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一章 山梨・ほうとう、群馬・おっきりこみ
一章 山梨・ほうとう、群馬・おっきりこみ(4)
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「佐田さん、大丈夫ですか」
江本さんがキッチンの奥から駆け出てくる。
軽く打った箇所が少し痛むが、怪我はなさそうだった、私は頷く。ほっと小さく息をついた店主は、破片が飛び散っているのを見てだろう、
「お客様、大変失礼いたしました。ホウキを取ってまいります。佐田さんは、少し休んでいてください」
また後ろへ下がっていった。
言われた通りに引っ込むべきなのは分かっていた。だが、まずいと分かっていながらも、私は睨むことをやめられなかった。
心には店に来る前に私を覆っていたようなどす黒い思いが押し寄せてきている。耳慣れてしまった怒鳴り声が、がんがんとリフレインしていた。
「お嬢ちゃん、反抗的な目してるなぁ。お客様にそれはないと思うぞ」
「あなたが転かしたんじゃないですか」
「人になすりつけるのは、やめてくれないかな。全くしつけがなってないなぁ」
ふん、と一人客の男は鼻を鳴らす。
意地の悪さが滲み出たような顔つきをしていた。ごつごつとしたネックレスを着崩したスーツの首元で、じゃらりと弄ぶ。
「お詫びにお酌くらいしてくれてもいいんじゃないの? ほらよ」
とっくりを手で払うように、私の方へ寄せてきた。また落とされては敵わない。私がその首を掴むと、きっと目をしがめて奪われる。
「とっくりを注ぐ時の持ち方も知らないとはなぁ、社会人になって困るぞ。してもらわない方がマシだな」
「あなた、なんなんですか。どういうつもりですか」
「お前らの接客態度がむかついたんだよ。へらへら喋りやがってよ。挙句、店長は金髪ときた」
「はい? あなたに迷惑をかけてはないと思います」
いけない、安い挑発だ。他のお客様もこちらを注目している。ただこうなった私の口は、もう滑り続けてしまう。
「寂しくて喋りたいというなら相手しますよ」
まさに売り言葉に買い言葉だった。しばらく中身のない応酬をしたあと、男は、そもそもここは人を騙すような店なんだ、と吐き捨てる。
「メニューが二百越えって謳ってるから来てみたら、似たようなもんを違う名前で出してるだけじゃねーかよ」
「……たとえば?」
「しらばっくれるなぁ。たとえば、そこの二つ。こんなもん、ほとんど同じじゃねぇかよ。食う気なくして、手もつけてねぇよ」
男のテーブルの上には、たしかに似たような麺ものの器が置いてあった。
色味は少し違うけれど、たしかに入っている具材はかなり似ている。幅広の麺などは、全く同じに見える。時間が経って、汁を吸っているせいもあるかもしれない。
「客を舐めてるとしか思えないな。この、なんだったか、たしか山梨と群馬の」
所詮臨時バイトの私にはなんの料理かさえ分からない。なべ焼きうどんのようだけれど……。首を振っていると、
「ほうとう、それから、おっきりこみ、のことでしょうか?」
背後から、救いの手が入った。江本さんだ。
「対応、代わります。できたら、この辺りを掃除しててもらえないでしょうか。踏むと危ないので」
「はい、あの……すいません」
私はホウキと塵取りを彼から受け取ると、やっと我に返る。
またやってしまった。大人しく言い分を聞いていれば良かったものを、笑顔で受け流していれば済んだものを、大ごとにしてしまった。
「気にしないでください」
江本さんは事もなげだったけれど、私は下げた頭が上がらない。
ホウキの柄をきゅっと握りしめる。自責の心でいっぱいだった。たかが臨時バイトの分際で、江本さんに泥を被らせることになってしまった。店長として責任を取って、彼が平謝りするのだろう。
「店主さんのお出ましか。そうだよ、その通りだ。メニューのカサマシなんてこすいことしやがってよ」
「……分かったようにおっしゃらないでいただけます?」
だが私の予想図は外れていた。彼は思いのほか、毅然とした態度を取りはじめる。
「ほうとう、おっきりこみ、たしかに二つは似ていますが、違います。一口でも食べたのでしょうか、あなたは」
「……いや食べてないが」
「ではもう一度作って差し上げましょう」
「そんなことは頼んでねぇよ」
「もちろん料金はいただきません。そこまでコケにされては、こちらもただ黙っているわけにはいきませんから」
むしろ、男を押しているようにさえ見えた。おばさま方を相手にたじろいでいた時から、人が変わったかのようだった。言葉は重く、力が篭っている。
「では、出来次第お持ちします」
店長は、三角巾を結びなおしながら、調理場へと立つ。
私は床を雑巾掛けまでしてから、その後を追った。
ごめんなさい。なんとしても、もう一度きちんと伝えておきたかった。だが、江本さんがかなり集中をしているのが傍目にも分かって、私は黙って再び残った洗い物に手をつけていく。
でも気にはなるわけで。彼が揺すっている手鍋を覗き見る。
やはり同じような具材が煮立つ中に、これまた同じにしか見えない麺が生のまま、打ち粉を落とさずに加えられていた。かぐわしい匂いを漂わせながら、煮ること十分以上。
ほとんど同時に、若干片方を長く煮て、ようやく物ができあがる。最後に、長く煮た方へなにやら加えていた。
それを、器になぜかそれぞれ二皿ずつ盛る。
「佐田さん。もしよろしければ、食べてはもらえませんか? あなたは郷土料理のよさが分かる、冴えた舌をお持ちだと思いますので」
「えっ私ですか」
「味方しろ、などとは申しません。中立的な立場ということで」
「はい……。もちろん、やらせてください!」
驚いたけれど、それで少しは贖罪になるのなら、と思った。
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