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三章 サキュバスが帰ると言い出して。
第29話 さようならご主人様。
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六
しばし黙ったまま見つめ合う。
ぬるい五月の夜風が二人の間を吹き抜けたあと、
「ご主人様、告白の時間ですよ」
結愛は乱れる髪もそのままに、僕に笑いかけて告げた。取って貼り付けたような、作りものの笑顔だった。
「……まだじゃないの、まだ帰り道じゃないよ」
「いえ、今です。ご主人様、澄鈴さんがいないこと気づいてましたか?」
「え、いや。さっきまではその辺にいたと思うんだけど」
僕は公園のあちこちを走るクラスメイトたちの中、目を皿にする。けれど、たしかに黒髪ショートは見当たらない。
「ほんとしっかりしてください。澄鈴さん、ずっと吉田さんと二人でいますよ。今もあそこで」
「は、はぁ? いつから!? なんで」
結愛が指差した木陰に、二人を見つける。
ただならぬほど距離感が近かった。吉田くんは、今に襲いかからんとしているようにも映る。澄鈴は少し身を逸らすようにして、彼を避けていた。
「あいつ止めなきゃ」
思わず前のめりになるが、結愛が僕の腕を引く。
「落ち着いてください。私がやったんです。吉田さんに欲望に忠実になるよう、魔法をかけました」
「はぁ? そんなことしたら澄鈴が危険じゃないか」
「それも安心してください。澄鈴さんは守ってますよ、手を出される心配はありません。ボーリング場で散々サービスしてあげた分、吉田さんをヒールとして利用させて貰ったんです」
結愛は僕がぽかんとするのには構わず、続ける。
「さぁ助けてきてください。ちょんと押すだけで、吉田さんは倒せますから。それで告白するんです」
要するに、吉田くんを悪役にしてヒーローになれ、ということだった。ラストにして、とんだチート作戦だ。
「……出来レースじゃないか」
「いいんですよ。澄鈴さんのナイトは、ご主人様なんです。別にシーンが偽物だろうと、人が本物なら関係ありません。それにこれまでも散々ズルしてきましたよ。今更、正義なんて言いっこなしです」
「そうだけどさ。大体、帰り道に自然にって話じゃなかったのかよ」
「それはご主人様がボーリング場でうまくアピールできた場合の話です。あの有様じゃあ告白できないと思ったので、大掛かりなことをさせてもらいました。これで、間違いなく告白できますよ」
「……それにしたって先に言えって、そういうことは」
まだ踏ん切りはついていなかったのに。
人の気持ちを知りもしないで、全く勝手な悪魔だ。
反論が返ってくるのだろうと待っていたら、
「……ごめんなさい」
予想とは外れて、消え入るような呟きがあった。
僕がそれに気取られていたら、結愛はこちらに近寄る。こてんと力なく、頭を僕の胸に預けた。
水紋が広がるように、じわりと心の内が熱くなる。
「ごめんなさい。最初から最後まで勝手でしたね、私は」
「……全くだよ。こんな大事なこと、急すぎるだろ」
「ごめんなさい、ご迷惑たくさんかけましたね。許して……とは言いません。でも
全部私なりに、ご主人様のためなんです。それだけ信じてください。お願いします」
痛切な声だった。
鈍感な僕でも、結愛がどういう意図でそう言うのかは分かった。
告白が成功すれば、結愛はゲームへ戻る。いわば、これはお別れの挨拶だ。それも、もう金輪際の。
「……ゲームの中、帰るんだよね」
「えぇ、ご主人様が告白を成功させれば。でも絶対成功するので、帰りますよ」
「そうしたら、もう話せない?」
「そうですね、今これで最後です」
「そっか……」
「えぇ、でも元に戻るだけです。またご主人様の日常を覗き見できるの、楽しみにしてますね。画面の向こうから」
そんなの勝手だ、勝手すぎる。僕からはスマホの中、動かない彼女しか見られなくなるというのに。
僕は唇を噛んで、自分の靴先を睨みつける。
意識しないよう避けてきたのだけれど、もう限界だった。
散々困らされた、とんだ迷惑をいくつも被った、課金だっていくらしたか。
けれどそれでも、僕はこのポンコツ悪魔がいなくなることが、どうしても寂しいらしい。
「そんな深刻な顔しないでください。私が戻らなかったらご主人様死ぬんですよ? むしろ喜んで送り出すべきです」
だが、それを持ち出されたら、僕に言えることはなくなる。
しばし黙ったまま見つめ合う。
ぬるい五月の夜風が二人の間を吹き抜けたあと、
「ご主人様、告白の時間ですよ」
結愛は乱れる髪もそのままに、僕に笑いかけて告げた。取って貼り付けたような、作りものの笑顔だった。
「……まだじゃないの、まだ帰り道じゃないよ」
「いえ、今です。ご主人様、澄鈴さんがいないこと気づいてましたか?」
「え、いや。さっきまではその辺にいたと思うんだけど」
僕は公園のあちこちを走るクラスメイトたちの中、目を皿にする。けれど、たしかに黒髪ショートは見当たらない。
「ほんとしっかりしてください。澄鈴さん、ずっと吉田さんと二人でいますよ。今もあそこで」
「は、はぁ? いつから!? なんで」
結愛が指差した木陰に、二人を見つける。
ただならぬほど距離感が近かった。吉田くんは、今に襲いかからんとしているようにも映る。澄鈴は少し身を逸らすようにして、彼を避けていた。
「あいつ止めなきゃ」
思わず前のめりになるが、結愛が僕の腕を引く。
「落ち着いてください。私がやったんです。吉田さんに欲望に忠実になるよう、魔法をかけました」
「はぁ? そんなことしたら澄鈴が危険じゃないか」
「それも安心してください。澄鈴さんは守ってますよ、手を出される心配はありません。ボーリング場で散々サービスしてあげた分、吉田さんをヒールとして利用させて貰ったんです」
結愛は僕がぽかんとするのには構わず、続ける。
「さぁ助けてきてください。ちょんと押すだけで、吉田さんは倒せますから。それで告白するんです」
要するに、吉田くんを悪役にしてヒーローになれ、ということだった。ラストにして、とんだチート作戦だ。
「……出来レースじゃないか」
「いいんですよ。澄鈴さんのナイトは、ご主人様なんです。別にシーンが偽物だろうと、人が本物なら関係ありません。それにこれまでも散々ズルしてきましたよ。今更、正義なんて言いっこなしです」
「そうだけどさ。大体、帰り道に自然にって話じゃなかったのかよ」
「それはご主人様がボーリング場でうまくアピールできた場合の話です。あの有様じゃあ告白できないと思ったので、大掛かりなことをさせてもらいました。これで、間違いなく告白できますよ」
「……それにしたって先に言えって、そういうことは」
まだ踏ん切りはついていなかったのに。
人の気持ちを知りもしないで、全く勝手な悪魔だ。
反論が返ってくるのだろうと待っていたら、
「……ごめんなさい」
予想とは外れて、消え入るような呟きがあった。
僕がそれに気取られていたら、結愛はこちらに近寄る。こてんと力なく、頭を僕の胸に預けた。
水紋が広がるように、じわりと心の内が熱くなる。
「ごめんなさい。最初から最後まで勝手でしたね、私は」
「……全くだよ。こんな大事なこと、急すぎるだろ」
「ごめんなさい、ご迷惑たくさんかけましたね。許して……とは言いません。でも
全部私なりに、ご主人様のためなんです。それだけ信じてください。お願いします」
痛切な声だった。
鈍感な僕でも、結愛がどういう意図でそう言うのかは分かった。
告白が成功すれば、結愛はゲームへ戻る。いわば、これはお別れの挨拶だ。それも、もう金輪際の。
「……ゲームの中、帰るんだよね」
「えぇ、ご主人様が告白を成功させれば。でも絶対成功するので、帰りますよ」
「そうしたら、もう話せない?」
「そうですね、今これで最後です」
「そっか……」
「えぇ、でも元に戻るだけです。またご主人様の日常を覗き見できるの、楽しみにしてますね。画面の向こうから」
そんなの勝手だ、勝手すぎる。僕からはスマホの中、動かない彼女しか見られなくなるというのに。
僕は唇を噛んで、自分の靴先を睨みつける。
意識しないよう避けてきたのだけれど、もう限界だった。
散々困らされた、とんだ迷惑をいくつも被った、課金だっていくらしたか。
けれどそれでも、僕はこのポンコツ悪魔がいなくなることが、どうしても寂しいらしい。
「そんな深刻な顔しないでください。私が戻らなかったらご主人様死ぬんですよ? むしろ喜んで送り出すべきです」
だが、それを持ち出されたら、僕に言えることはなくなる。
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