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三章 サキュバスが帰ると言い出して。
第25話 あれもしかして今……。
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三
有料ガチャにより豊富になった僕のキャラボックスを漁れば、『エンムスビちゃんとエンキリちゃん』以上に有用なキャラがいる可能性はある。それに一度失敗したくらいで諦められるような元手の課金額ではない。
夜更かし上等でキャラ情報を吟味した結果、僕が数いる中から見出したのは、「アメフラシクン」だった。名の通り、特技名は『雨降らし』。雨を呼び天気をも操るというハイスペックなキャラだ。
「お空、高いですねー」
しかし朝から、青い空は透き通るばかりで、雲ひとつない。
「これじゃあ僕はただのぬいぐるみ愛好家じゃないか」
白い目にも耐え、全長五十センチはある彼を、わざわざ傘と一緒に胸に抱えて持ってきたのに、だ。
アメフラシクンは、微動だにしなかった。もはや生物か無機物かさえ疑わしい。
「気まぐれなんです。全ては、この子の機嫌次第です」
「もうそれ、普通の天気と変わらないよね……」
「ご主人様が悪いんですよ。ゲームの中じゃこの子の技命中率は10%なんですから考えたら分かりそうなものなのに」
「まさかそこが現実でも同じだと思わなかったんだ。というか降水確率10%ってことなら、この置物むしろテルテル坊主じゃん」
「まぁまずは気長に待ちましょう? 要は、放課後までに降ればいいんです」
雨で澄鈴の部活がなくなれば、一緒に帰ることができる。狙いは、実に単純明快だったのだが。
結愛の言葉を信じて待てども、カンカン照りのまま日はてっぺんを超える。僕はアメフラシクンをひっくり返して吊り下げたり、試すことは試したのだが、晴れ模様は揺るぎない。
そして、あっさり夕方になった。
「ダメなものですねぇ」
夕暮れの教室、終業後一時間もすれば、僕と結愛の他に残る人はいない。
澄鈴の属するテニス部の掛け声が、四角い窓の外から空しく響いた。
「帰りましょうか、そろそろ。今日は諦めましょう。明日のクラス会、誘われたんですよね?」
「あぁ、うん」
そりゃあもう情熱的な長文メッセージが、吉田くんから届いていた。
「なら、まだ望みはありますよ。今度こそ正攻法でいきましょうね。これじゃあ神頼みと変わりません」
僕は曖昧に頷いて、ロッカーに忍ばせていたアメフラシクンを、朝と同じように抱える。
貴重な一日を費やしたが、この子は、なんの役にも立たなかった。けれど彼の、一本線で描かれた口や目は、絵文字のよう。どこか可愛く憎めなくて、僕は何度かその頭を叩く。
すると、急にほつほつと。
「あ、雨……! 雨ですよ!」
窓の外はみるみるうちに曇りがかって、夕立になった。
まさか頭にスイッチでもあったのだろうか。そんな簡単な作りだったら、今日一日は、なんだったんだ。
いずれにしても、
「今降ってもなぁ。むしろ厄介なだけだよ」
もう遅い。部活が切り上がったとしても、澄鈴が教室に戻ってくることはないだろう。
「そうですか? 私は雨、好きですよ」
「どうしてさ。雨って鬱陶しいんだよ。寒いし、道は滑りやすくなるし、洗濯物は干し直なきゃいけないし」
「洗濯物は、ご主人様の怠惰のせいですし。むー、それでも好きなんです」
「なんでさ。あ、ゲームの中だと水は貴重だから、とか?」
「いいえ。もっと簡単です、相合傘をすればご主人様に合法的に引っ付けます♪」
「す、少なくとも、今、引っ付くのは違法だろ」
僕はすり寄るサキュバスを引き剥がす。いちいち胸が鳴るのが、もどかしい。
むー、と結愛は唇を尖らした。
「どうせ外に出るまでの数分の差じゃないですか! ちょっとのフライングは許容範囲だと思うんです」
リズムよく折り畳み傘を放っては掴む。批判めいた言葉の割には、嬉しそうな様子だった。
傘はその一つしかない。あわよくば澄鈴と相合い傘をと思って、一つしか用意していなかったのだった。
「さて、帰りましょうか。二人で」
「これ以上待っても仕方ないよね」
「えぇ。それに、私もう触れたくてウズウズして我慢できません」
「……せめて校門出るまでは我慢してくれよ」
「まぁ貰えると分かってるので、お預けもやぶさかではないですよ?」
教室の電気を消す。
僕らが、まさに教室を後にせんとした時、後方の扉が開いた。
「あんたら、まだおったんや?」
そこには思いがけない人がいて、目を見開く。テニスウェア姿の澄鈴がいた。
人気のない教室で結愛と二人。妙な誤解をされて、告白が遠ざかってはたまらない。
「え、うん、昨日から連続で補習があってさ。ちょうど帰ろうかと思ったら雨。ほんと困るよ」
昨日のことがあったから幸い、それらしい嘘がつけた。
「ウチも困った。急に降るから、おかげで焦って逃げてきたんよ。タオルも教室に忘れとるし」
「そっか。それは、その、災難だったね」
そうは言っても、単発しか弾がない。次弾を込めるのに手間取っていたら、
「澄鈴さん、お困りですか? 私がナイトになって差し上げましょうか」
「なんであんたがナイトなんよ?」
「あら。昨日の澄鈴さんは、私に一途で可愛かったんですよ?」
「なっ!! あれはなんか身体がおかしくってやなぁ!」
結愛が、いつものごとく勝負をふっかけた。
「心の奥では、私のことが好きってよく分かりましたよ。その想いに応えてあげたいところではあるんですが」
しかし、普段なら長々と続くやり合いを結愛はする気がないらしい。
鞄を背負い直す。僕に傘を渡すと、代わりにアメフラシクンを攫った。
通り一辺倒の笑顔を浮かべて、
「今日はピアノ教室からのスイミングスクール、それからお塾なんで、お先に失礼しますね」
先々出ていった。
僕が反射的に止めようとすると、頭の中にメッセージがポップアップする。
『澄鈴さんとうまくやってくださいね。コツは、とにかく褒めるといいですよ』
それで、前のめりになった体重を、爪先で踏み止めた。
「光男、えぇの。行ってもうたけど」
「え、あぁ、……うん」
澄鈴に向き直る。心音が駆け上がって、オクターブを一つ上げた。
湿気のせいだろう、巻いた髪がストレートに下りた澄鈴は、普段の快活な印象からは翻って、大人っぽい。
「習いごとなんかさせてるんやね。お金大丈夫なん?」
「えっと、今無料体験期間中だから?」
「全部体験って、させすぎちゃう? いつから教育ママになったんよ。あははっ」
窓が風に揺らされる。澄鈴の笑い声が、雨音の中に解けて消えた。
無音はいけない。なにか話さなければ。追い込まれて
「す、澄鈴、今日は雰囲気違うね。その、いつもより大人っぽいというか」
結愛のアドバイスに従うことにした。目は合わせられなかったが、及第点だろう。
「そう? 雨のせいかな。褒めてくれてるんなら、ありがとうな」
「思ったこと言っただけだよ」
「そ。なら、ウチも思ったこと言わんとね」
「なにかあるの、僕はなにも変わらないと思うけど」
「ううん。最近の光男は……なんやろ、少しおかしいと思うで。あの子、甘利さんが来てからは特にやね」
僕は目を伏せる。
言えないのだ。君に告白をできなければ死ぬからだとは。そして大前提として、君を好きだから、とは、どうしたって言えるわけが
「なにも悪くいうてるわけやないよ? むしろ面白くなって、えぇと思う。ウチは今の光男も好きやで」
「……え」
なかったのだが、
「あ、でも、そ、その変な意味やないよ! その、ただ幼なじみとして、人として好感持てるってだけ!」
様子がおかしい。澄鈴は顔を朱に染めて、支離滅裂に早口になる。手ぐしをする頻度が上がる。
「とにかく違うんよ! そりゃあ、甘利さんと二人でいるところ見たら、なんとなくムカつくけど、それも別に好きってわけじゃなくて……もう! なに!? じゃあ、あんたはウチのこと嫌い?」
話が乱れたが、これほどノータイムで答えが済む事はなかった。
「ううん。嫌いだなんて思ったこともないよ」
「そう、まぁ、そりゃそうやんね、あはは……」
沈黙が帰ってくる。しかし、さっきとは明らかに質が違った。
放課後、二人、そして好きとか嫌いという話題。それはまるで。
「う、う、ウチ着替えてくるから!」
澄鈴は、扉を豪快に開けると、上靴鳴らして走り去っていく。
「十分後に昇降口!」
置いてけぼりにされた教室。うん、という呟きとともに僕に残ったのは、不確かな手応えだった。
あれ? もしかして今、告白できたんじゃ――
有料ガチャにより豊富になった僕のキャラボックスを漁れば、『エンムスビちゃんとエンキリちゃん』以上に有用なキャラがいる可能性はある。それに一度失敗したくらいで諦められるような元手の課金額ではない。
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「お空、高いですねー」
しかし朝から、青い空は透き通るばかりで、雲ひとつない。
「これじゃあ僕はただのぬいぐるみ愛好家じゃないか」
白い目にも耐え、全長五十センチはある彼を、わざわざ傘と一緒に胸に抱えて持ってきたのに、だ。
アメフラシクンは、微動だにしなかった。もはや生物か無機物かさえ疑わしい。
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「まさかそこが現実でも同じだと思わなかったんだ。というか降水確率10%ってことなら、この置物むしろテルテル坊主じゃん」
「まぁまずは気長に待ちましょう? 要は、放課後までに降ればいいんです」
雨で澄鈴の部活がなくなれば、一緒に帰ることができる。狙いは、実に単純明快だったのだが。
結愛の言葉を信じて待てども、カンカン照りのまま日はてっぺんを超える。僕はアメフラシクンをひっくり返して吊り下げたり、試すことは試したのだが、晴れ模様は揺るぎない。
そして、あっさり夕方になった。
「ダメなものですねぇ」
夕暮れの教室、終業後一時間もすれば、僕と結愛の他に残る人はいない。
澄鈴の属するテニス部の掛け声が、四角い窓の外から空しく響いた。
「帰りましょうか、そろそろ。今日は諦めましょう。明日のクラス会、誘われたんですよね?」
「あぁ、うん」
そりゃあもう情熱的な長文メッセージが、吉田くんから届いていた。
「なら、まだ望みはありますよ。今度こそ正攻法でいきましょうね。これじゃあ神頼みと変わりません」
僕は曖昧に頷いて、ロッカーに忍ばせていたアメフラシクンを、朝と同じように抱える。
貴重な一日を費やしたが、この子は、なんの役にも立たなかった。けれど彼の、一本線で描かれた口や目は、絵文字のよう。どこか可愛く憎めなくて、僕は何度かその頭を叩く。
すると、急にほつほつと。
「あ、雨……! 雨ですよ!」
窓の外はみるみるうちに曇りがかって、夕立になった。
まさか頭にスイッチでもあったのだろうか。そんな簡単な作りだったら、今日一日は、なんだったんだ。
いずれにしても、
「今降ってもなぁ。むしろ厄介なだけだよ」
もう遅い。部活が切り上がったとしても、澄鈴が教室に戻ってくることはないだろう。
「そうですか? 私は雨、好きですよ」
「どうしてさ。雨って鬱陶しいんだよ。寒いし、道は滑りやすくなるし、洗濯物は干し直なきゃいけないし」
「洗濯物は、ご主人様の怠惰のせいですし。むー、それでも好きなんです」
「なんでさ。あ、ゲームの中だと水は貴重だから、とか?」
「いいえ。もっと簡単です、相合傘をすればご主人様に合法的に引っ付けます♪」
「す、少なくとも、今、引っ付くのは違法だろ」
僕はすり寄るサキュバスを引き剥がす。いちいち胸が鳴るのが、もどかしい。
むー、と結愛は唇を尖らした。
「どうせ外に出るまでの数分の差じゃないですか! ちょっとのフライングは許容範囲だと思うんです」
リズムよく折り畳み傘を放っては掴む。批判めいた言葉の割には、嬉しそうな様子だった。
傘はその一つしかない。あわよくば澄鈴と相合い傘をと思って、一つしか用意していなかったのだった。
「さて、帰りましょうか。二人で」
「これ以上待っても仕方ないよね」
「えぇ。それに、私もう触れたくてウズウズして我慢できません」
「……せめて校門出るまでは我慢してくれよ」
「まぁ貰えると分かってるので、お預けもやぶさかではないですよ?」
教室の電気を消す。
僕らが、まさに教室を後にせんとした時、後方の扉が開いた。
「あんたら、まだおったんや?」
そこには思いがけない人がいて、目を見開く。テニスウェア姿の澄鈴がいた。
人気のない教室で結愛と二人。妙な誤解をされて、告白が遠ざかってはたまらない。
「え、うん、昨日から連続で補習があってさ。ちょうど帰ろうかと思ったら雨。ほんと困るよ」
昨日のことがあったから幸い、それらしい嘘がつけた。
「ウチも困った。急に降るから、おかげで焦って逃げてきたんよ。タオルも教室に忘れとるし」
「そっか。それは、その、災難だったね」
そうは言っても、単発しか弾がない。次弾を込めるのに手間取っていたら、
「澄鈴さん、お困りですか? 私がナイトになって差し上げましょうか」
「なんであんたがナイトなんよ?」
「あら。昨日の澄鈴さんは、私に一途で可愛かったんですよ?」
「なっ!! あれはなんか身体がおかしくってやなぁ!」
結愛が、いつものごとく勝負をふっかけた。
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しかし、普段なら長々と続くやり合いを結愛はする気がないらしい。
鞄を背負い直す。僕に傘を渡すと、代わりにアメフラシクンを攫った。
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「え、あぁ、……うん」
澄鈴に向き直る。心音が駆け上がって、オクターブを一つ上げた。
湿気のせいだろう、巻いた髪がストレートに下りた澄鈴は、普段の快活な印象からは翻って、大人っぽい。
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無音はいけない。なにか話さなければ。追い込まれて
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結愛のアドバイスに従うことにした。目は合わせられなかったが、及第点だろう。
「そう? 雨のせいかな。褒めてくれてるんなら、ありがとうな」
「思ったこと言っただけだよ」
「そ。なら、ウチも思ったこと言わんとね」
「なにかあるの、僕はなにも変わらないと思うけど」
「ううん。最近の光男は……なんやろ、少しおかしいと思うで。あの子、甘利さんが来てからは特にやね」
僕は目を伏せる。
言えないのだ。君に告白をできなければ死ぬからだとは。そして大前提として、君を好きだから、とは、どうしたって言えるわけが
「なにも悪くいうてるわけやないよ? むしろ面白くなって、えぇと思う。ウチは今の光男も好きやで」
「……え」
なかったのだが、
「あ、でも、そ、その変な意味やないよ! その、ただ幼なじみとして、人として好感持てるってだけ!」
様子がおかしい。澄鈴は顔を朱に染めて、支離滅裂に早口になる。手ぐしをする頻度が上がる。
「とにかく違うんよ! そりゃあ、甘利さんと二人でいるところ見たら、なんとなくムカつくけど、それも別に好きってわけじゃなくて……もう! なに!? じゃあ、あんたはウチのこと嫌い?」
話が乱れたが、これほどノータイムで答えが済む事はなかった。
「ううん。嫌いだなんて思ったこともないよ」
「そう、まぁ、そりゃそうやんね、あはは……」
沈黙が帰ってくる。しかし、さっきとは明らかに質が違った。
放課後、二人、そして好きとか嫌いという話題。それはまるで。
「う、う、ウチ着替えてくるから!」
澄鈴は、扉を豪快に開けると、上靴鳴らして走り去っていく。
「十分後に昇降口!」
置いてけぼりにされた教室。うん、という呟きとともに僕に残ったのは、不確かな手応えだった。
あれ? もしかして今、告白できたんじゃ――
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