頼みたいって一生懸命だった」
「……江本さんがそんなことを?」
「うん。店に来るな、って言った僕から慰めの言葉をかけても説得力ないだろうから、だってさ。
本当は秘密にしておいてって言われてたんだけどね。その秘密をバラすのがさたっちへの恩返しで、えももへのちょっとした仕返し!」
べーと赤い舌を出してから、ひふみさんはふふっと相好を崩す。
「あたしだけに頼んだんじゃないみたいだよ。共通の知り合いには声をかけたんだってさ。ちなみに、あたしがさっきの店の前にいたのは、たまたまじゃないよ?」
その一言で、今日起こった出来事全てに合点がいった。
叔母は、偶然私をランチに誘いに来たのではなかったのだ。あのフレンチ店を選んだのもなにも、江本さんに頼まれてだったわけだ。
スマホをいじっていた彼女の姿を思いだす。あれは料理の写真を撮っていたんじゃない。江本さんを通じて、ひふみさんと連絡をとっていたんだ。
ただ突き放しただけじゃなくて、ここまで私のことを考えていてくれた。その事実だけで、もう思いが溢れ出してしまいそうだった。
「それで、さたっちはどうしたいの?」
「私は……」
私はろくに飲んでいなかったコーヒーをぐいっと飲み干して立ち上がる。
釣られたのか、ひふみさんも一気飲みして、甘すぎる! と頬を引きつらせていた。角砂糖の入れすぎは無意識だったらしい。
「お店に行きます! 私が狙われてるのに、江本さんに任せっぱなしではいられませんから」
「そっか、うんうん、いいと思う。じゃあ健闘を祈る!」
ひふみさんは、ぐっと親指を立てる。同じようにグッドマークを作ってから、私は拳をちょんと合わせた。
私はひふみさんを置いて、カフェを出る。『郷土料理屋・いち』は、程近いところにあった。本当は今すぐにでも行って、江本さんに会いたい。
でも、それより前にやっておかなければいけないことがあった。
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