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四章 アレンジ料理

四章 アレンジ料理(2)

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いくら人気が回復してきたとはいえ、この雨だ。店を訪れる客はやや少なくて、比較的落ち着いた営業になった。

九時半を回り、ラストオーダーを締め切る。最後のお客様を見送ってから、私はレジで今日の売上を数えることにした。
一番にお金の管理から行うのは、締め作業のルーティンだ。

「ひーふーみー……」

さて、今日はどれくらい売り上げただろう。初期の頃はこんなことしなくても、把握できたことを思えば、贅沢な時間だ。わざと音を大きく鳴らして指でお札を弾いていたら、

「えっあたしのこと?」

いつの間にか、目の前にアッシュのかかった銀髪の女の子が立っていた。

「あたし、斎藤ひふみって言うんだ~」

鋭く胸元がV字に切り込まれた服といい、十センチはあろうヒールといい、一言でいうならギャルだった。
集中しすぎてしまって、入店していたことに気づかなかったみたいだ。

「あー、なるほど、それで。……お客様、今日はもうラストオーダーとなっておりまして」
「分かってるって。だからこの時間にきたの! バイトちゃん雇ったんだね、えもも」

え、えもも……? 

ゆるキャラかと勘違いしかけたが、口ぶりからして、誰のことかは分かった。

彼女がキッチン奥へその緩いあだ名を呼びかけると、えもも、もとい店主は手に大根を一本持ったまま出てくる。ゆるキャラにしては、かなり無愛想だ。

「やっほー、なに作ってんの?」
「……お久しぶりでございます、斎藤さん。今はぶり大根用の大根を」
「あー、たしか富山の! 違ったっけ?」
「合っております。よく覚えていらしますね」
「そりゃあまだ辞めて三ヶ月だもん」

お金を数えつつ話を耳に入れていて、誰だか察することができた。

私の前に、ここで働いていた人だ。そういえば、臨時バイトをした日に借りた制服には『斎藤』と縫い付けてあったっけ。

それにしても、まさかこんな今風な女の人が「先輩」だったとは思わなかった。金髪と銀髪、二人で和食屋をしていたわけだから、初見の客は大いに驚いただろう。

「それで。ね、さたっちは何ヶ月目なの?」

ひふみさんは、カウンター席にぴょんと跳ねるように座る。マスカラたっぷりな目が見たのは、私の方だ。

「さ、さたっち……?」
「ん。胸に名前書いてあったから。読み方違ったかな? さだ?」
「いえ、さたであってますけど。三カ月です、はい」
「入ったの、あたしやめてすぐじゃん! やっぱり人足りなかったんだ」

初対面でため口に、あだ名呼び。江本さんとは真逆だ。最初から限りなく、ゼロ距離ときた。

「それで、このような時間にどうなさいました」

店主の方はと言えばは、やはり一定距離を保とうとしている感じがする。手持ち無沙汰そうに大根を上から下から眺めながら、言う。

「なんだもっと歓迎してよ。久しぶりの再会なわけじゃん?」
「はい。それで、どうなさいました」

「もー、えもも。そんなんで接客大丈夫なの」
「……佐田さんがいてくれますから。それで?」

なんだろう、矛と盾の争いみたい。しばし勝負の行方を見守るつもりでいたら、

「はいはい分かった分かった。ちゃんと言うよ。だから二人とも、ちょっと休憩にしない?」

すぐ休戦になった。

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