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四章 アレンジ料理
四章 アレンジ料理(3)
しおりを挟む私と江本さんをテーブル席に座らせらて、ひふみさんはその間に大股で立つ。
「じゃーん、ばっちりでしょ。ひふみん流郷土料理セット! これの味をえももに見てもらいたくて今日はきたんだ~。さたっちも食べてよ」
そして、こう誇らしげに腰に手を当てた。
テーブル席の卓上に展開されたのは、タッパーに詰められた、手作りと思われる料理たちの数々。ただし全て一風変わっていて、
「この山形だしはねぇ。トルティーヤチップスを砕いて入れてみたの! あと好きだからパクチーを大量に!」
「ちゃんちゃん焼きはね、あたしが魚より肉派だから、北海道っぽくジンギスカン! 味噌は~……なんとなく白味噌!」
どうよと彼女は自信ありげに顎をしゃくる。
これはどうなんだろうか、もはや別の料理なのでは……?
「それでは、お言葉に甘えて」
プロに話を聞こうとしたら、彼は卓上に裏返してあった小皿を既にひっくり返していた。相変わらず料理のこととなると目がない。食べてみなくては、ということなのだろう。
私も、いただくことにする。箸をつけたのは、山形だしから。
「どうかな、新しいでしょ、美味しくない?」
たしかに美味しくはあった。
パリッと野菜に、サクッとスナックの食感は楽しい。本来の山形だしが持つ抜けるような清涼感に、トルティーヤの香ばしさ、パクチーの苦みが乗っかっている。
けれど、ただ乗っているだけだった。前と後とで味が分離している。
「……新しいけど、美味しいけど、なんというか」
ここまで言ってしまってから、私ははっと口を覆った。わざわざ作ってきてくれた人に失礼だ。
「忘れてください! なんでもないです!」
「佐田さんの言う通りです。これでは、一つの料理とは言えませんね」
せっかくごまかしたのに! きっと江本さんを鋭く見るが、彼はもう次の料理、ちゃんちゃん焼きに手をつけていた。
そして、これにも全く遠慮をしなかった。
「もはや別の料理ですね。こちらは大味だと感じます」
普段、おばさま方に絡まれたら、石像になるくせに。料理のことになった途端にこれだ。そこらの姑より容赦ない。
普通、手作りを差し入れてこの酷評なら心が折れるもの。
「まずこのジンギスカンですが、下処理が甘いので獣臭さが──」
けれど、ひふみさんは、ふんふんと話を聞いていた。ほんのり口角が上がっているようにも見える。
少し引きで見てみたら、若者カップルみたいなのに、この会話はおかしい。ちくっとなにかが胸を刺したのは気にしないこととして、私は笑った。
私たちが一通り味見し終えてから、やー、とひふみさんは銀髪を指にかけ、くるると回す。
「やっぱりだめかー、ちょっとやりすぎた?」
「基本ではございませんね」
「それは分かってるよ? でもでも、やっぱり自分の好きな味で勝負したいじゃん。どうしてもアレンジしたいの」
「アレンジというのは基礎に則ったうえで行うものです」
江本さんは、きっぱりと言う。しかし、対するひふみさんは、それではめげない。そうだよね、となぜか楽しそうだ。
彼女がここへ来た理由が分かってしまったかもしれない。もしかしたら、料理の味見などではなく──。
「じゃあ次はそうする~。今回は食べてくれてありがとね、二人とも♪」
そう思いかけたそばから、ひふみさんは、タッパーをしまい始めた。
「えっ、そのためだけにきたんですか」
私はつい声を上げてしまった。すぐに口を塞ぐ。
「そうだよ。それ以外ある?」
ひふみさんは、にっと人懐っこい表情を見せた。
「あ。ね、月曜日も来ていいかな。今日のリベンジをしたいの」
その笑顔に押されてか、江本さんは曖昧な返事をする。それを了解と取ったのだろう、彼女は
「じゃあまたね♪」
と江本さんの胸を小突く。それから、私の方へも謎のグッドマークをくれて、暗がりへと駆けていった。
まるで嵐だった。店内に静けさと雨音が戻って少し、締め作業に戻る。
「まさか前のバイトさんが、こう派手な方だったとは思いませんでした」
私は溜めていた皿洗いをしつつ、仕込みを再開していた江本さんに話を振った。
「僕も初めて彼女が面接に来たときは驚きましたよ。なにせここは郷土料理屋です」
それについては、ひふみさんもびっくりだったろうな、と思う。まさか金髪青年が店主とは誰も思うまい。
「けれど、彼女は料理がかなりお好きでいらっしゃいましたので採用としました。
ここで働いていた時も、僕に認めてもらうまでは、と豪語して、今のように手作りを持ってきていたくらいですから。その時も、変わったものばかりではありましたが」
「そんなに料理が好きなら、どうしてやめたんですかね?」
そのおかげで私は拾ってもらえたわけだから、ありがたいことではあるのだが、不思議だ。
「就職される、とおっしゃっていました。なんでも工場の内勤だとか」
「そっか、三月末だったから就職シーズンだ」
「はい。急に言われたもので、僕としては困ったのですが、したいことがあるなら仕方ありません。でも、そのタイミングで佐田さんに会えたので、結果的にはよかったと考えております」
「そ、そうですか」
その物言いに不覚にも私はドキッとしてしまう。江本さんには従業員以上の感情などないだろうに。
手がぶれて、皿を置くのが少し雑になってしまった。ガシャンと陶器同士が鳴ったことを特に咎めることなく、それにしても、と江本さんは呟く。
「斎藤さんにはそろそろアレンジではなく、オリジナルのよさを知ってほしいものです。
あのような理にかなわないアレンジでは、いつまでも僕は認められません。彼女も、バイトを辞めてまで手作りを持ってくるのは大変でしょう」
「えっと、それなら、普通にお店の料理を食べて貰えば?」
「それで納得するのなら苦労しておりませんよ」
たしかにこの店主の作る料理は、ミシュランで星がついてもおかしくないくらいには、既に絶品だ。それをわざわざ弄るからには、よほど彼女にはアレンジへのこだわりがあるのだろう。
「アレンジというのはうまくハマれば効果的ですが、既にバランスよくできている料理を崩しかねないリスクもあるのです。
それ自体が悪いことではありませんが、あまりに型を外れてしまったものはそもそも別のものになってしまう。とくに、郷土料理はあくまで伝統あってのものですから」
アレンジとだけ聞けばお手軽そうなものだが、どうやら奥が深いらしい。うーんと私は少しだけ考えて、
「じゃあ完璧な基本の料理を出せば、ひふみさんも納得してくれますね、きっと!」
結局とても浅い発言をしてしまった。たわごとでも、自分に留められないのが私だ。それにこの言い方では今の料理が不十分みたいに取られかねない。
しかしこれに、江本さんはまるで名案かのような反応を見せた。
「なるほど、いいかもしれません。完璧というわけにはいきませんが、努力次第でそれに近づけることはできますから」
ストイックだなぁ、江本さんは。この分だと、今日からでも味の探究を始めるのだろう。
「ところで佐田さん、月曜日のお昼は空いていらっしゃいますか?」
「はい、とくになにも。って……えっと?」
「よろしければ、少し付き合ってもらえないでしょうか」
「あぁ、なんだ。料理の味見役ですか。いいですよ」
「いえ、少し買い物をしたいのです。上野に詳しいだろう佐田さんなら、と思いまして。ご都合はいかがでしょう」
え。もしかして普通にお出かけに誘われている? 全然流れはわからないけれど。
私は、つい皿洗いを一旦放棄する。彼に近寄り、もう一回言ってください、と聞き返す。というより、詰め寄る。すると、そっくりそのまま繰り返された。
どうして、なんで。江本さんの下ろす包丁の音とは正反対に、私の頭はぐちゃぐちゃになっていく。そして、
「食材の仕入れに付き合ってもらえると嬉しいのですが。もちろん給料はお出しいたします」
見え透いたオチがついた。まぁそんなことだろうとは思っていたけれど、少し肩が落ちる。
「どうでしょうか」
でも答えを迫られて、はい、と頷いた。お出かけには違いない。
声が少し裏返ってしまった。
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