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二章 幼なじみ攻略作戦スタート!
第18話 サキュバスちゃんは奥の手を発動する
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六限の体育は、サッカーだった。
うちの学校は、グラウンドが狭い。女子が試合中は、男子は待機になる。喧しく雑談に興じる男どもの端、僕は一人、ひそかに葛藤していた。
原因は、「奥の手」である。
結愛は、それが何を指すかを教えてくれなかった。唇に指を当てがって、秘密だから奥の手なんです、と悪徳政治家みたいな答弁をするのみ。
どうせろくなものではない。そう感覚的には理解しつつも、昼休みは上手くいきかけたという妙な希望もあって、強くは制止できなかった。
僕が俯いて考え込んでいると、気づけば妙に男子の応援に熱が入っている。
試合に目を移して、驚いた。結愛と澄鈴がコートの真ん中でボールを挟んで向かい合っている。
「ウチ、運動は自信あるんよ。テニス部でも一番手やし」
「私、苦手ですけど澄鈴さんには勝てますよ? ちょろいから」
「ち、ちょろない! あんたが狡猾なだけや」
なにやってんの、あの二人。チームゲームで、まさかのワンオンワン?
まだ競り合っていたとは。
しかし、こればかりは力量の差が歴然だった。テニス仕込みだろう機敏さ、澄鈴はさっと結愛を交わすと、ひらりと反転。敵陣のコーナーまで駆けて、斜めの角度からゴールネットを揺らす。称賛に値する活躍だった。
「結愛ちゃん、負けないで」
「走って! もっと走って! どことは言わないけど、揺らして! もっと揺らして!」
しかし、むさくしるしい歓声を浴びていたのは、結愛の方だった。
「ご声援いただき、感謝します♪」
試合が再び始まっているにも関わらず、右足をちょこんと跳ねさせて、サキュバスは悩殺ポーズを決める。
これが試合に勝って、勝負で負けたというやつか。不思議と納得してしまった。
しばらく見ていると、試合終了のホイッスルが鳴る。女子と入れ替えで、僕はコートに入った。
運動が特別苦手なわけではない。球技は得意分野だから、目立つことだって出来るだろう。
ただ例の「奥の手」のことがあったから、僕はボールを追う振りに徹した。もしボールに触れて、なにかあってはまずい。事件を未然に防ぐため、影に徹するというわけだ。
いわゆる黒子。なんか格好よくない?
「別所、頼んだぞ!」
悦に浸っていたら、コートの中盤、悪意のないパスが僕の元に転がり込んできた。
しまった、思いつつ結愛に視線をやると、
「光男さん、頑張ってください♪」
甘ったるい声とともに、またウインクがある。彼女からは、しでかてやろう、そういう気が立ち上っていた。
すぐに誰かに回そうとするのだけど、なぜかボールが靴から離れない。プロサッカー選手の美しいドリブルの例えではない、本当にぴったり、高密着、つま先から離れないのだ。どうやら既に「奥の手」が発動しているらしかった。
さすがに立ち止まるわけにはいかず、ゴールの方へ走る。
「なんだよ、あいつ!」
ボールを奪いにきたクラスメイトは、僕の半径三十センチ圏内に入ると、ことごとく弾かれるように倒れていった。僕の足の周りに、結界のようなものが貼られているようだ。
「きゃあ、光男さん格好いいですよ~!」
あの悪魔、無茶がすぎるだろう。
こんな芸当ができれば、バロンドールとて難しくない、日本のオリンピック優勝だって一人で導ける。
誰も寄せ付けぬまま、ゴール前まで上がってきた。
こんなせこい手で試合を決めていいものか。一般常識として、公平なゲーマーとして、まだ躊躇いがあったのだが、澄鈴が僕を見ているのに気づいて、腹が決まった。
右足を後ろへ振り上げ、シュートの体勢に入る。途端、異能サッカー漫画よろしく、僕の足が小さな風を纏い始めた。
「光男さん、あとは蹴るだけですよ~! ちょん、とやっちゃってください!」
どんな効果があるのかは知らないが、明後日の方向に蹴っても、謎の引力が働いて、たぶんゴールにはなるのだろう。
キーパーは吉田くんだった。
クラスの中心人物にして細身のイケメン、そして僕が今仲違いをしている存在だ。別にその容姿に嫉妬して、争いたいわけではない。ただ、
「澄鈴はオトコ女でもなければ、可愛い気だってあるし、たしかに胸はないけど、魅力たっぷりだろうがー!!!」
個人的に彼に腹は立っていた。僕は力任せに叫ぶ。
半月ほど前、与太話の中で出た発言とはいえ、澄鈴を馬鹿にされたのだ。些細なことかもしれないが、僕には許せないものだった。以来、彼とは険悪になって、それと同時に取り巻きの男子たちとも疎遠になった。
怒りを乗せて、僕は渾身の力でシュートを放つ。ボールは吉田くんめがけて真正面に飛んでいって、受け止めんとした彼ごとゴールネットに突き刺した。
そのうえ、辺りに竜巻風が起こる。
制圧。この二文字がぴったりの状況だった。試合だけではない、校庭全域だ。
男子も女子も屈強なはずの体育教師まで吹き飛ばされ、地面に転がっていた。無事なのは、僕とこの荒業の仕掛け人だけだった。
「すごいですね、光男さん♡」
「いや、やりすぎだろ。どう考えても!」
魔力があがりすぎるというのも困りものだ。
「えぇそうですか? なんだか今朝からみなぎっちゃって。でも、やったのは光男さんですよ。あそこまでしなくたってよかったんです」
結愛は、ネットに絡まって伸びている吉田くんを指差す。うん、まぁこれは然るべき罰だからよしとして。
「ねぇ結愛。澄鈴は」
探すまでもなく、彼女は僕のちょうど目の前で倒れていた。
あられもない姿になっていた。体操服の上は捲れ上がって、ズボンも少しずり落ちている。ほっそりした弧を描く綺麗なウエストラインの上、下着は水色、柄なし、それから──
「前ホックで悪いか、光男のアホー!!」
そんなことは、言ってない。
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