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二章 幼なじみ攻略作戦スタート!
第14話 サキュバスちゃんは風呂まで襲い来る
しおりを挟む弁明すること三十分。僕がやっと平穏を取り戻したのは、湯船の中でだった。天井を見上げ、言い訳をしてばっかりの一日を振り返る。
「こんなことで告白なんかできるのかなぁ」
たゆたう湯気の中に、こう弱音が漏れた。
今日に限った話ではない。結愛が来て以来、翻弄されてばかりだ。それに彼女のせい、澄鈴との関係は、過去最悪と言っていい。
大作戦など練っても、実行できずじまいになる気がしてならなかった。それ以前に、策などなにも思いつかない。
「ご主人様、お悩みですかー」
「あぁ結愛のせいで悩みがたくさんだよ」
「私のせいって。人のせいにしないでください。ご主人様がブラ持ってるのがおかしいんです」
「いやだからそれは、そもそも結愛が──」
言いかけて、違和感を覚える。扉一枚先から声がしていた。
「なんでそこにいるの!?」
たしか脱衣所には、施錠をしたはずだ。『玄関口ばったり事変』以降、神経質なまでに鍵には注意を払っているのだから間違いない。
「ちょっと忘れ物をしたので、魔法で開けちゃいました」
なんて便利な。
「どうですか、お湯加減は」
「え、そりゃあ沸かしたてのおかげで、快適だけど」
「そうですか、いいですね。頭がすっきりして、いい作戦が考えられそうです」
摺りガラスの向こう、ごそごそと音が立つ。
探し物が見つかったのだろう。やがて静かになって一間、
「お邪魔しますね♪」
彼女は平然と風呂場へ踏み入ってきた。
「はぁ、なんで? どういう流れ!?」
薄手のバスタオル一枚という防御力ゼロ、代わりに攻撃力カンストのフォルムだった。
ほっそりした指先から、程よい肉付きの腕まで。洗練されたラインに、つい目を沿わせてしまう。
いけない、これはいけない。僕はとっさに風呂の蓋を被り、一切の刺激物をシャットアウトする。
「お湯が快適な温度だっておっしゃるので、つい」
「その理由からどうやって展開したら、風呂に入ってくることになるんだ! 論理力が残念すぎるだろ!」
「あら残念ですか。ご主人様は、タオルがない方がよかったみたいですね」
「だめだ。残念すぎて、都合のいい部分しか聞き取れてない!」
蓋の隙間から、あられもない姿が見えてしまいそうだった。僕は目を瞑り、シャワーの音と蕩けそうな鼻歌だけを聞く。なかなか耐えがたい時間だった。
シャンプー中か、はたまたボディーの方か、たくましく妄想を膨ませて──いる場合ではなかった。
脱出しなければならない。そうは思うのだが、文字通りの袋小路だ。
「ご主人様、作戦についてお悩みですか」
水音が止んで少し、結愛が尋ねる。
「……その前段階から悩んでるよ」
今まさに、浴槽に閉じ込められているこの現状についてが最優先だ。
「一人で悩んでても仕方ないですよ。私にも共有してください。二人で考えればできることもあります」
「この場合は一人だったら問題にもなってないから!」
「ふふっ、そんなこと言わずに私も湯船入れてください。一緒のお湯に入って二人でじっくりと」
蓋が開けられて、一気に光が差し込む。
「あら、もう上がるんですか?」
僕はその瞬間に湯から飛び出し、大きな一歩で、無駄な動作なく外への引き戸に手をかけた。
――と、そこまではよかったのだけれど、なぜか金縛りにあったようにそこから足が動かない。
「日本人なんですから、裸の付き合いくらい恥ずかしがらないでください。お背中流しますよ?」
間違いなく、魔法にかけられていた。こんなことまでできるようになっていたとは。
「いらないって!! なにするんだよ。もう済んでるから!」
「そう遠慮なさらずに♪ ちょっとしたお楽しみですよ」
ソープがひんやりと背中を伝う。マッサージでも施すように、それは背中全体に伸ばされていった。ぬるりとした感触は、こそばゆく、もどかしい。だが、裸を目に入れまいとすると、下手に振り向けない。
肩をいからせながら堪えていると、ようやくシャワーが流される。一安心したところ、次は手が腰の前へと回ってきた。
「ちょ、結愛!?」
「いいじゃないですか、後ろまできたら前も同じですよ」
さすがにデンジャーゾーン近辺を弄られるのは、まずさのランクが数段上がる。なんとかして対処せんとして、動く上半身だけで抵抗していたら事故が起きた。
直接見てはいないものの、明らかに他とは違う感触をはっきりと掴んでしまったのだから分かる。
「ひゃうっ……!」
生っぽい質感と、たしかな重量感があった。それは、触れてはいけない果実で間違いなさそうだった。
結愛が嬌声を上げて、魔法の効果が途切れる。その瞬間に、僕は風呂場の外へ逃げ仰せた。
「ご、ごめん!! とにかく作戦は一人で考えるから!!!!」
指に残った感覚を、甘い声を忘れるために、努めて声量を上げた。
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