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二章 幼なじみ攻略作戦スタート!

第22話 サキュバスとお料理。②

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僕は結愛のちょっかいにたいそう苦労して、やっと芋の皮を剥き終える。まな板の上にそれを置こうとして、驚いた。

「お芋は何切りですか? なんでもできますよ!」

にんじんが、イチョウになっていた。
比喩ではない。葉脈から、枝まで。色以外の全てにおいて、実に精巧にイチョウの葉だった。胡瓜も、本当の短冊のよう、上に穴が開いて紐まで再現されている。
だがここまでは、まだ使えそうなのでいい。

「いや、正解は分からないけど、これが間違いってことは僕でも分かるよ」

酷かったのは、玉ねぎだ。竹串が一本、球の真ん中に突き刺してあるだけだった。縄文人でさえもう少し進歩した食べ方をすると思う。
ちゃんと調べたうえで、今度こそ正しい切り方をしてもらう。

「うー……なんか目に染みます!」

結愛は目を赤く腫らして、涙目になっていた。目を瞑ったまま切ったのだろう、玉ねぎがその手元から滑り転がる。
シンクに落ちてしまうのを二度やって、

「もう! かくなる上は──」

結愛のしびれが切れたらしい。玉ねぎを空に浮かべて、時代劇でやる剣舞みたく結愛は目を閉じたままノールックで包丁を振るう。一つ異なるのは型もなにもないことだ。

「なにやってんの、危ないってば!」

派手なパフォーマンスがすぎた。飛び散った汁の一滴が、僕の目に跳ね飛ぶ。

「痛っ~!!!」

僕が激痛にふらりとした時、事件は起きた。
肘が小麦粉の袋を小突いたらしい。開け口を逆さに床に落ちていったそれは、内容量全てを吐き出して、ひっくり返る。
さらに悪いことには、粉に足を取られて、僕は見事に顔から転んだ。

「あっはは、おしろいみたいです! ふふっ、ふふっ。ちょっ、こっち見ないでください、あははっ」

結愛は、よっぽどツボに入ったようで腹を抱えて笑う。

「埋めちゃっていいですか。えいっ」

挙句はしゃがみ込んで、僕に粉を掛けてきた。ここまで弄られると、さすがにシャクだった。

「この悪魔め。これでも食らえ!」

僕は足元の小麦を適当にすくって、悪魔に投げつける。

「やってくれましたね……。悪魔の本気、見せてあげます!」

紫の髪を斑点模様に染めた彼女は、もう両手に粉を握りしめていた。次々放り投げてくる。僕は口にまともにくらって、むせこんでから、

「やってやろうじゃん! 望むところだ!」

小麦玉をこね始めた。
やり合ってると笑えてきて、二人壊れたように粉まみれになる。腹の底から、散々になるまで笑う。
けれど、冷静になるタイミングは唐突に訪れるもので。

「……どうしましょうか、これ」
「どうしようね、これ」

うどん工房でさえ見ないくらい、壁まで真っ白になったキッチンで、僕らはその白に負けず劣らず血の気の引いた表情になった。
初自炊をして澄鈴に料理男子だとアピールするだけのほんわかイベントのはずが、まだ火も使っていないのに、まるで凄惨な殺害事件の現場だ。被害者は小麦粉。。
今日は何回床掃除をするんだろう。僕はため息をつきつつも、乾布巾を取り出してくる。

「これをこうして──」

結愛はと言えば、一面に広がる小麦をキャンバスに、なにやらミステリーサークルのようなものを指で描いていた。それも中心にはなぜか僕のスマホがある。

「なにやってるの、っていうかスマホが小麦まみれだし!」

僕は小言を言いつつ、スマホを回収しようとする。すると途端、その描線がオレンジに光り始めた。真ん中では、スマホが見たことのない光量で点滅する。あまりの眩しさに目をしかめていると、人が一人、突如として、小麦の上に立ち現れた。

「…………は?」

エプロン姿、黒髪をバレッタで後ろにまとめた陰のある風な美人だった。その人を、僕は知っていた。

「料理なら、私に任せて」

ただしこれまた、パズルゲームの中で、だ。

「ハルミンさん、助けてください~。料理してたら失敗しちゃって!」
「……ううん、いいよ。初めてなら仕方ない。アタシが片付けるから、二人とも早く着替えて休んでて」

桜田春美、通称ハルミン。料理が得意という設定の、根暗なお姉さんキャラだった。たしか特技名は、『一人言クッキング』、五秒間だけ対戦相手の動きを止められるとかだった気がする。
そのハルミンは、この惨状にも文句ひとつ言わず、穏やかな表情ですぐに片付けを始める。

「ほんとごめんなさい、後お願いしますね!」

結愛が先に脱衣所に向かう。
僕はまさか一緒にいくわけにも行かず、とはいえただいるのもきまりが悪かったので、小麦粉の処理を手伝うことにした。

「あのー、はじめまして」

どういう挨拶が正しいのか分からず、まずは会釈をする。

「……うん、はじめまして。あ、あの。ここはどこ?」
「えっと、ここは僕の家だよ。ゲームの中じゃなくて現実なんだ」

えっ、と言ったきり活動を停止したようにハルミンの手が止まった。よっぽどショックだったらしい。

「どういうことなの、なんでアタシが現実に? まず落ち着くのよ、ハルミ。深呼吸、深呼吸よ、ハルミ。甘利さんが呼んだから、だわ。うん、そうよハルミ」

ボソボソと口元で呟きだしたが、辛うじて途切れ途切れに聞こえる程度。

「じゃあそもそも甘利さんは現実にいたってことなのかしら。でもでも、どうやってかしら。普通、ゲームのキャラは出てこられないし、出るにはそれなりの代償がいるわよね。出られたとしてもすぐに戻らないと、甘利さん大変なことになるんじゃ──」
そこからは、すっかり一人の世界に耽り込んでしまった。まさに一人言。
それに、結愛が大変なことにって、なにを言っているのだろう。大変なことになっているのは僕の方だ。あの悪魔がここにいる代償は、いわば僕の命。
僕はコミュニケーションを諦め、着替えたあとは、大人しくテーブルについていることにした。
対面に座る結愛に尋ねる。

「なんでハルミンまでこっちの世界に来たの」
「召喚したんです、私の魔法で。便利でしょう? これでもう万事解決です。感謝してください」
「……いや、そもそも結愛が玉ねぎを普通に切ってればだなぁ。というか、料理する前から呼んでおけば、なにも起きなかったじゃ?」
「どうしても二人で料理がしたかったんです! ……ダメ?」
「ダメでしょ」

この見事な真っ白を見たら、仏様でもいいよとは言えまい。僕はキッチンをちらりと見る。
ハルミンは、ようやっと活動を再開しだしたらしかった。せっせと動く彼女を見つつ、僕は思うことがあった。

「精霊だけじゃなくてキャラも召喚できたんだね」
「はい、一昨日の課金でできるようになったみたいです。でも、キャラを呼べる回数は一回ですし、時間も一時間くらいと制約があります。レアリティも、私と同じ『レア』以下のキャラクターだけです」
「……へぇ」

制限があるとはいえ、こんな芸当ができるとは知らなかった。単に感心してから少し、はたと止まる。

「もしかして課金したら、その制約って変わったりする?」
「え、えぇ。まぁ、上限まで特技レベルを解放していただければ、召還時間を延ばすことくらいはできるかと」

──待てよ、だとすればもしかしたらこれはとんでもなく有用なんじゃ。
天啓のような閃きが頭に降ってきた。
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