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3章
48話 念を押しておく
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「アニータさま。今日はこの間のお話の続きを読ませていただきたいです。もうあれから続きが気になって、夜もなかなか眠れないのです」
「まあ、嬉しい。でもちゃんと寝なきゃだめよ。ふふ、今日は長めにキリのいいところまで見せちゃうわ!」
「う、嬉しいです。今日はメモも持ってきました。楽しみにしています」
そう。
今回のシナリオの一歩目は、私の書いた物語をリーナに気に入ってもらうことから始まる。
彼女が気に入ってくれるかどうか。
やる前は不安もあったのだけど、杞憂だったようだ。
それどころか、ハマりすぎていて怖いくらいである。
エリゼオに見せたときも、かなり好評だったが、それ以上だ。
そもそも、リーナに物語好きの素質があることは、ゲームプレイヤーとして知っていた。
家にこもっている時間、彼女はよく本を読んで過ごしているという設定があったのだ。
ただ、この世界で読める本は、童話であったり、古典的な教訓じみたお話だったり、とはっきり言えば退屈なものがほとんどである。
そこへ、はっきりとした悪役も登場し、刺激的な展開の多い物語を聞かせたのだから、すっかり夢中になるのも無理はなかった。
今日も成果は十分だった。
「王子様のセリフ『君に会うために、僕は100年の時を超えてきたんだよ』って、ああなんて素敵な言葉なんでしょう! そのあとの抱擁を交わすシーンなんて、とても涙なしには見られません。な、な、なんて素敵なお話……!」
なんなら、話の途中だというのに泣かせてしまった。
しくしく、と部屋にむせび泣きがこだまする。
「あらら、大丈夫!? あと、あんまり泣いちゃうと、お母さまに私がリーナをいじめてると勘違いされるからもう少し抑えめに、ね?」
私は少し焦って、彼女をなだめる。
話した物語自体は、よくあるタイムリープもののストーリーを少しひねっただけのものなんだけどなぁ。
今回の物語は、時代を超えた愛がテーマの物語だ。
前回、ヒーローとヒロインはお互いを思うがあまり、同じタイミングでそれぞれが生きた時代へとタイムスリップしてしまい、すれ違っていたのだ。
もちろん、ここでセカンドヒーローを登場させ、聞き手の気を引くことも忘れてはいない。
どちらに転んでもイケメンがいるのだが、最終的にヒロインはヒーローを取るというお話である。
「だって、アニータさま。不遇な境遇にいて、常に引っ込み思案だった主人公のアリスさんの勇気も、ヒーローのルイさんの熱い気持ちもあんまり尊すぎて……。それに、自分はあくまで執事だからと潔く身を引くキャロルさんの気持ちも痛いほど分かるし。
こんな美しいお話を描けるなんて、アニータさまなら売れっ子作家として生活できると思います!」
さすがに、にやにやを禁じ得ない一言だった。
元シナリオライターとしては、最高級の賛辞だ。つい機嫌よくなって、創作意欲が次々に湧いてくる。
危うくもともとの目的を喪失しかけて、すんでで踏みとどまる。
今大事なのは、まず可能性を知ってもらうことだ。
「お世辞はいいのよ、リーナ。別にこれくらいのお話、現実でも起こりうる話じゃない」
「えっ、いやいやでもこんな奇跡みたいなお話、早々ありえませんよ……! だって、普通は超貧乏で平民、しかも虐められている女の子と、国でも大人気の王子様が付き合うなんて、どう考えてもありえるわけ――」
ヒロインのモチーフは、リーナ。ヒーローのモチーフは、エリゼオで、セカンドヒーローはヴィオラ。
そう仕組んで、話をつくりあげていた。
自然と、物語から現実世界に置きかえて考えられるようなキャラ配置にしてある。
そんな狙いがあったから、私はめげずに主張する。
「なるわよ、きっっと! 私みたいな平々凡々な人間にはいつまで経ってもそんな奇跡は訪れないけど、リーナならきっとなるわ」
こう断言してみせるが、その発言が確信に満ちすぎていたことが、リーナには引っかかったらしい。
「あの、アニータさまは、どうしてそんなにはっきりとおっしゃられるのです?」
ちょっと強引にいきすぎただろうか。
まったくひねくれておらず、まるで天然な彼女は、ただただ不思議そうに首をかしげるので、
「えっと、それはそうね…………いわゆるあれよ、占星術みたいな!」
「お、お星さま、でございますか?」
「そう! あの空にまたたく星がそう言ってるの!☆」
めちゃくちゃ適当を言って、私は誤魔化しておいた。
このあたりの刷り込みはまだまだ時間がかかりそうだが……。
物語を気に入ってもらうことはできたらしいから、第一段階は成功したといってよさようだった。
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